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歴史巡り

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 ――おや?
 どうやら新しいお仲間が加わるらしい。最初はそう思った。
 が、いつもとは何かが違うとすぐに気付いた。気配はすぐそこまで近付いているのに、待てども待てども硝子戸が開かれる様子がない。ここではなく裏の収蔵庫の方へと向かうのかとも思ったが、そういう風でもない。
 一歩離れたところからこちらを覗き込んでいるような感じだ。はて、一般客の気配と読み違えたか? 私ともあろうものが耄碌したとは思いたくないが。
「こんにちは」
 と少しばかり焦ったが、聞こえた声はやはり同族のものだった。ああ、まだしばらくは若い衆に威張っていられそうだ。



 オシドリの羽搏きで揺らいだ水面が落ち着き、再び世界が浮かび上がった。
 池に映し出されたのはハーフミラーに覆われた特徴的な建造物。無論、民家の類ではない。それは博物館。地域の歴史を研究し、民俗資料を展示する場所である。
 正面アーチへと進んだ客人を出迎えるのは、勇壮な名を与えられた四体のブロンズ像。今年で除幕から百年経つらしいが、まだまだ草臥れた様子のない力強い立ち姿。
 風雨に晒される彼らが良好な状態を保っているとなれば、中の展示も当然そうだろう。これは期待できそうだ。高揚を胸に白・琥珀が歩みを進めると、想像以上の人の波。聞けば人気大衆娯楽作品の特別展示をやっているとか。
 少しばかり興味を引かれたが、琥珀の今日の目的はそれではない。お目当てのものを探して視線を巡らせれば、名刀名槍の企画展示に関する告知。ここには国宝に指定される程の業物も所蔵されているらしい。五百年前の歴史を今に伝える工芸品。心惹かれる。
 が、しかしそれすらも本日の目的ではない。琥珀が求めるのはもっと旧い時代のもの。業物が生まれた室町よりも昔。鎌倉、平安よりも昔。奈良、飛鳥よりも更に昔。古墳の頃よりも尚昔。弥生の時代に海を越えて渡ってきたもの。

 求める彼、あるいは彼女は常設展示の一番手にいた。
「こんにちは」
 言葉は交わせるだろうか。
 噂通りの来歴ならば可能性は大いにあるとは思うが、百年経っただけで全て例外なく|そう《・・》なっていては世は大混乱に違いない。喋らない方が大多数。器物とは元来そういうものだと他ならぬ己が一番よく知っている。
 思いを巡らせる事暫し。
『――』
 応答はすぐに返った。
 永い時を生きたとは思えぬ若々しさに溢れる声。そして、華美な姿とは対極に位置するとても落ち着いた響きで。



 いらっしゃい、珍しいお客人。
 付喪神、という奴かな。驚いたよ。今日はどちらから? ん、刀連中と似た匂いがするな。こちらの生まれかい? 私は他所の――知ってる? ああ、そこに書いてあるものな。そう、西国から渡ってきたんだ。懐かしいね、随分と昔の話だ。
 ほう、詳しく聞きたい? さて、どうしたものかな。
 いや、迷惑ってんじゃないんだお客人。ただ、ほれ、例えばそこのそれを読んで過去に思いを馳せている時に、その説明文間違ってんだよ、なんて茶々入れられちゃあ興醒めだろう? 私の言葉が全て正しいならまだしも、だいぶうろ覚えの部分も多いからね。ある事ない事言い触らして関係者の面目を潰してしまわないか心配だ。
 ふうむ、船旅の最中に酔っただとか、そういう話なら幾らでも語れるのだけれど。それでも構わないかい?

 ――。
 ――――。
 ――――――。
 ああ、私も楽しかったよお客人。
 うん? お礼? 気にしないでくれ――と言いたいところだが、そういう事なら一つお願いをしても構わないかな。
 何、大した事じゃあない。若い子らとも少しばかり話をしてやってほしいんだ。軒丸瓦も後撰和歌集も玉も、みんな暇を持て余しているようでね。きっと喜ぶと思う。
 頼めるかい? 助かるよ、勾玉の君。



「ええ。それでは、また」
 金色の君に別れを告げて、琥珀は展示棚から離れた。
 短いながら中々有意義な体験だった。長い長い半生に触れるには充分な時間だとは言い難かったが、傍らのキャプションボードを眺めてみれば、確かに自らで語る必要はないのだと理解できる。かなりの熱量。
「さて、次は……?」
 一通り読み終え、パンフレットを開き順路を確認。どうやら歴史の古い順に並んでいるようだから、今しがたの対話で名の挙がったものは概ね中盤辺りだろうか。しかし瓦やら和歌集やらは分かるが、玉とは一体何の玉だ? すぐに思い当たるものがない。琥珀は軽く首を傾げ。
『――!!!』
 瞬間、また声が響いた。
 溌剌とした、活力に満ち満ちた声。金色の君の声からもまだまだ若々しさを感じたのだが、聞き比べるとだいぶ違う。なるほど、本当の若さとはこういうものか。
 であれば退屈にも耐え難かろう。先程の会話が聞こえていたなら、待ち切れなくなるのも無理はない。琥珀は微笑み、歩みを早める。

「こんにちは。さて、何から話しましょうか」
 有意義な一日になりそうだ。そう感じた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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