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顔を|描く《する》

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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 物から記憶を得て、その記憶を保管する店『たえ』の一室――涙壺としてこの店を宿代わりにしている――を借りる代わりに、この店の手伝いをしているルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)の朝は早い。
 手伝いとは言っても、掃除や洗い物、物置の整理整頓など、やっていることは家政婦のそれに近いが、この店は朝から忙しないのである。
 常連の客や店の手伝いである幽霊の男の|仲間《しびと》たちとの会話。中々姿を見せない店主の部屋の掃除や、ここを訪れる者たちの朝食の準備。しかし、それらをこなす前に、ルイにはやらなければならないことがあった。

 今日もまた、太陽が目を覚ます頃にルイも瞼を開く。借りている引き出しから器用に出ると、爪先を地に着けた。まずは顔を洗わなければならない。
 洗面所があるにはあるようだが、どうやら手伝いは井戸水を使うようで、店の奥の裏口から外へと出て、畑のそばに置かれた井戸から桶へと水を汲む。汲む際に跳ねた水が、そして井戸水特有の冷たさが寝ぼけた頭を覚醒させるようだ。
 井戸水の入った桶を片手に、今度は別室へと向かう。所謂、化粧室と言ったところだろう。この店の店主は女性のようで、ルイもまたその部屋を使っても良いと許可が出ている。
 六畳一間の和室に足を踏み入れ、傍らに桶を置く。木製の鏡台には筆や白粉を並べ、背筋を伸ばして鏡に写る自分を見た。綺麗に整えられた眉毛、スッキリとした目元に高い鼻。壺の如くつるりとした手触りの頭。けれども、しっかりと整った顔立ちの男がそこにはいる。
 まずは薄い布の先を桶の中の水につけ、改めて顔を拭く。目頭や瞼の上、小鼻の横に耳の裏。
 そうしなさいと誰かが教えてくれた訳ではなかった。嘗ての主がそうしてくれたから、てのひらから伝わる感情を覚えているルイにも、そうするものだと。そしてそれが『嬉しいこと』なのだと、感覚として残っているのかもしれない。
 細やかな手入れを済ませたら、化粧水を片手に取り顔に馴染ませて行く。嘗ての主は眉を潰していたが、ルイにはその必要がない。形の良い眉がもう既にあるからだ。その代わりにルイが手にしたのは、油。所謂下地の代わりのそれだ。少量ほど掌に乗せ、両手すり合わせ、手の熱で溶かしながら、首、顎、頬と伸ばして行く。
 白粉は軽く乗せる程度。芸者のように水をつけた刷毛で塗りたくるのではなく、スポンジに粉を軽く乗せて叩く程度だ。彼女たちのような肌を求めているわけではない。あくまでも身嗜みの一つとして、ルイは化粧をその顔に施す。
 言ってしまえば、真っ白な涙壺を筆で彩る作業。それに近い。嘗てのルイも、もしかすると上品な青色が施されていたのかもしれない。
 一度息を吐き筆を持つ。眉を整えるこの作業が一番緊張をしてしまうからだ。本来ならば赤で下書きをするのだが、ルイはそのまま黒で形を整える程度に留めている。
 しかし、地毛と墨の色が違う。薄すぎても濃すぎても顔に違和感が生まれる。だからこそ、一番緊張をしてしまうのだ。
 手がブレないように小指を添え、手首だけで線を引く。呼吸を止め、眉頭から眉尻へと、一定の力で一本の線を引いた。
「……ふぅ。」
 今日も綺麗に線が引けた。嘗ての主も喜んでいるかもしれない。だなんて、まだはっきりとは思い出せないその人たちを想う。

 広げていた化粧道具をしまい、鏡に布をかける。布をかけなければ、夜な夜なあちら側から何かが姿を現すのだと、手伝いの男に言われたからだ。
「さてと、今日も頑張りましょう。」
 鶏が7時を告げる。漸く形が整った。化粧道具片付けて背筋を伸ばした涙壺の男は、晴れやかな顔で表へと現れた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

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