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√アイテナリー・ゴールド『殺戮機械は星空を知らない』

#√ウォーゾーン #ノベル #AK47の|少女人形《レプリノイド》

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 #AK47の|少女人形《レプリノイド》

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 これを旅だと呼ぶのならば、旅というものを知らない者が、勝手に名付けた言葉だ。
 だが、私にとってこれは得難い旅路であるように思えた。
「よく来たね~」
 どこか間延びした声が聞こえた。
 振り返ると、そこにいたのは俗称で言う所の少女人形――レプリノイドだった。
 俗称、と言ったのは彼女たちが何らかの戦闘兵器の性能を具現化した、量産型人造少女だからだ。
 人のように子を成し、産むという行程を経ずに生まれ落ちた者を果たして生命と呼んでいいのか……などという議論をするつもりもないし、私は事実を述べただけだった。
 逆に倫理観という、もはやなんの役にも立たないものを持ち出したつもりもない。
 ただ、私は目の前の少女人形を一個体として認識している。

「私はイタチ。試される大地ウォーゾーンで物資を運び、姉妹たちと生き延びてきたよ~」
 目の前の少女人形は、そう名乗った。
 馬車屋・イタチ(偵察戦闘車両の少女人形の素行不良個体・h02674)。どうやら偵察戦闘車両の性能を具現化した少女人形であるらしい。
 らしい、と言ったのはあまりにも偵察戦闘車両というものを私が知らないからだろう。
 人の形をしているから尚更のことだ。
 混乱めいたノイズが奔る。
 それに姉妹たちと、と言ったが人間のそれとは意味合いが異なるだろう。
 恐らく同型のバックアップ素体のことを姉妹と呼んでいるのだろう。感傷というやつだ。私には理解できないが。

「危険地帯を渡るコツを知っているのかって~?」
 そう、これから私を運ぶイタチと名乗る少女は運び屋である。
 危険地帯を跨ぐのは、言うまでもないが危険だ。
 はっきり言って、私自身も成功率は高く見積もることができない。
「そんなグラブジャムンのよりも甘い質問をする人は、どこからかやってくる悪いロボットにやられることになるよ~砂糖みたいに甘い言葉を吐いていいのは、天蓋の下に震えて眠るかわいいベイビーだけなのさ~」
 間延びした声。
 というか、先ほどからなんなのだ。
 この間延びした上に簡潔でいて、要領を得ない語り口は。
 グラブジャムン?
 なんでそこで嘗ては『世界一甘い菓子』として知られていたインド方面の菓子がでてくるのだ。理解に苦しむ。
 つまりなにか。
 この私の問いかけが、あまりにも状況認識において甘すぎると言いたいのか。
 失敬な少女人形である。
 だがしかし、物怖じしないところは評価できる。
 何事も度胸というものが必要なのだ。私の評価は間違っていない。

 どすん、と私の感情を示すように四輪駆動の装甲車両……即ち、|偵察戦闘車両《RCV》の助手席へと体躯が収まる。
「おっと、ベイビーじゃあなくって、ヘビーだったとはね~」
『今回の旅をナビゲートします、ヱ解奇雅楽です。どうぞよしなに』
 助手席に体躯を収めた瞬間、眼前のモニタから浮かび上がるのは赤い瞳と漆黒の髪を揺らした色白の少女だった。
 唐突に現れた、その姿と声に私は僅かに驚きを覚えた。
 いや、むしろ友好的に接するべきだと考えた。
 別に親しみを覚えたわけではない。だが、そうした方が、この旅とも言われぬ行程を旅と表現した深淵系生活支援人工知能・ヱ解奇雅楽(馬車屋・イタチを含むコアなファンたちのAnker・h03630)に対する敬意であるように思えてならなかったのだ。

「タフなAIで、そして頭が回るんだ~! イタチさんがキミに教えてあげるんだ~。私が殺伐とした世界で生き残れているのは、このヤバい級ウィザードみたいな、便利で愛らしいAIが手助けしてくれるからだよ~」
 なるほど。
 この間の抜けたような少女人形ではどうにも頼りな……いや、頼りになるとは信じているが、やはり危険地帯は危険なのだ。私の心配性な感情を慮って、安心させようとしてくれているのだろう。
 危険地帯が危険とは、なんとも馬鹿みたいな言葉回しである。
 それほど私は身を固くしている、と表現するのが良い状態なのだろう。

「ま、仕事だからね~。キミを|『天蓋大聖堂』《カテドラル》につれていくのが、イタチさんの今回の仕事って訳だからね~」
 運び屋を続けているにしては、どうにも強そうには見えない。
 如何に優秀なAIが共しているとは言え、だ。
『優秀とは痛み入ります。確かに護衛を組むのが本来ならば、と思われるのも理解できます。ですが、このくらいの運搬ならば、部隊で動くよりも一台で動いた方が安全なんですよ』
 なるほど。
 確かにそのとおりである。
 隊列を組んでゾロゾロと動いては、戦闘機械群の注目を集めることになる。
 君等の流儀で言う所の。
『川に向かって行進するレミングスみたいなものといいますか』
 集団自殺すると誤解されていたタビネズミのことを、ここで引用するというのは……何やら此度の旅路を暗示しているようにも思えた。
 悪くない例えだ。
『褒めても何もでませんよ?』
 褒めては居ない。悪くはないと言っただけである。

「さ~行こうか~イタチさんは強くないけど、それはそれ。息を潜めて奥秒ぐらいに立ち回るのが身を守る手段なのさ~ってね~」
 戦闘車両のドアが閉じられる。
 エンジン音が控えめに鳴り響き、慣性の法則が私の駆体に働いたのを実感すると、すぐにそれも感じなくなる。
 感じるのは車体の振動だ。
「でも、常にビクビク怯えてるのはダメだよ。キミは紅茶は好き?」
 私に嗜好はない。
 むしろ、そう問いかけるということは、キミが紅茶を好きだという可能性が考慮されるのだが。
 イタチは不可思議な表情を浮かべた。
 視線は車両のフロントガラスの向こう側を捉えている。

 いや、答えろよ、と思ったが何か考えているのかもしれないと私は思い直す。
「心を癒やすオアシスがあれば、戦い続けられる。イタチさんにとっては車内で飲む紅茶と、雅楽ちゃんの声を聞くことが、明日を生きる希望なのさ~」
『恐れ入ります。AIである私には理解できない感覚ですが。定時報告。センサー類に感なし。これまでの統計データを参照されますか?』
「よろしく~イタチさんは雅楽ちゃんの声を聞くだけでストレスフリーになるのさ~わかるかな? わかるよね~?」
 私は、彼女が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
 というか、意志を表示するために音声を発しなければならない、というのは不便だな、と思った。
 少女人形のように真似事でも人と同じような姿形をしていたのならば、コミュニケーションというものも容易かったのかもしれない。

 どうにも思考がまとまらない。
 意識というものが強制的に引っ張られているような気がしてならない。
『本日の移動距離は150km、運転時間は10時間と27分でした。お疲れ様です、イタチ』
 ヱ解奇雅楽の声が心地よいと思えた。
 すでに日没を迎えようとしている。
 停車し、エンジンをアイドリングモードにしたのは、脅威が迫った時、すぐさま発車することができるからだろう。 
 とは言え、私にとっては苦にならない。
 むしろ、非効率的だとさえ思えた。
 移動できるのならば、夜中であっても進むべきだ。

 急いでいると言えば、急いでいる。
 が、そこは安全性と天秤にかけるところであるだろう。判断が難しいということは理解している。
 だからこそとも言えたが。
 とは言え、疲労というものもあるのかもしれない。私は考え直す。
 私は運んでもらう側なのだから、運び屋の流儀であるとかそうしたものに口を出すべきことではない。
 餅は餅屋と言う言葉もあることを私は知っている。

「ん? 野営で焚き火をしないのかって~? しないよ~? こうやってできるだけ目立たないように瓦礫の中に車体を隠しているのはなんのためって、そりゃあ見つからないためでしょ」
 イタチの言葉に私はそういうものかと思う。
 納得しかねる気もするが、納得する。
 むしろ、納得したほうがいいとさえ思えた。
「……このまま朝まで車内で静かにしているしかないね~。ま、どうせ日の出まで暇なんだからリラックスしてのんびりしよ~」
 イタチはレトルトパウチを温め出した。
 湯気が立っているのが車内のモニターの明かりに反射して見える。

 ふむ、と私は少し考える。
 レトルトパウチ。
 私の記憶にない種別のもののように思えた。それは一体どこで入手したものなのか。
「あ、これ~? なんか大量に支給されたんだよね~。便利~。あ、紅茶と~あ、チャチャロンいる? カフェイン入のチョコもあるよ! こういうときだからこそ食べれるときに食べておかないとね~」
 いや、遠慮する。
 それは君が食するべきものだ。
 むしろ、私に構うよりも自らの生命維持に気を配るべきだ。
 何せ、イタチは運び屋だ。
 私という物資を必ず届けなければならない。

 周囲にはまだ反応はないが……。
『待機モード解除。アイドリングセーフティ解除。緊急発進を提案します』
「おおっと、そんなこと言ってる間にってやつだね~それいけ~!」
 瞬間、偵察戦闘車両が勢いよく瓦礫から飛び出す。
 そして、ほどなく……というほどもなく先程まで車両が止まっていた瓦礫が爆散する。攻撃……それもミサイル攻撃である。
 立ち上がる火柱に私は高揚を覚えた。
 何故、このような危機的状況にあって高揚を覚えたのかはわからない。

 だが、確実に私という存在は高揚を覚えていた。
 あの火柱。
 あの黒煙。
 いずれもが戦いの気配だ。
「しっかりつかまってなよ~? あ、チャチャロン、サクサク!」
 チャチャロン。
 この場合はきっとスナック菓子のことだろう。
 豚の皮をカリカリに揚げたスナックだ。いわゆるフリット食材というやつだ。
 いや、今はそれどころではない。
 車体が揺れに揺れる。
 爆風で揺らされているのだ。間断なくミサイル攻撃が偵察戦闘車両を狙っているのだろう。

『被弾なし。警告、次の瓦礫を右に。コース修正を提案します』
「お~け~! 当たらなければ当たってないってやつね! うお~インド人を左に!」
『右です』
「そだった!」
『進路修正。次の瓦礫を右です』
 二人のやりとりと迫りくる攻撃の衝撃に私は、なんとも言えない感情を抱いているようだった。
 恐怖ではない。
 これを恐怖と呼ぶのならば、私は高揚を得ることはなかっただろう。
 こんな危機的状況にあってなお、彼女たちは笑っている。いや、ヱ解奇雅楽はモニターの中で半分呆れているようにも思える。
「ひゅ~! ナビゲート完璧~!」
『私、優秀で清楚な生活支援人工知能ですので』

 私は笑い声、というものを認識した。
 爆発はまだ続いている。
 だが、なんとも不可思議な処理が行われているように思える。
 私の――|偽物の人格《友好強制AI》が、笑っている。
 それはなんとも奇妙な感覚だったが、悪くないものだった。私は、駆体を揺られながら走る旅路というものが悪くないのだと知った。
 襲撃を躱して、なんとか切り抜けた私達は、安寧を求めてひた走った。
 当然、私は疲労しない。

 私はベルセルクマシン――の、一部である。
 コアと呼ばれる駆体を構成する一部分にして要。
 彼女たちは嘗ての仇敵を運んでいるのだ。
 わかっているはずだ。
 なのに、彼女たちは気にした様子を見せなかった。
「眠れない? それとも退屈? 自分で身動き取れないのってしんどい~? いやまあ、横になれるスペースがあるのかっていわれたら、広くはないけどさ~」
 私に睡眠は必要ないものだ。
 しんどい、という感覚もなければ、退屈だとも思わない。
 というか、先のことがあっての今で、退屈と言えるのは流石に図太すぎる。かと言って私が繊細だとも思わない。
「じゃさ、ちょっとイタチさんと刺激的なコト、してみる?」
 すでにこの状況が刺激的すぎるが。
 そう思ったが、私は首肯した。
 いや、首肯したというのは比喩だ。私の体躯はない。ただのコアだけなのだから。

「ちょっと待っててね」
 するとも言っていないのにイタチは粗さくさと車内灯を消した。
「にひ」
 変な笑い声、と私は思った。
 すると彼女は車両のルーフのハッチを開け、私の駆体を倒した。
 縦も横もないのだが、まあ、気分の問題だろう。
 というか、ハッチを開けていいものなのか。よくない。私の判断もそう言っている。
「大丈夫、大丈夫。突然大声で騒いだりしない限り、たぶん見つからないし」
 多分という不確定要素は正直困るのだが。
 先程のこともある。

 だが、イタチは構わなかった。
 寝転んだ彼女の視線の先になにがあるのか、私はしらない。
「……きれいでしょ? こんな星空、|『天蓋大聖堂』《カテドラル》に行ったら見られないよ。街から離れて、こんな誰もいないような夜じゃなきゃ、めったに見られない景色だよ~?」
 だから、私には認識できない。
 けれど、彼女の言葉が私の中の演算を駆動させる。
 どのようなものであるのかを想像させる。それはおかしなことだった。
 私は殺戮ロボットだ。
 ベルセルクマシンだ。偽りの人格でもって真の人格を封じ込めているだけのものなのだ。

「ね、きれいな星空だってわかったでしょ」
 その言葉と共にイタチはまた、にひ、と笑った。
 彼女はいつもこんな感じなのかと私はヱ解奇雅楽に尋ねる。
 返答は肯定だった。
『彼女はいつもこうですよ』
 そうか、と私は理解する。
 悪くない。
 いや、普通に考えて彼女の行為は危険極まりないことの連続だ。
 だが、それでも切り抜けることができているのだから、認めなければならないのだと思う。そう思うべきだという偽物の人格が囁くようだった。

 それでも私はこの運搬でしかない工程を旅程だと思う。
 彼女たちと歩んだ道を、旅路だと思う。
 偽物の上に立つ仮初の記憶であるのだとしても、やはり得難きものである。
 だから、私は思う。
 強制されたものではなく、彼女たちを好ましく思い、また彼女たちとの旅路が分かたれることを惜しく思う。
「さよならだけが、人生さ~」
 そう口ずさむイタチは、一体その詩をどのように解釈しているのだろう。

 もしも、再び見える事があった時に、訪ねてみようと私は思う。
 だが、それはきっと敵わないだろう。
 何故なら、私はベルセルクマシン。
 戦いの中で朽ち果てていくものであるから――。

●√
 イタチは時たま思い出す。
 旅路の記憶を。
 それは運び屋という仕事でもあったし、思い出というには、ちょっと足りないものだったのかもしれない。
 けれど、彼女は今も生きている。
 すれ違うだけが生命だというのならば、もう二度と交わることもないのかもしれない。
 刹那に生きる一期一会か、それとも惜別か。
 いずれにしても、イタチはこの過酷な環境でこの先生きのこるためには、タフでなければならないと常に思うのだ。
「ま、いっか」
 それくらいがちょうどいいと彼女は今日も危険地帯を走る――。
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