雨後の筍 雨中の茸
人とは――いや、男とは。
己が貫く信条を決して曲げられぬ時があるのだと言ふ。
それが端から見て、恐ろしく些細な事であったとしても……である。
これは二人の|刑事《デカ》による互いの信条を賭けた壮絶なる物語――。
…………
……
警視庁八曲署。所轄署の一つに過ぎない筈の建物の一角に存在する捜査三課とは様々な所轄より問題児が集められた捜査員の掃き溜めとも噂されている。が、その真実は|警視庁異能捜査官《カミガリ》を始めとした多くの√能力者による対異能精鋭集団――と知る者は然程多くもないのある。
常より命懸けの戦いに赴く彼らの為に大きく拡張された射撃訓練場。元々は三課所属者の為に設置されたが、最近では一般の署員も交わりながら、各々その技術を高める為の鍛錬に励む様子が窺えるのだと言う。
その一つのレーン。紙に描かれた的が電動音と共に遠くにセットされたのを見据え、紫煙の薫りを身に染み込ませた青年は真っ直ぐに銃口を向け引き金を絞る。連続した銃声と共に、的の中心に描かれたタケノコの絵は見事に貫かれ、それを見ていた女性警官達は思わず感嘆の声を上げた。
「――ふぅ。今日は割と調子が良さそうだ」
志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)はホルスターに銃を収めると、手元に戻って来た穴だらけの的紙を外して本日の記録を満足げに見つめ呟いた。
どこかアンニュイにも見える遙斗。遠目で見つめる若い女性職員達の視線すら気にした様子はない。何故か整った容姿の者が多い三課の男性陣は、署内女性からの熱い視線を受ける事は割といつもの事だから。
一方。射撃訓練場の片隅には打撃訓練に特化した場所がある。鉄製の木偶人形――通称・鉄人は腕っ節の強い√能力者から毎日の様に殴る蹴るの暴行を受けながらも彼らの為に壊れる事無くその全てを受け止め続けており。
「うぉりゃあぁぁっ!!」
ッガァァン!! 振りかぶったハンマーがクリーンヒットしてもちょっと凹むだけ。胸元に描かれたキノコの絵は散々殴られ続けた結果、大分薄れつつあった。
「……っよし!」
日南・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)は得物を床に下ろし、空いた片手で額の汗を拭う。向こうの白混じり黒髪の青年と比べ、こちらの黒混じり白髪の新米刑事を熱心に見つめる|観客《ギャラリー》はほぼいない。黙ってればイケメンなのに。アンニュイには程遠いけど。
まぁ署内でモテようがモテまいが、そんな事は彼にはどうだって良い。|幼馴染み《宵ちゃん》いるし。
そんなカナタは近くのベンチに腰掛けると、置いてあったバッグの中をゴソゴソと漁り出す。汗拭き用のタオル、水分補給のお茶、そして――。
「ふぅ~やっぱり汗を流した後のタケノコは最高ですな」
糖分補給の為の、タケノコ形状チョコ菓子の箱。サクサクのクッキーを包む様にチョコレートが筍皮を模してコーティングされ、パッケージを開けた途端良い香りを放ち出した。
だが生憎……その気配を遙斗が見逃す筈も無かった。彼の頭頂に揺れる二本のアホ毛がピクンと揺れ、まるでアンテナかレーダーの様にカナタの方に――正確には彼が手にしたタケノコ菓子に反応したのだ。
「ん? どこからかタケノコの気配が……?」
遙斗自身も振り返り、視線を向けた先には|タケノコ派筆頭《日南・カナタ》の姿。まぁぬくぬくと幸せそうな面をして食っているでは無いか。
「……まさか、こんなところにも現れるとは。飛んで火にいる夏の虫ですかね?」
「げぇー! |キノコ《志藤》先輩!?」
カナタは慌て引き攣った表情でお菓子の箱を咄嗟に後ろに隠すも、最早隠蔽出来る状況にない。
遙斗も無造作に表情を大きく変えぬまま、先程ホルスターに収めたばかりの銃を抜く。無論、弾は先程撃ち尽くしたままなので空砲とは言えど。ああ、いつもの変わらぬ殺意マシマシの仕草である。
「ったく、カナタ君はまた性懲りも無く俺の前でタケノコを」
「俺はタケノコを愛し、志藤先輩はキノコを愛す! それでいいじゃないですかーっ!」
そう言いながらもカナタは近くに立てかけてあったハンマーに手を伸ばした。その様子、まるでネコがする「やんのかステップ」の様であったと野次馬女子職員は後に述懐した。
お互いに得意の武器を握りしめたまま睨み合う。一触即発の空気に、訓練場にいた者は皆、固唾を呑んで見守っていた。
――が、その緊張した空気は駆けつけた二人によってあっさりと打破されるのだ。
「こら、やめなさいっ!」
その声と同時に遙斗は銃を持った腕が突然上に持ち上げられたのを感じた。音も気配も感じさせずに接近した熟練の元警官である猫又の仕業だと気が付いたのは、がら空きにされた胸に軽く肉球の掌底を食らってから。
「うぐっ!?」
一瞬息が詰まる。余りにも見事なその制圧術を身を以て体験する事になろうとは。手の力が抜け、気が付けば先を掴まれた銃をしっかり奪われていた。
「ほら、お前さんも得物から手をお離し?」
「ぼ、ボスーっ!?」
猫又の乱入に意識を奪われたカナタの元には|女上司《ボス》が既に真後ろに控えていた。ハンマーの柄を掴まれ、もう方の腕を軽く捻られ関節をキメられてしまうと、最早ぐうの音も出ない。
こうしてキノコとタケノコによる互いの信条を賭けたいつもの争いは、呆気なく幕を閉じるのであった。
そして事務室に戻り。ボスとネコ先生による軽いお説教を受けた遙斗とカナタは漸く釈放される。
「今回は始末書は勘弁して頂けるとの事です。早乙女さんに感謝しないと」
「うう、早乙女先生優しい……」
若気の至りだろうし、とアケミに口添えしてくれた相談役の猫又に感謝しつつ、二人はデスクに戻って一息ついた。
「まぁ今回は二人に免じて見逃して差し上げるとして。ところでカナタ君、今夜空いてますか」
「ほぇ?」
突然の問いかけにカナタは目を丸くする。対し、遙斗は机の引き出しから数枚のチケットの様なものを取り出すと掲げて見せるのだ。
「先日、警部から焼肉屋の割引券を頂いたのがありまして。今日までなんですよ。もし宜しければ如何でしょう」
「え、志藤先輩の奢り……!?」
「ははは、まさかそんな。自分で食べる分は自分で払って下さいよそれくらい」
「えー、けちー」
肩を竦める遙斗に対し、ぶーたれた表情のカナタ。そこに……。
「いいよ、アタシが奢る」
「「ボス!!」」
「ったく、喧嘩するほど仲が良いってお前さん達の事を言うのかしらね」
和解したらしい二人にアケミは声をかけ、他の刑事達にも声を掛けて退勤後は突発焼肉会の開催となるのだった。
――とそれで和やかに終われば良かったのだが。
「あああっ!! それ、俺の特上カルビぃぃっ!!」
「おや失礼。じゃあカナタ君にはこれを」
ジュウジュウと音を立てる焼き網の上では箸と箸とがぶつかり合う新たなバトルが勃発していた。
大事にカナタが焼いていた肉は色が変わった頃合いにスッと遙斗の箸がそれをかっ攫う。代わりにと押しつけられたのは黒焦げになったホルモンとカルビ。そして、
「エリンギ、うま……」
もしゃもしゃとガチのキノコを食うカナタ。噛めば噛む程歯応え抜群でジューシー。
「いやぁぁ! 肉食わせろよキノコぉぉ!!」
「すみません、タン塩と特上カルビ追加お願いします」
そうして絶叫するカナタを面白がりつつ、追加注文をかけた遙斗であったとさ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功