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悲劇の誕生
●おだやかであること、こうふくであること
穏やかな一日。
何も起きない。
寝転んで伸びをする野良猫。いつもは縄張り争いで喧嘩しているはずの二匹が並んで日向ぼっこをしている。
家族。いつもなら言い争いばかりで、何も聞いてはくれない両親。そんな二人が、朝の喧嘩をせずに出ていった。
幸福だ。誰もが幸せだ。
だから今、壊してしまうのがいい。
今日を思い出して、泣いてくれたら嬉しいな。後悔してくれたら嬉しいな。これが始まりだったんだって、何度も何度も泣いてくれたら嬉しい。
少年はカードを握り、幸福な街を見る。この日々が長く続けば、だなんて思っているであろう人々を見る。
握る二枚のカード。己が頼りにするこれが、これこそが、この平和な一日を、その気になれば一瞬で、めちゃくちゃにできる唯一の手段。
――数日前のことだ。
両親の喧嘩をきっかけとして。深夜に家を飛び出した少年はひとり、お気に入りの場所で縮こまっていた。喧嘩の原因は自分だ。自分の頭が悪いから。この先のことを考えたらって。進路がどうとか。お金がどうとか。
そして。『たったひとりになってしまったのだから』と、母が言い……。
その言葉を聞いた彼は、気付けば家を飛び出していた。
辿り着いた人気のない公園、その滑り台の下にちょうど収まるように。体育座りをして考える。
どうして僕だけ。腹が立つ。悲しい。苦しい、苛つく、なんで!
「どうして……僕だけが、『残っちゃった』んだろう」
呟いたその言葉、独り言になるはずだったそれに、返答があった。
「それが運命だったからだ」
目前に立つは、長身の男。何者だろうかと驚き見上げる少年に、男は告げる。
赤い眼がくらやみの中輝いているのをみて、少年は息を飲んだ。――『怪人』だ。逃げなければ。けれど考えるだけで、足が動かない。半ば這いずるようにして滑り台の下から飛び出すも、すぐに転けて、膝を擦りむいてしまった。
恐怖で動けずにいる少年へと歩み寄る男――かつり、かつりと、蹄のような足音を響かせて。
「――丁度、似合いのものを持っている。選ぶといい。ここで死ぬか……それとも、『これ』を受け取るか」
生かすも殺すも、手の中に。少年は怪人の手に現れた二枚のカードへ視線を向ける――。
「私には不要だ。しかしお前にとっては相応、価値がある。――さあ、少し雑談でもしようか、少年」
●おとどけもの。
「厄介事の『お届け』だーっ!」
だぁん。机へと叩きつけられる紙束と謎の装置。オーガスト・ヘリオドール(環状蒸気機構技師・h07230)の声が部屋に響く。
「シデレウスカード案件! カードを手に入れちゃった少年を全力で止めてきて!」
随分と焦燥している。ぱちんと指を弾くと同時、宙へと浮かぶホログラム。事件が起こるであろう近辺の地図を示しているようだ。
「この街、数日間、かなり平和だったんだよ。不気味なくらい……それが今日の夕方になると、一変する」
どの『英雄』のどんな能力か、まではわからないけれど。と。
「――溜め込まれてた『不和』が、平和を塗りつぶすんだよ」
曰く。普段縄張り争いをしている猫が今日は仲良く昼寝していた。だが夕方になれば不仲どころか流血沙汰の喧嘩を始める。朝から喧嘩ばかりだったが今朝は穏やかだった夫婦、その妻が夕方、帰ってきた夫を包丁で刺し殺そうとする――。
時が動き出すかのように。水がこぼれるかのように、風船が破裂するかのように。一瞬で。
「彼を探して。このままだと、とんでもないことになる。見つけたら説得して、カードを手放させるか……最悪、武力行使だ」
星詠みは続ける。彼がカードを受け取った詳細な理由は分かっていないが、家庭環境と『残された』という言葉が鍵となるだろう。
「で……カードを渡した男なんだけど……弓だろうけど竪琴? なんて説明したらいいかな、とんでもない装備なのは間違いない。こう、『男の子ってそういうの好きだよね』って言われたら力強く頷けるっていうか」
暫し続く雑談。脚に弓矢と竪琴が合体したような装備をつけた長身の怪人、名乗る組織名は『ディー・コンセンテス』……。
話が長いことに自分でも気がついたか、はっとした様子で顔を上げるオーガスト。
「……ま、君たちなら大丈夫! いい結果を持って帰ってくるの、待ってるよ!」
話足りないのかうずうずと。ともあれ、彼を気にする必要はない。
意識すべきは、今回の事件と『少年』だ。
マスターより

おはようございます、親愛なる皆様!
R-Eと申します。
男の子って|こういう装備《ロマンの塊な武器》が好き。
やや陰鬱。
●1章
シデレウスカードを手に入れた少年を探しましょう。
情報はすべてオープニングに出ています。
市内は非常に穏やかで平和です。あまりにも。
少年も同様に平穏を楽しんでいることでしょう。
●2章
1章で発見した少年の説得。1章での行動で説得材料を引き出したりしましょう。
●3章
少年にカードを渡した『怪人』との戦闘となります。2章の結果によってはギミックあり。
それでは、なんにもない一日を。
60
第1章 日常 『今日はカミサマもお昼寝してるよ』

POW
束の間の幸せを噛みしめる
SPD
大切なヒト・モノを大事にする
WIZ
平穏に背を向け、パトロールに出る
√マスクド・ヒーロー 普通5
穏やかだ。幸福だ。流れる空気は夏らしさを孕む爽やかさで、吹き抜ける風が湿気をさらっていく。
おだやかで、こうふくで、何もない。起伏のない平坦な一日である。
しかしそれは、今日の夕方までと期限付けられたもの。優しい午後には既に、ぺたりと貼られたお値引きシールが輝いている。
唯、ここから待つのは、廃棄という未来か。お買い上げになり食ってやるべきか。
諸悪の『|根源《アルケー》』はどこにいるのやら。
ともあれ諸君、束の間の平和を楽しむといい。
根源もそれをお望みだ。