一等星には届かない
深夜のコンビニバイトはつらい。昼だってそれなりに面倒だけれど、この時間帯は特にげんなりする。
合コンで酔っ払った帰りの陽キャ大学生のうるさい声、明らかにカタギの人間とは思えないオッサンの煙草の匂い、パパ活であろう地雷系女子を連れたサラリーマン。
それでも給料は圧倒的に良いのもあって、フリーターの僕はこうしてアルバイトを続けていた。
カタコトで一生懸命喋ってくれる外国人バイト君と共に、やる気はないが怒鳴ることもない店長のもとで、ぐったりとする数時間を過ごす。
大学卒業後、就職活動に失敗した僕を両親はあっさり見限ったし、ホワイト企業で華々しく活躍している友人達とは話が合わない。
次第に孤立していくなかで、なんとかこういったバイトと在宅でのパソコンワークで食いつないでいる。
今日もくたびれながら三十分の短い休憩のなか、僕はいつもの癒しを求めた。スマートフォンをタップして動画アプリを開いたら、お気に入りの配信者による最新動画がアップされている。
『オッスオッス、❥ガランChanneL始まるよー!』
銀箔の髪に青い眸の配信者ガランは、僕の心の救いだ。オタクにやさしいギャルは実在しないと思っていたけど、彼女はどんなリスナーだって受け入れてくれる。
アップされたのはゲーム実況の続きで、イヤホンをつけた状態でその動画を眺めながら賞味期限切れのおにぎりを食べる。
『ちょっ待って待ってこいつどうやったら避けれんの!?』
アクションゲームに大慌てする彼女はいつもきらきらしていて、すごくかわいい。今度の生配信は見られるだろうから、コメントと投げ銭も忘れないようにしなくちゃ。
休憩時間はあっという間に過ぎて、僕はレジでクレームを叩きつけてくる客の罵声を浴びにいくのだった。
翌日の晩、地獄の十連勤目に突入するのを諦めつつも、自転車を漕いでコンビニへと向かう。いつも通り近道である路地をゆけば、いつも道を照らす電灯が切れていた。
「うわ」
目をこらして見ると、何かが道をふさいでいる。野良猫にしてはおおきすぎる塊に、こんな都市部に狸だろうか、と自転車のベルを鳴らす。
――ふいに、こちらをひかる目が見たような気がした。
「え、」
その数があまりにも多かったものだから、僕は呆けた声を出す。飛びかかってくる何かの群れはぞうぞうと、らんらんと目を輝かせていた。
「一等星ちゃん! 一気にひかっちゃいな!!」
聞き覚えのある声がきらきらと僕の耳に届いたと同時、ばちばちと視界が閃光にそまる。思わず目を閉じた僕がもう一度瞼を開ければ、そこには女の子が一人立っていた。
「君は、」
「オッスオッス、元気? 調子ど?」
腰を抜かして地面に座り込んだ僕を振りかえってウィンクを投げた彼女を、見間違えるわけがない。それは紛れもなく動画配信者のガランで、僕は意味がわからず口をあんぐりと開ける。
「君、ちょーっと運がなかったね。いや、幸運だったかも? なんせアタシに会えたんだしー?」
配信と変わらず軽妙な喋りをしながら、ガランはまた僕に背を向ける。その視線の先には、さっきよりも随分と数の増えた何かの群れ。
「オイオイ随分なヤツに絡まれてんなァ、さては厄年だな?」
どうだったっけ。そんなことを考えている間に、彼女の唇から歌がこぼれる。それが力強くて苛烈なファイトソングで、ああ、知ってる。前にアップしてた歌みた動画の。
ガランの歌声と一緒に、また閃光がまたたく。あんなに居た気味の悪い目の群れはもう見えなくて、そこには僕と僕の救世主しか居なかった。
「よっと、大丈夫? 夜道は危ないから気をつけなね、んじゃ」
そうして立ち去ろうとする彼女に、自分でも信じられないくらいの大声をあげた。
「まっ待って!!」
うお、とびっくりした様子で肩を跳ねさせたガランへと駆け寄って、必死に言葉を発してみる。
「あっあの、動画いっつも見てます! 僕、ガランのファンで……!」
「え、あ、そうなの?」
こくこくと頷けば、片手でピースしながらガランが笑う。
「こんなとこでリスナーに会うとはなー、やっぱ君運良かったりする? いや、アタシかそれは」
あはは、なんて笑う彼女は、画面の向こう側で見るよりうんとかわいくって。ああ、そうだ、これはきっと、
「運命だ……」
「なんか言った?」
ガランには、祝福の鐘で聞こえなかったのかもしれない。首をかしげた彼女に、僕は一生懸命告げる。
「あのっ僕この先のコンビニでバイトしてて! 是非来てください! お、お礼、お礼しますから!」
「あ、いや今日は帰って動画編集しないとだから……」
「今度、今度でいいんで!」
ここで約束しなかったら、もう会えないかもしれない。そんな不安が先走った僕をなだめるように、ガランはうんうんと頷いてくれた。
そうして、じゃあね、と笑って去っていく彼女の背を見つめながら、僕は泣きだしそうな気持をこらえるのだった。
遅刻した僕を一応叱った店長に謝りながら、相変わらずのひどい夜を過ごす。でも大丈夫だ、僕にはあの子が居る。ガランが、必ず会いに来てくれるから。
休憩時間中に見た動画は、さっき彼女が歌っていた曲のそれ。何度も何度もリピートしては、ぎゅっと胸を震わせる。
大丈夫だ、これからの僕はきっと――あの子と幸せになれるんだ。
流石に休んでいいよ、と貰った休みの日。僕はだいすきな彼女の生配信を見る。
『皆オッスー、❥ガランChanneL生配信始めんぞー!』
コメントの濁流にのまれつつも、僕も必死に挨拶を入力する。ガランは僕の心の救いで、癒しで、それから。
今日も彼女は楽しそうにライブ配信をしてくれて、いつかアップしてくれた歌を歌ってくれる。
「……あれ、」
――この曲、直接聴いたような。
そんな気のせいを不思議に思いながらも、僕は投げ銭のボタンを叩いた。
「皆今夜もサンキュねーじゃ、おやすみー!」
一文字・伽藍は、動画配信者だ。今日も聴いてくれるリスナーに、歌を届けている。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴 成功