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Kaninchen, ein guter Junge

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 ――確保!
 己を押さえつける見えない鎖の感触と屈辱を、兎は忘れもしない。
 どこかくたびれたような背中が自身の机に向かっている。報告書を仕上げてでもいるのだろう上官の頸にめがけて、山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世(フィボナッチの兎・h00077)はナイフを振り下ろした。
「もらったぞ」
「懲りねェなあ、お前」
 果たしてその指先は動かなくなる。鎖の絡みついたような感覚に舌打ちをする少女を椅子ごと振り返ったのは、知名を過ぎた頃合いの男である。
 出会った頃からすれば随分と歳を取った|警視庁異能捜査官《カミガリ》――山田は、その頃と全く変わらないシャネルの浮かべた忌々しげな表情に溜息を吐いた。
 彼がこうして命を狙われるのは日常茶飯事だ。自身を捕縛し世界の破滅を阻んだ張本人への恨みは相当に根深いらしく、何かあるたびにあらゆる手段でちょっかいを出されている。しかし|駆け出し《ルーキー》でありながら指定災厄の捕縛に大きく寄与したエース捜査官は、全盛期を過ぎてなお持ち前の霊能力では負けなしだった。
「|新人《ヒラ》の俺に捕まったってのに今更勝てるかよ」
「やってみないと分からないだろう。君もいい加減に定年退職が迫ってるんだ」
「残念だが定年は延びたよ」
 今どきは世知辛い。椅子を元の格好に戻したと同時にシャネルの捕縛を解いて、山田捜査官は後方の兎の主を一瞥し、笑った。
「もうしばらくお前の相手が出来るぞ。嬉しいか?」
「早く死ね」
 現れた一羽の兎が見えない鎖で叩かれて消えた。
 二人の因縁の発端は今より三十余年を遡る。当時より管理名『フィボナッチの兎』は厄介な性質の塊であり、それゆえに危険視される人間災厄の一つでもあった。
 フィボナッチ数列に従い無数に分裂する兎は周囲の生命力を食らい、またその環境を変容させる。一羽あたりの量が世界を滅ぼすほどに大きくないといえど、その増殖速度は人間の対処能力を大いに上回る。それらが無限に溢れかえったとき、この世の全てがかの兎とその主に食らいつくされることは明白だった。
 彼女がシャネルの名を得て大人しくしているのは、ひとえに駆り出された山田捜査官の霊能力――感知した存在を感知して干渉し、霊的な鎖で縛り付ける力――との相性が絶望的に悪かったというほかない。
 幾ら無数に殖えようとも、その起点は一羽の兎である。最初の一羽が距離を問わぬ直接干渉によって潰れれば数列は成立しない。主である人間災厄が近接格闘術を好むこともあって、激闘の末に膝をついたのは『フィボナッチの兎』が先だった。
 |異能捜査官《カミガリ》によって捕縛された指定災厄の道は二つに一つだ。即ち世に仇成さぬよう幽閉されるか、或いは自らの能力を世界の破滅に使わないことを絶対条件として厳重な管理の下で自由を得るか――。
 『フィボナッチの兎』は迷いなく後者を選択した。自由を奪われるよりは世界崩壊を諦める方がよほど良かったのだ。
 ――なら君たちに協力しよう。私の力があれば業務が円滑に進むぞ。
 そう|異能捜査官《カミガリ》への志願さえしてみせた彼女に、しかし皆が渋るような顔をした。かねてより積極的に世界の滅亡のために力を振るおうとしていた『フィボナッチの兎』には安心材料が足りなかったのである。
 停滞する空気の中で一人が徐に前に出る。
 ――では本官が保証人となります。能力が優位にあることは証明されていますから、監視者として不足はないと考えます。
 彼女を捕えた若きエースは、凛然と声を張り上げた。
 かくして忌々しい捜査官の苗字を借り、山田・ヴァイス・ゴルト・シャネル三世と名を受けた人間災厄は、今のところ自由を教授するために大人しく席に座っている。
「君、あのとき本当に正気だったのか?」
「正気だったとも。実際お前は忠実にやってるじゃねェか」
「幽閉だけはごめんだからな」
 あれよあれよと進んだ手続きによって、己の鎖が解き放たれたとき、茫然としていたフィボナッチの兎の心には再び強く憎悪と怨恨が燃え上がった。
 どこまで嘗めてくれるのだ、この男は――。
 幸か不幸か、仇敵は彼女の身元引受人であり主たる監視者でもあった。それゆえに命を狙うこと自体は簡単である。あらゆる手段を凝らし、あらゆる隙を窺ってはその首を刎ねようと奮闘したものの、結局はこうして全ていなされて終わっている。
 よくよく考えれば相手は国家に認められるほどの霊能力者であり、その中でも指折りの実力者なのだ。たかが人間と侮っているから悪いのではないか。そのことに気付いてからはより趣向を凝らすようにしたのだが、三十三年が経っても彼は全くの無傷である。
 傷の代わりに皺が刻まれてなお壮健な男を睨み、シャネルは既に次なる手段を考えている。弱るのを待っても良いが、それにしても山田捜査官が己の手に掛かるほどに弱る姿を想像出来ない。
 八十過ぎの老人に簡単に調伏される己を思い浮かべるのが業腹で、シャネルはそれ以上の屈辱的な思考をやめた。
 それに弱ったところを狙って殺したとて、それは自然に溢れる弱肉強食の摂理が如く当然のものなのだ。殺すのならば強いうちに殺しておかねば気も済まぬ。
 彼女の内心を知ってか知らずか、背もたれに身を預けた山田捜査官が大きく伸びをした。背中が勢いよく音を立てている。そのままへし折ってやろうか――などと物騒なことを考える少女の視線を受けながら、彼は感慨深げに溜息を吐いた。
「俺が引退した後もその調子でやってくれると助かるんだがなあ」
「それは私が決める。暴れるかもな」
「そしたらすぐにすっ飛んでってとっ捕まえてやるよ」
 それは楽しそうだな――。
 頭に過ぎりかけた思考はすぐに沈む。しかしフィボナッチの兎の金色の眼差しは、昏き野望を抱える人間災厄と呼ぶには明るすぎる煌めきを宿して、獰猛に細められた。
「やってみろ。次こそ返り討ちだ」
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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