切っても切れない二人の絆
あいつと知り合ったのは? って?
……身体が弱いのは幼い頃からだった。
記憶に一番残っているのは、窓から見る青い空。
よく倒れては保健室なり自室なりで寝かされていることの多かった自分にとっては、あまりにもよく見る景色だったから。
そこに、何時からか違う色が加わるようになった。
出会ったのは幼稚園。
その頃はよく遊ぶ中の一人だった。どちらかというと、そこまで先頭に立つタイプじゃなかったと思う。
当時は今よりも更に母方祖母の血が出ていたのか、異国感を漂わせる容姿は簡単に弄り、ひいては苛めの対象となったようで。
「へんないろー」
「だまってないでなんかいえばいいのに」
本人たちはただからかっているだけのつもりだったのかもしれない。それでも、泣きそうな顔をしている姿を見て黙っていることは出来なくて。
「やめろよ」
割って入った俺を、実は不思議そうな顔で見ていたっけ。
「いろがちがってもかんけーないだろ。なあ、あたまとかすきないろにかえれるならなにがいい?おれ、あお」
「ぼくあかがいいなあ」
「みどりかっこいー」
話を流してしまえば、園児なんて簡単なもので。なし崩しにそのままヒーローごっこに流れ込んで皆で騒ぎすぎて、ぶっ倒れたのは多分俺が悪い。
保健室で目が覚めた時に、泣きながらこっちを覗き込んでるのが視界に入った。
しまった、と思った。泣かせないようにって、思ってたのに。
「ごめん」
「なんであやまるの」
「ないてるから」
熱に浮かされながらも会話をしたのだけは、はっきりと覚えている。
その日から、俺の世界に家族くらいの勢いで飛び込んできたんだったな。
事情を察した先生が何か動いたらしく、苛めは何時の間にかなくなっていた。生来人の懐に入るのが上手い奴だから、あっという間に親しい友達も出来ていたので、その後の学校生活に関しては特に問題は無かったはず。
俺の身体が弱いのは相変わらずで、小学校に上がってからはあいつが休んだ日の分のプリントや課題を運んでくるのが日常となっていた。
窓から近所に人に帰りの挨拶をするにぎやかな声が聞こえたなと思ったら、ひょいと頭が覗いてくるのが面白くて。
聞かせてくれる話で参加できなかった行事なんかもまるで自分がいたように思えて、正直すごく嬉しかった。
あいつの家は両親共に海外に出てしまうことが多く、細かい事を気にしないタイプの揃った俺の家で遊びに来たついでに夜ご飯まで一緒することも多かった。
昔から食事の量や内容には小言を言われたっけ。
まあ、それは今もなんだが。
小さい頃は同年代が苦手だった。
偏見ってほどでは無いにしても、多少なりとも他と違うっていうのは仲間外れとかが容易に起きるっていうわけで。
時々からかわれたりするのは、適当に受け流してればそのうち話題が変わるからそれで良いと思っていたんだ。
ただ、それを良しとしない奴もいた。
ある日のそれに当たり前のように割って入ってくれて、それでも大勢に立ち向かうのは怖かったんだろう少しだけ手が震えてるのが見えてしまって。
身体が弱いし、普段はそこまで前に出るタイプでもないのに……僕のために、無茶をしてくれた。
騒ぎすぎて倒れた後に顔を見に行ったら、泣いてたせいか逆に謝られてしまって。
その日から、|誠《アイツ》は僕のヒーローになった。
「実」
「おかえりなさい、どうだった?」
幼稚園からの帰宅の際、誠が自分のせいで倒れたのだと泣く僕に代わって、様子伺いとお礼に出かけていた両親が帰ってきた。玄関へと急いで駆け寄ると、上がってきた母親にふわりと頭を撫でられる。
「小児喘息で元々疲れやすかったからって。実のせいじゃないから、これからも仲良くしてほしいって」
「よかった……」
「素敵なお友達ね」
「うん!」
親同士も気が合ったのか、何かある度にお互いの家を行き来するのが次第に当たり前になって。それは小学校に上がったころに、僕の両親が海外に出てしまってからも同じで。
帰りの挨拶が終わり、いつも通りに誰もいない席の上に置かれたプリントをまとめて自分のランドセルに入れると、走って校門を出る。向かった先、瀟洒な一軒家の門のところで走ってきたってばれないように息を整えて。
足音を忍ばせるようにして向かった先、ゆるく開かれた窓の中。
「あ、見つかった。プリント持ってきたよー」
あいつは本を膝の上に乗せてこっちを見ていた。なんで先にわかるのかって聞いたら、帰ってくる時の声が聞こえるからって言ってたな。
「ありがとな……何やったんだそれ?」
窓を乗り越えた際に、膝に貼られた絆創膏が見つかった。大したことじゃないと肩を竦めてプリントを手渡す。
「上り棒鬼ごっこしたら落ちた」
「何だそれ」
学生時代は見えるところにある痣とか傷を矢鱈気にされたけれど、出来れば自分の体調の方に気を使って欲しいと思うのは、今も変わらずだったけど。
「あら、実君こんにちは。連絡貰ってるからうちでご飯食べてってね」
「こんにちはー。わぁ、ありがとうございます」
「良いの良いの。実君がいたら誠もしっかり食べてくれるしうちも助かるわー」
「うるさいな母さん」
夜ご飯を誠の家で食べて、迎えが来たら帰る。誠が学校に行けた日はたまに逆になる事もあったりして。
「誠君、これどうぞ」
「有難うございます!」
「ありがとおばあちゃん。誠それ好きって言ってたよね」
喧嘩とかも無かったわけじゃないけど、長続きしないもんだから馬鹿らしくなって、そのうちに喧嘩になる前に言いたい事を言うって暗黙の了解も出来て。
中学、高校とそのまま同じところを選んで。クラスは一緒だったり違ったりしたけど、イベント事は大体一緒だったと思う。
「おーい、お前ら学祭の担当何にするん?」
「あ、じゃあ俺看板描こうかな」
「立候補いなかったから助かるわ。そんじゃお前ら二人看板当番な」
「ちょっと僕にも聞いてよ」
「聞いたってどうせ一緒じゃねーか」
誠は休みがちなくせに成績は良かったし器用だったから、目立つわけじゃないけどいると助かる的なポジションをキープしてた気がする。
正義とかなんだとか人の良いところを集めたような性格をしてて、僕以外にだって友達は居たにも関わらず絶対に僕を引っ張り込もうとするから、気が付いたら何をするにしてもセット扱いになってたなあ。
「当日の店番もあるからなー」
「わかった、無理して休まないように気を付ける」
「休んだら実が二人分働くんだろ?」
「絶対おかしいってその会話」
高校までの卒業アルバムとかの写真は大体一緒に写ってるんだよね。それくらい、側にいるのが当たり前だった。
「で、色々あって今に至るって感じで」
「随分はしょったな」
こちらを見て、ふんと鼻を鳴らす誠が言いたい事は分かるけれど僕はそれに触れるつもりは無い。
だって。
知られたくない。僕が、|昔と同じじゃない《人間じゃなくなってる》なんて。
「何々まこっちゃんすねてるの可愛い~」
「何だよそのノリ」
だから、笑って誤魔化し続ける。僕にできる限りずっと。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功