都市伝説『ヤクザの跡取りと若頭』
──都内某所、刻武館大学。
創立の歴史は古く、質実剛健なイメージが付き纏う文系寄りの中堅私立大学である。
だが、伝統に縛られることなく時代の変化に機敏なのが当校の特徴でもあり、私立大学としては珍しく図書館の利用やキャンパス単位での一般開放講義を定期的に行っている。特に手頃な値段で食べ盛りの学生の胃袋を満たす学食は人気で、地域住民のみならず外回りのサラリーマンもランチを利用するだけあって連日満員御礼な盛況ぶりだ。
当然ながら何かと物騒な世の中なので、利用するにあたり運転免許証や健康保険証と言った身分証を提示して利用証を作らねばであるが、それでも人はお得さを求めれば面倒な手間を厭わない。
そんな大人気の学食も今日から夏を乗り切るカレーフェアが始まり、食欲が唆られる香ばしい匂いと学生や一般利用者の喧騒で溢れていた。
しかし、とある何時ものふたり組が食堂内にやって来ると、テーブルを埋める周囲の視線が一斉に彼らに集まった。
「おっ、相棒♪ 今日からカレー祭りだってさ。辛いのに挑戦してみるか?」
陽気な口調でニヤリと笑った柳・依月(ただのオカルト好きの大学生・h00126)は、刻武館大学で民俗学を専攻する大学生だ。
その正体はネットロア由来の生を受けた怪異だが、自分たちを語り継ぐ存在を真似て人に紛れて楽しく生活している存在である。端から見ればモード系和洋折衷ファッションという個性的すぎると言っても良い格好だが、民俗学を専攻する学生はそんな変わり者ばかりであるの特に浮いている存在という訳では無い。
「誰が相棒だ、柳。……監! 視! 役! だ!!」
馴れ馴れしく絡んでくる依月に対してピキッと眉を吊り上げながら、四季宮・昴生(蛇神憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h02517)はドスの効いた声で一蹴する。
学食の常連はふたりの漫才のようなやり取りにもう慣れているが、初めて四季宮が怒鳴った時は騒然としたものだ。
身長190センチ近い肩幅が広く大柄な体躯、しかも毎日糊が効いた黒スーツ姿、蛇に睨まれたかのような鋭い眼光に『カタギではない』と誰しも感じるもので、ある噂が真しやかに刻武館大学のキャンパスで囁かれ始めた。
その噂とは──、
「ねぇ、あのふたり……『ヤクザの跡取りとお目付け役の若頭』って噂、本当なの?」
「え~? そんなのただの噂、噂。四季宮さんってちょっと神経質なところがあるけど、普段は紳士的で優しい依月君のおじさんだって~」
仲の良いサークル仲間の性もない噂話を前に、依月と同じ民俗学ゼミに在籍するオカルトに詳しいギャルこと|茶来井《ちゃらい》さんは笑いながら否定する。
四季宮の正体は警視庁刑事部特殊捜査四課所属の|警視庁異能捜査官《カミガリ》であり、危険な怪異とされる|柳・依月《ネットロア》の監視役兼身元引受人でもある。
そんな理由で表向きは依月の親戚として離れることなく刻武館大学の講義にも付き添っているが、それが噂の出所と言ったところか。
茶来井さんを始めとした民俗学ゼミ学生一同も最初はビビったが、慣れとは恐ろしいもので今では異能捜査官で得た豊富な民俗学知見から『厳しくも優しい頼れる外部講師』として扱われている。
しかしながら民俗学ゼミ外から見れば、やれ裏稼業の隠語めいた会話をしてただの、四季宮が運転する黒塗りの高級車(特四所属の警護車)に依月が乗り込んでいるところを見かけただのと、事実に基づく勘違いによる新たな勘違いが日々生まれてる。
現に今も……、
「四季宮さん、ビーフにするかポークするか迷ってただろ? 俺のビーフを少し分けてやるよ♪」
「……ふん、ありがたく受け取ってやる」
(もしかして、毒見をしろ……ってコト!?)
(やべぇよやべぇよ……柳さんは笑顔で容赦なく殺すタイプじゃねぇか!)
……と、カレーを分けただけの行為が若頭の命を張った毒見に変換されてしまう。
依月のビーフカレーが四季宮のポークカレーの端に盛られると鬼捜査官の厳しい顔が一瞬綻んだが、口に運んだ瞬間……四季宮の表情が一変して額から脂汗を滲ませ、顔を真赤にしながら喉を押さえて悶絶し始めた。
「柳……貴様ッ!?」
「へぇ~。1滴だけでも10辛になるって本当なんだな……ありがとよ、相棒!」
(本当に毒が!?)
(いや、違う! 柳さんが持ってるのは激辛カレースパイスソースだ!)
(ってことは……柳さん、若頭の忠誠心を試したんだ! 拒否ったら海に沈む覚悟の試練だぜ!)
刻武館大学の都市伝説『ヤクザの跡取りと若頭』に新たな伝説が刻まれた瞬間であった。
「ねぇ、本当にヤクザじゃないの?」
「大丈夫。喧嘩するほど仲の良い、何時もの漫才だから」
四季宮は水をガブ飲みしながら依月を睨み、依月は悪びれる素振りもなくケラケラ笑う中、茶来井さんは心配せずに甘口カレーを頬張りながら何時もの光景だと気にも留めなかった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功