発明家は夢を観る
これは僕の体験談。登場人物は二人だけ。僕と魔王だ。
僕はどこにでもいる普通の男。アパートで一人暮らしをしている二十代の勤め人。
魔王のほうは普通じゃない。なにせ、魔王だからね。
彼の名は|皮崎《かわさき》・|帝凪《だいな》。本人がそう名乗った。
年齢は不明。見たところ、僕より少し上のアラサーって感じ。
魔王と出会ったのは一箇月ほど前。場所は近所の公園。その時の彼はとても目立っていた。格調高い貴族めいた服の上に白衣を羽織るというスタイルだけでも特徴的だというのに、電動キックスケーターとフライボードを合体させたかのようなキテレツ極まりない機械を乗り回していたのだから。
公園にいる他の人たちは見て見ぬ振りをしていた。実に賢明だ。僕もそうするべきだった。でも、好奇心を抑えることができず、つい話しかけてしまったんだ。
そして、彼が自称『魔王』であることを知り、発明家であることも知った。例のキックスケーターモドキも発明品の一つであり、試乗をしていたのだという。
「もし、貴様が発明家ならば、どんな物を生み出したい?」
しばらく話し込んだ後、魔王はそう尋ねた。新たな発明品のアイディアを欲していたらしい。
僕は即答した。
「完璧な保温機能を持った炊飯器ですね」
冗談のつもりでそんなことを言ったわけじゃない。僕はごはんが好きなんだ。とくに炊き立てのふっくらごはんが大好きなんだ。
「よし! ならば、俺がそれを作ってやろう!」
魔王は自信満々に宣言した。
そして、実際に作ってみせた。
求めよ、さらば与えられん。
◆
あるアパートの一室。
日曜の昼下がりの静かな一時から『静かな』という部分が消し飛ばされた。無遠慮に鳴らされるドアチャイムによって。
部屋の住人であるA(仮名)が玄関の扉を開けると――
「ふはははははは! 待たせたな、○○よ!」
――そこにいた男が呵々大笑し、Aの名前を口にした。
一箇月ほど前に公園で出会った『皮崎・帝凪』なる怪人物だ。
「べつに待ってませんけど? てゆーか、あなたに住所を教えた覚えもないんですけど?」
「俺も教えられた覚えはない。独自に調査したのだ。調査といっても、三十秒とかからなかったがな」
呆気に取られるAを尻目に帝凪はずかずかと部屋に入り込んだ。傍若無人な振る舞いに見えるが、靴は丁寧に脱ぎ揃えている。
「貴様の望んでいた物がついに完成したぞ」
帝凪は座卓の前にどっかと腰を下ろした。
そして、脇に抱えた物を座卓に置いた。
それは茶道に用いる八角釜にB級SF映画のガジェットめいた装飾を施したような代物だった。上部には十字型の溝が刻まれ、八つの側面にはそれぞれ小さな突起が備わっている。
「え? もしかして――」
Aもまた座卓の前に座り、帝凪と向かい合った。
「――例の炊飯器ですか?」
「然り! その名も『|大炊飯《だいすいはん》|O《オー》』だ!」
「……今、僕の中で『声に出すと恥ずかしい言葉ランキング』が更新されました。不動の一位かと思っていた『チーム友達』がまさかの王座陥落です」
「この名前が気に入らんのか?」
「正直、ちょっとキツいですね。最後のOも意味不明だし」
「『お米』のOに決まっているではないか」
「決まってるんだ……」
「『ごはん』のGや『ライス』のRという候補もあったのだがな。熟考の末、Oにした。調理機器だから、丸みのある文字が相応しい思ったのだ。おっと、心配は無用だぞ。『大炊飯O』の性能は決して名前負けなどしていない」
「いや、そんな心配は微塵もしてませんから。その名前に負けるような性能だったら、逆にスゴいですよ」
忌憚なき意見をぶつけてみたが、自信に満ちた帝凪の態度は揺るがない。蛙の面に小便。
Aは溜息をつくと、疑わしげな調子で確認した。
「……で、この炊飯器は本当に完璧な保温機能を有しているんですか?」
「もちろんだ。いや、『大炊飯O』の画期的な機構を評するには『完璧』という言葉でもまだ足りんなあ」
「いったい、どんな機構なんですか?」
「炊飯が完了すると同時にドデスカデリウムを触媒として|D《ドルドラムス》フィールドが発生し、内部の空間が完全に|固定《ステイシス》される。そして、炊飯直後のふっくら状態が保たれるのだ」
「言ってることの半分も理解できませんけど……ふっくら状態が保たれる時間はどれくらいですか?」
「およそ三万五千時間だ。その間、中にある米は一切劣化しない」
「三万五千時間って……無駄にスゴいですね」
「『無駄』は余計だ。お?」
帝凪は『大炊飯O』に目をやった。Aからは見えない箇所に液晶画面かなにかが備わっているらしい。
「そろそろ、米が炊き上がる頃合いだな」
「え? これって、もう動いていたんですか?」
「うむ。炊き上がりの状態を貴様に見せるため、前もってセットしておいたのだ。至れり尽くせりだろう?」
「じゃあ、ここに来るまでの間もずっと炊飯中だったってことですか? 電源はどうなってるんです?」
「『大炊飯O』に外部からの電力供給など不要。Dフィールド発生装置に組み込まれたドデスデカリウムの結晶を動力源としているのだからな。つまり、電気代はゼロ! エコかつ経済的!」
帝凪の得意げな語りに応じるかのように『大炊飯O』が電子音声を発した。
『炊飯完了! オールグリーン!』
そして、側面にある八つの突起から蒸気が噴き出した。
緑味を帯びた蒸気だ。
Aは慌てて口と鼻を手で覆った。
「な、なんですか、このヤバげな緑の煙は!?」「
案ずるな。Dフィールド発生によって昇華したドデスカデリウムが排気されただけだ」
「それって大丈夫なんですか?」
「案ずるな。ドデスカデリウムは動力源も兼ねているが、フィールド発生で昇華されるのはごく微量。保温期間が大きく減じることはない」
「そういうことじゃなくて、そのナントカリウムに危険性はないのかって話ですよ」
「案ずるな。内釜には三重もののシールドが施されているから、米は絶対に安全だ」
「いや、内釜のごはんよりも外側の人間の心配をしましょうよ」
「案ずるな。人体に大きな影響はない」
「じゃあ、小さな影響はあるんですか?」
「知らん」
「少しは案じろやぁーっ!」
Aは思わず大声でツッコミをいれた。
一方、帝凪は落ち着いたもの。
「その件について議論するためには我々の間の相違を確認する必要がある。まず、影響の大小を分ける基準についてすり合わせをおこなわなくてはなるまい。いや、その前に『影響』という言葉の定義を……」
「あー! もういいですよ!」
Aは魔王の長広舌を遮った。
「とりあえず、どんな具合に炊けているのか確認させてください」
「よし来た」
帝凪は『大炊飯O』のスイッチを押した。
上部の蓋が十字型の溝に沿って割れ、花が咲くかのように展開。普通の炊飯器ならば、ここで湯気が立ちのぼるところだろう。しかし、なにも起こらなかった。Dフィールドなるものによって、湯気も内側に留められているらしい。
Aは恐る恐る炊飯器の中を覗き込み――
「おおう!?」
――感嘆の叫びをあげた。
「米粒がしっかり立ってる! しかも、つやっつや! パーフェクトな炊き上がりですね!」
「当然だ」
帝凪が胸を張った。
「保温機能のみに注力し、肝心の炊飯機能を疎かにしてしまっては本末転倒もいいところ。美味い米を炊けてこその炊飯器であーる」
「仰るとおりです。早速、味見してもいいですか?」
「いや、食べることはできないが?」
「え?」
「え?」
狐につままれたような顔をして見つめ合う二人。
三十秒ほど経ったところで、Aが口を開いた。
「どうして食べることができないんですか?」
「最初に説明しただろう。Dフィールドによって、炊飯器内部の米の状態は完全に固定されているのだ。故に干渉することはできない」
「そのDフィールドっていうのを解除する方法は?」
「いや、解除などできないが?」
「え?」
「え?」
再び見つめ合う二人。
一分ほど経ったところで、Aが口を開いた。
「つまり、ずっとこのままなんですか? 炊き立てのごはんに手をつけることは永遠にできないんですか?」
「いや、永遠ではない。既に述べたように保温期間は三万五千時間だ。それだけ経過すれば、ドデスカデリウムは完全消耗してDフィールドも消失する。そして、晴れて食することができるわけだ。|三万五千時間前に炊き上がったばかり《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》のふっくらごはんをな」
「……」
Aはなにも言わず、帝凪をじっと睨んだ。睨みつけた。睨み続けた。
そんな彼をきょとんと見返す帝凪。
「どうした? なにが不満だ? この『大炊飯O』は、貴様が求めていた完璧な保温機能を有しているのだぞ? しかも、美味しく炊き上げることまで出来るというのに……」
「美味しく炊けようと、長く保温できようと、好きな時に食べることができなかったら、まったくの無意味でしょうが!」
「な、なんだとぉ!?」
帝凪は目を剥いた。初めて見せる驚愕の表情。
「もしかして、貴様の目的は……米を美味しく食べることだったのか?」
「他にどんな目的があるとでも?」
「なぜ、それを先に言わんのだ?」
「なぜ、先に言わないと判らないんですか?」
「うーむ……これはしたり……俺としたことが不覚であった……」
驚愕の表情が消えた。
代わりに現れ出たのは苦悩と後悔の表情……ではない。
不敵な笑顔だ。
「くっくっくっ。しかし、このしくじりもまた貴重な体験と言えよう。エラーあってこそのトライアル・アンド・エラー! 失敗なくして成功はないのだ!」
そして、魔王はいきなり立ち上がり――
「むむっ!? 新たなアイディアが閃いたぞぉーっ!」
――部屋から飛び出していった。
呆然としているAを残して。
丁寧に脱ぎ揃えていた靴を履き忘れるほどの勢いで。
◆
この件で僕は二つのことを確信した。
一つ。魔王は天才的な発明家だ。間違いなくね。
二つ。でも、発明家として大事なものが抜け落ちている。
その『大事なもの』とは……うーん。なんというか、『そもそも、なんのためにその発明品を作るのか』という根本的な動機みたいなものじゃなかろうか?
たとえば、時速一千キロで走行できる新型の自動車を魔王が発明したとしよう。きっと、その自動車にはハンドルが備わっていなくて、真っ直ぐ走ることしかできない。下手すると、ブレーキさえ備わっていないかも。『安全かつスムーズな運搬や移動のために新型の自動車を作る』という当たり前の動機を持ち合わせていないもんだから、スピード特化型の化け物じみた自動車しか生み出せないというわけ。
だから、君がどこかで魔王と出会い、発明品を作ってもらう機会を得たとしたら、しっかり伝えなくてはいけない。その発明品をなにに使うのか。なんのために使うのか。どうやって使うのか。
伝え損なうと、高性能にして実用性皆無のガラクタを押しつけられることになる。
僕のようにね。
そう、『大炊飯O』はまだ僕の部屋にある。
その中で保温されてるふっくらごはんを食べられるのは約三万五千時間後だ。
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