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千紫万紅~戦姫は世界を愛す~

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 私の好きなもの。
 可愛いもの、綺麗なもの。美味しいスイーツにときめくコスメ。
 例えば、淡いピンクの桜のように、花唇が綻ぶリップグロス。
 例えば、瑞々しい果実で飾られた、クリームたっぷりのパフェ。
 襟元で結ぶ大きなリボン、ふわりと踊るフリルのスカート。
 世界は今日もきらめいて、愛するものたちで溢れている。私の幸せも、私以外の人たちの幸せも、とりどりに集めた花束みたいに。

 ──だから、私は世界を守るのです。
 焦がれて目指す『彼女』のように!


「星詠みさんの依頼でやって参りましたが、あれが件の困ったさんですね」
 √の境を軽やかに踏み越えて。現場にたどり着いた|躑躅森《つつじもり》・|花寿姫《かずき》は、整った眉をむむっと潜めた。
 甘く薫る、六月のローズガーデンだった。快晴の空を汚すように、悪魔の翼を背負う怪人が宙を舞い、高笑いと共に暴風を撒き散らしている。
「ああっ、子どもたちが悲しんでいるじゃありませんか! あんなに薔薇を散らして、許せません……!」
 怪人が乱入したのは、父の日を祝う催しの真っ最中。贈るはずの花束を散らされて、幼い子たちが泣いている。
「世界の平和を脅かそうとする輩は、放っておくわけには参りません」
 ──さっさと倒して、お気に入りのカフェで季節限定の新作、紫陽花パフェを食べましょう!
 踵を軽く鳴らし、青空に映える薄紅の髪を靡かせて、花寿姫は駆け出した。可憐な容姿にそぐわぬ速度で、真っ直ぐ怪人に向かってゆく。
「……おや、なんだ、貴様ァ」
 この吸血怪人さまに歯向かうつもりか──と、青白い顔で見下ろされ、花寿姫は速度を落とさぬままに睨み返す。
「吸血鬼なら、夜まで大人しくしていて欲しいですね」
 空気の読めない悪い人はお仕置きしなくては。決意を込めて、花寿姫はひときわ強く地を蹴った。薔薇庭園を見晴るかす青空へ向けて、高く、高く。
 合わせて胸元で跳ねたのは、アンティーク・キーを模るペンダント。右手で引き寄せ、強く握れば、飾りの球がきらりと光る。

「私の花園の鍵よ、導いて。──|照紲開花《フラワリング》・アザレア!」

 跳びながら。
 高らかに、花寿姫は謳った。
 開花を告げる声が庭園に響き渡り、手にあるペンダント──|界紲花鍵《かいせつかけん》『フラワリング・キー』の力が解放される。小さなアンティーク・キーが成長を始め、持ち主の背丈に迫る、長大な鍵杖となる。
 先端で煌めく球は、モザイクガラスのトルコランプ。
 魔法の力を秘めた、境照万花ランプのひとつ、『アザレア・ブルーム』だ。灯す模様は、鮮やかな|躑躅《アザレア》の花々だ。

 そして『アザレア・ブルーム』の放つ光が、膨らみ、溢れた。
 眩しさに花寿姫は瞳を閉じて。
 気付けば、そこは薔薇庭園ではなかった。

 深い闇の帳が下りていて、景色は見えない。
 翳したランプの明かりが、自分の周囲を小さく照らすだけ。
 けれど不思議と不安はない。風も優しく吹き渡る。
(ここは花園。私の花園。あらゆる花が咲いているはずの場所)
 ランプに導かれ、自身の内に広がる無限を、花寿姫は進む。
 そして、光が一際瞬いた場所へ、確信をもって鍵杖を挿した。

 現実世界では──まだ跳躍の最中。
 怪人が目を瞬く。花寿姫の姿が変化してゆく。躑躅が、開花する。
 境照万花ランプ『アザレア・ブルーム』から、純朴な白と華やかな赤紫の輝きが順に広がった。それらは幾重もの美しい輪となって、花寿姫を足元から包んでゆく。
 上品な革靴は華やかなパンプスに変わり、コサージュがあしらわれて。
 続けて光の螺旋が足を包めば、愛らしいニーソックスへと変化した。
 白とピンクの躑躅が連なり、華奢な身体をふわりとくるめば、フリル踊るミニワンピースが現れて。
 瑞々しい葉の色をしたリボンが、ラインをきゅっと引き締める。
 両腕を守るスリーブが、躑躅のように花開き──。
 仕上げとばかりに、輝く緋色の粒子が降り注いだ。甘やかな蜜の在処を示す、蜜標にも似た粒子たち。花寿姫の指先に灯れば、艶やかに爪を塗り上げて。柔らかな唇に落ちればルージュを引く。

「貴様は一体、何者だ──!?」

 吸血怪人は、羽ばたきながら驚愕した。敵と分かっていながらも、魅入られた目が離せない。見た者を魅了し引き止めるという、躑躅の美しさを醸す相手から。
 問われて、花寿姫は口を開く。
「──私は!」
 同時に、フリルスカートを揺らして、膝を折りたたむ。
 一度の跳躍では、空飛ぶ相手に届かない。
 庭園に建てられたガゼボの屋根に、柔らかく着地して、すぐにもう一度飛び上がる。
 手に構えた界紲花鍵から、最後の光が燦然と昇り、ティアラとなって花寿姫の髪を彩った。
「光と花の戦姫、アザレア・ブルーム! 世界に徒なす暗き闇、この私が照らし消して差し上げます」
 祓い給え、花咲き給え──。
 変身を終えた花寿姫が、いや、アザレア・ブルームが詠唱を口ずさむ。二度の跳躍で見せた脅威の身体能力に、怪人が目を剥いている隙を突いて肉薄する。
「花は何人たりとも逃がしはしない!」

 |紫紅桃白乱れ咲き《ツツジガハラ》!

 思いっきり。界紲花鍵『フラワリング・キー』が振るわれた。見た目よりも重量のある鍵杖を鈍器とし、アザレア・ブルームは、怪人にフルスイングを見舞ったのだ。
 重厚な風切り音と、「ええええ物理ぃいい!?」という怪人の悲鳴と、明らかに致命と分かる『ゴッッ!!』という鈍い音が続けざまに響いて。
 ほどなく、戦いは終わった。

「ふう。全く迷惑な相手でしたね。早く解決できたのは何よりですが」
 鍵杖を再びペンダントへと戻し、変身も解いた花寿姫は軽く伸びをする。
 自称吸血怪人とやらは、地面に叩き落した後で完膚なきまでにぼこぼこにした。もう同じ事件が起こることはないだろう。
(この時間なら、星詠みさんへの報告後、カフェに寄っても大丈夫でしょう)
 行きつけの店の新作パフェは、抹茶をメインに、紫陽花を模る上生菓子をあしらったものらしい。想像するだけで頬がとろけそうになっていると、つんつんと服の裾を引っ張られた。
 何事かと振り向けば、小さな女の子が、薔薇を一輪持って立っていた。
「ありがとう、たすけてくれて」
 おねえちゃん、つよくて。でも、すっごくきれいで。
「おひめさまみたいだった!」
 花寿姫は膝を折り、微笑んで、少女から花を受け取った。きらきらと瞳を輝かせ「おねえちゃんみたいになれるかなと」語る幼い姿に、かつての自分が重なってゆく。
 ──ある作品の主人公に憧れて。『戦うお姫様』を目指し始めた日の自分が。


 私の好きなもの。
 可愛いもの、綺麗なもの。何よりも、大切なひとたちの笑顔。
 だから私は戦うのです。自分が愛するひとたちを、自分を愛してくれるひとたちを守れる……強いお姫様になるために!
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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