白黒の狭間が如く
青の戦旗が翻り、それに飾られた槍の穂先が魔物の腹を突く。濁声が耳を打つ暇もあればこそ、モルドレッド・アーサー(防導の騎士・h04734)は素早くそれを引き抜いて別の魔物の胴を薙いだ。
小柄な魔物達が地へと転がり、そのまま崩れるようにして消えて行く。赤の眼差しが及ぶ範囲に、もう魔物の姿は存在しなかった。
槍の穂先を足元の草地へと向け、モルドレッドは軽く息を吐く。
√ドラゴンファンタジーにおいて、魔物の脅威はダンジョンの中にのみ存在するものではない。時には外へと漏れ出る者達もいるのだ。モルドレッドはダンジョンから零れた魔物の討伐を、冒険者としての主たる活動としていた。
微風が金の髪を撫でて、一つに結った毛先が静かに躍る。一息入れようかと考えた、その時。
「――モルドレッド・アーサーだな?」
不意に背後から声が届き、モルドレッドは弾かれるようにして体ごと振り返った。
自身と同じ、ドラゴンプロトコルの男が視界に入る。翼と尾は黒く、頭髪と角は僅かに緑色を帯びていた。何処となく神官を思わせる装束に身を包んだ男は、その清廉さとは真逆の色を宿した笑みを浮かべている。
「こんな所にいやがったとはなぁ? 冒険者サマらしく、モンスター退治に精を出すなんざ、感心するな」
紡ぐ言葉は薄紙のようにひらひらと軽い。モルドレッドは顎に左手を添えて、思考に意識を沈ませた。
――目の前に立つこの人物は、誰だろうか?
己に問うても答えは出ない。身に着けている衣装から、同業者――神聖祈祷師だろうかとも思う。しかし、男の口調と表情がそれを否定しているように感じられた。
「おい、どうしたんだよ。オレサマになんか言うことあるだろ?」
軽薄な言葉に、ちりと不機嫌の色が混じる。
風を受けてさらと流れた横髪が、モルドレッドの頬に浮かぶ白い鱗に触れた。
竜であった頃の記憶は、モルドレッドには存在しない。その意識が戻る前の情報も、模糊とした霧の中に沈んでいた。
ならば人として生を受けた間の知り合いだろうか。だが、だとすれば、その姿を目にすれば胸の内に漣くらいは起きるような気がする。
自分の記憶する範囲では、初対面だ。
モルドレッドはそう結論づけると、男の顔を真正面から見据えた。
「……すまない、こちらと接点があるような言い草をしているが……どちら様だろうか?」
瞬きを二度ばかりするだけの間、沈黙がその場を支配する。
先にそれを破ったのは、男の方だった。
「は? 『誰』って……オレサマだよオレサマ! ガノ、テメェの兄貴!!」
ガノと名乗った男は、叫ぶと共にこちらへ一歩を踏み出す。その面をまじまじと見て、モルドレッドは内心で首を傾げた。
自身に兄がいたなどという記憶は、何処にも無いのだ。
「一度見たものを忘れないまでの記憶力があるとは思ってないが」
これまで出会った人全てを覚えていると言い切れるほど、モルドレッドは驕ってはいない。それでも。
「流石にこのような軽薄とした面立ちや振る舞いをする御仁と遭遇していたら覚えていると思うのだが、そちらと会った記憶はないな」
ガノと向き合っていても、自身の内は凪のように揺らがない。モルドレッドにとっては、間違い無く初めて会う相手なのだ。
ガノの眦がひくりと動き、どろりと黒い瞳に朱がいっときだけ走ったように思えた。
「知らん? マジで……???」
同種族である事に間違いは無いのだろう。けれどモルドレッドは、ガノと自身を結び付けるものを見出す事が出来なかった。
ガノの翼がぶわと広がり、長い装束の袖から覗く手が引き攣るように震える。
「お前いっぺんテメェのツラ鏡で見ろよ。『軽薄そう』とか言ったオレサマのツラとほとんど同じだからよ?!」
何か言葉を返そうとする前に、モルドレッドのスマートフォンが着信を告げた。取り出して画面を見れば、弟子の名が表示されている。
「すまないが、弟子が呼んでいるようなので、失礼する」
モルドレッドはそのままガノの返事を待たず、通話を開始した。いきり立つガノの怒声は、スマートフォンから響く溌剌とした声に掻き消されてしまう。
「どなたか存じ上げんが、この辺にダンジョンがあるしモンスターも漏れ出ている。危ないからここから離れた方が賢明だぞ」
一応はそう声を掛けて、モルドレッドはガノの脇をすり抜け歩き出した。
それにしても、本当に誰なのだろうか。
浮かび上がった疑問は、歩を進めるうちにやがて霧散して行った。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功