シナリオ

鮮血の罪過に身を焦がす

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 ──必要だったら、使っていいんだよ。

 シリウス・ローゼンハイムはベッドの上に寝転びながら、弟プロキオンの言葉を反芻する。
 血の誓約。それはシリウスが√能力者として覚醒したときから持っていた能力であり、これまで一度も使ったことのない──そして、使いたくはない能力だ。なにせ、その能力を行使する為に伴うのは、シリウスからロキへの吸血行為なのだから。
 能力に伴う吸血行為が…もしもロキとっては些細なものであったとしても、弟を大切にしているシリウスにとっては、そう簡単に割り切れる事などできないものだった。

 ロキはシリウスの唯一の家族であり、何よりも大切な弟だ。そのお陰で弟に向かう感情を拗らせていて、些か|重い《・・》ことはシリウスにも自覚があるし、ロキは兄の気持ちを少し困りながら受け止めてくれている。
 だからロキは、シリウスが大切な弟をほんの少しも傷付けたくないと思っている事なんて、承知の上だろう。戦闘による負傷は勿論──シリウスによる吸血の僅かな傷だって厭うのだと。

「…っ!」
 ロキの白い首筋に浮かぶ鮮血が頭に過ぎり、シリウスは跳ねるように飛び起きた。
 ほんの一瞬、その光景を想像するだけでも心臓が早鐘を打ち、吸血鬼としての本能が疼く。シリウスは苦いものを噛み潰して大きな溜息を吐くと、気怠げにベッドから立ち上がった。

 部屋にストックしてある血液で喉を潤せば、疼きは次第におさまった。いくら吸血鬼と言っても、能動的に吸血行為などしなくても、人に紛れて生活できる。血液が必要であれば然るべき機関に申請すれば良いのだから。…それが「今の」シリウスの認識だ。

 シリウスは己の首を両手で抑える。疼きはおさまっても、動揺と恐怖に揺れた心臓はまだ落ち着きを取り戻さない。
 ロキを傷付けたくない──能力の行使を厭うには充分な理由だし、紛れもなく事実ではあるが、それは表側だけの理由だった。
 誰にも、ロキにも明かせない裏側の理由。
 ──それは、シリウスが弟への吸血行為に抵抗が無くなる恐怖だった。

 シリウスは固く瞼を閉じて、今度はわざとロキの白い首筋に牙を立てようとする自分を想像する。血に渇いてなどいないのに──想像するだけでも、吸血鬼としての本能は疼いていた。
 たった一度でも踏み込んでしまえば、なにかの一線を越えてしまうのだろうか。越えた先に待っているのは一体「何」なのだろうか。こんな状態で本当にロキに吸血なんて、できる筈がなかった。
 一度の吸血行為でどうなってしまうのか。シリウスは自分でも予想がつかないし、何一つ変わらないままでいられる自信もなかった。ロキの首筋に牙を立てた事など今まで一度もないというのに、どこか得体の知れない恐怖がシリウスには纏わりついているのだ。

 だが──シリウスは目を伏せて、唇を噛みしめる。
 今後√EDENへの侵略状況によっては、必要があればこの能力を使う可能性があるかもしれない。使わなければならなくなったその時、こうして逡巡し葛藤していられる暇はないだろう。
 だからこそロキは事前に「使ってもいい」と伝えてくれている。分かっていても…シリウスは再び、大きな溜息を吐いた。

 必要ならば使えばいいと、傷付ける事を厭う必要はないと、いくらロキがそう言ってくれてもシリウスは割り切れない。一番の問題は、シリウスの「癖」が歪むかもしれない懸念なのだから。

 シリウスは力なくベッドへ戻ると、顔から枕へ飛び込んだ。今でさえ拗らせているのに、更に歪んでしまったら…ロキは兄を受け止めてくれるのだろうか。
 たった一度の吸血行為で歪んでしまうシリウスをみて──ロキは傷付いてしまわないだろうか。
 まとまらない思考に沈み込み、葛藤にうなされながら、シリウスの瞼は微睡みへ落ちてゆく。

 大切な弟を傷付けたくない。それは表側の理由であり──裏側の理由でもある。シリウスの答えの出ない問題は、まだ当分解けそうにはなかった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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