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『連続殺人犯、月代・皐月に関する報告』

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 ――もう死んじゃいたいと言うから、そうじゃないだろうと思った。
 目の前で泣いている少女は両親から受けた傷を見せてくれた。全身を埋め尽くすような加害の痕に自分で紅色の線を足しながら、彼女は泣き笑いのような表情で言ったのだ。
「でも、死んだらまた怒られるのかなあ」
 義憤なんてない。遠く離れた親友のように燃えるような正義感を抱いたわけでもない。ただ、その身を切るような訴えに、俺はどうしても己の心が千々に千切れるような悲しみを抱いた。
 誰もこの子を救ってはくれない。あと数年を待てば親元を離れられる――なんて言葉が何の役に立つのだろう。今この場で苦しみから逃れたいと泣く子供に、どうして今までの人生の五分の一以上にもなる時間を耐えることを強いることが出来るのか。
 だから。
「俺が助けてあげるよ」
 笑ってカッターを握る手を止めたとき、希望と予期する失望を綯い交ぜにした双眸はまっすぐに俺を見て、やはり泣きそうに顔を歪めた。
「本当? 月代さんは絶対嘘吐かないでね」
「吐かないよ。取り敢えず今日はお金出すからどこかに泊まって。親御さんには俺から説明しておくからさ。家、教えてくれる?」
 軽やかな声音で言えば、少女は素直に頷いて、渡した財布を手に去っていった。
 盗られても良いか――と思っていた。現金だけを入れておいたから被害はそこまでではないし、ここから逃げていくのにも糧は必要だ。
 いつか似たようなことを言ったとき、親友が|お人好し《・・・・》だと苦笑したのを思い出した。
 違う。
 俺にはそもそも、やむにやまれずここから逃げるために財布を盗っていくことが悪いことだとは思えない。決して善いことではないのだろう。社会通念的にそうなっていることは知っている。だが、だからといってその心根が叩きのめさねばならない悪党のものだとも思えない。
 だから俺の思い付いた解決策が悪だとは考えもしなかった。あの子を解放してやりたい気持ちは本当だったからだ。それが善意と呼ばれるものなのかどうかに拘わらず、最も手っ取り早い方法を選ぼうと思えば、こうなるのは自明だ。
 警察も行政も彼女を助けてはくれなかったと言った。ならば今すぐ彼女を解放するには、他の手段はないだろう。
 心に定めて立ち上がる。驚くほど体が軽いのは、同じだけの解放感に心が包まれているからだった。
 ずっと悲しかった。ずっと辛かった。漫然と心に渦巻く感情を処理するすべもなく、俺はただ無数の悲しみに取り憑かれるようにして生きて来た。それらが全て、決意と共に俺の影に融けて、ありとあらゆる絶望から俺を解き放ってくれるようだった。
 目につく場所にあった果物ナイフを手に取る。これからやることに対する恐怖は一つたりともない。俺は、ようやく|俺らしく《・・・・》生きるすべを見付けたのだと確信した。

 ――翌日になって家に戻った少女は、両親の惨殺死体を見て絶叫した。
 第一発見者から齎された月代・皐月の名を追い続ける警察を嘲笑うように、男は雲のように走査線をすり抜け、影の如く身を潜めている。

 ◆

|月代《つきしろ》・|皐月《さつき》(メイ)
 俺/君/だね、だよ、だよね、~だろ?

 紫黒の長髪を一つに縛り、金色の目をした、穏やかで優しげな印象の線の細い男性。人当たりが良いが軽薄にも見える笑みを絶やさない。外見年齢は√能力に目覚めた時期で止まっているが、実年齢は史記守・陽の父である史記守・黎一郎と同い年。
 欠落は「善悪の境界」。善意や悪意といった感情そのものは持ち合わせているものの、悪いことを悪いと思えず、善いことを善いとも思えない。
 自身が「助けてあげよう」と思った相手を助けるためにナイフを振るうことにも躊躇はない。また戦闘時も手段を選ばぬ一方、殺しを「手っ取り早い方策の一つ」と捉えている向きもあり、積極的に武器を握って無差別な殺しを行うわけではない様子。
 自身が悪人と呼ばれることは理解しているものの、自分が許されないのであれば加害者になろうとする者もみすみす被害者を増やす社会システムも大差なく許されないと考えている。
 主な√能力は自身や他者の感情を捉える影による探知や捕縛。ナイフに纏わせることで殺傷力を高めることが出来るほか、触れた他者の感情に介入することも多少は可能。戦闘向きの能力ではないものの一般人には絶大な効果を発揮することから、月代本人は「便利な力だ」と認識している。ナイフ捌きは自前の護身術。武器にナイフを選んだのは「すぐ隠せるし、投げるにも切るにも便利だから」。「それに果物も剥けるんだよ、良いだろ?」

 黎一郎の幼馴染みであり大親友。幼い頃は女性的な容姿と感受性の強い性格を揶揄われがちだった。
 他者の悲しみに感応しやすい繊細な性格ゆえに正義感の強い黎一郎を慕い、友人としてその夢を応援していた普通の少年だったが、実際にはその頃から社会通念的な善悪の観念は曖昧で、大人しく他者の苦痛に呼応する気質ゆえに問題行動を起こさなかっただけである。
 英語の授業が始まって以降クラスメイトに付けられた「メイ」の渾名を嫌っていたが、黎一郎が「俺の名前と合わせて|黎明《レイメイ》だね」と言ったことで一転、親しい人間には積極的にそう呼ばれたがるようになる。
 高校卒業後は地元に就職。黎一郎との再会を楽しみにしていた。結婚~陽の誕生の間に殺人を犯して逃亡犯の身の上になる。
 穏当に過ごしていたが、あるとき虐待されていた娘が涙することに強く感応されたことが原因で箍が外れ、助けてやろうと親に当たる夫妻を殺害する。同時に欠落と√能力への目覚めを自認した。当人はそのときのことを「ずっと纏わり付いていた漫然とした悲しみから解放された瞬間」と喜んで回想する。
 以来、ナイフを片手に悲しみに暮れる者を見掛けるたび、その元凶を殺して回っている。「まあ、そんなことしたってすぐ別のことで悲しくなるんだろうけど。俺もそうだし。でも今は元気になれるもんね」

 陽のことは心底から「可愛い甥っ子のようなもの」と考えている。現状は恐らく状況を把握していないものと思われるが、陽が警察官になり黎一郎と同じように夢を叶えたことを知れば、父にそうしたのと同じようにいたく喜び祝福するだろう。自身が黎一郎を殺したことによって出来た心の傷を知れば――。
 月代にとって、可愛い甥っ子は大親友と同じく何より優先して「助けてあげたい」相手となる。その切欠が自身の与えたものであることを度外視して。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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