筆を入れる
きぃきぃと、灯りが彼等を嗤っている。沈黙にも似た現実が空気とやらを支配していた。此処にはふたりの、いや、ふたつの男が存在しており、まるで錘を喰らったかのような、逢魔が時めいた心地が蔓延していた。
男の内のひとつが書類を捲っている。もうひとつの男は、さて、いったい何処を視ているのか。ぼんやりと、人を観察するかのように、ブランコで戯れるかの如くに。
きぃ、きぃ、きぃ……。
ただのオカルト好きな大学生だなんて、雑なカモフラージュだ。
個体名:柳・依月
人妖「公園のお兄さん」
※この個体はひどく特殊な為、人間災厄「トラペゾヘドロン」と同じく『何らかの手段で人類社会を崩壊せしめる可能性』を内包しています。取り扱う際は――何らかの手段で『改変』する際は――細心の注意を払って行ってください。
※この個体が出現している場合、新たな怪異の出現の可能性も考えられます。怪異を『誘う』為のデコイとしての使用も可能ですが、より強大な怪異に遭遇する場合も考えられる為、出来る限り利用はしない方が良いでしょう。
※「公園のお兄さん」を【改竄】してはいけません。
人妖「公園のお兄さん」は2003年頃、とあるオカルト版にて『初投稿』されたネットロアです。2024年現在まで様々なカタチで『語られて』います。その内容は時代の流れと共に改変、改良、改悪されてきましたが、大まかな『物語』は下記になります。
投稿者は基本的に女性だと思われます。男性の可能性も捨てきれないですが、文章が柔らかく一人称が『私』である為、女性と仮定するのが話の流れとしては納得できます。話は友達に話しかけているかのような、所謂『体験談』の体を成しています。女性はなんらかのカタチで『夜の公園』にいるそうです。この際、女性の『普通さ』を強調している場合が多く、√能力を所持しておりません。
女性が公園で『何かをした』次のシーンでは、既に「公園のお兄さん」がいる事になります。「公園のお兄さん」は女性の事を褒めたり、女性と遊んでくれたりするそうです。その際、本来であれば女性は『警戒心』を抱くのが自然ですが「公園のお兄さん」の存在に『警戒心』を持つ事はありません。警戒心を完全に失くした女性は「公園のお兄さん」とお話をしたり、遊んだりします。最終的には仲良くなり、打ち解け「公園のお兄さん」は連絡先の交換を願ってくるそうです。女性はこれを断る事ができません。女性はこの時点で恋愛感情のようなものを抱いてしまっているからです。
次のシーンに映ると『夏休み』などの長期休暇に入ります。冬休みの場合もありますが、基本的には『夏休み』が多いです。女性は祖母の家に遊びに行く事になります。勿論、祖母が祖父に変更されている場合があります。向かう先は『田舎』です。それも、車で片道数時間は掛かるという、結構な距離の場所です。朝早くに出発して、夜遅くに到着します。田舎なので『灯り』は少なく、女性は疲弊しきっている為、祖母の家で過ごす事になります。食事のシーンや就寝シーンは語る者によって異なりますが、カットされている場合もあります。そして女性は明日『お祭り』がある事を知ります。内容については現段階では語られません。女性は祭りが楽しみで仕方がないらしく、寝付けないと謂うのがお決まりのパターンとなります。お手洗いか、咽喉が渇いたのか、わかりませんが、布団から出ていきます。
女性は廊下へと出ます。すると、廊下に人影が出現します。人影は『若い女性』であり、痩せこけている場合が多いです。人影は覚束ない足取りで廊下の奥へと進んでいきます。警戒心を完全に失っている女性はついていきます。人影は『見た事もない突き当りのドア』へと入っていきます。女性もドアを開けたところ、其処には地下へと続く階段があります。その階段を降りていくと複数の『座敷牢』があります。女性はこの際、灯りになるものを所持しています。現代的に考えるならばスマートフォンなどが妥当でしょう。
女性はスマートフォンを頼りに周囲を確認します。多量の血が付着しており、女性はようやく警戒心を思い出します。何処か遠くか、近くから人の呻き声が聞こえ始め、女性は重苦しい空気に恐れを感じます。逃げ出そうかとも考えますが、その前に、奥の『明るい』場所に気付きます。助けを求めて其処に近づくと、女の人と接触する事になります。
目の焦点があっていない女の人は口を開け、ぽかんとしています。涎を垂らしながら呻き声をあげ、おおよそ、正気の者とは思えません。髪の毛はぼさぼさで、痩せこけているサマを見るに『人影』となんらかの関係性を持っているとも考えられます。女の人の下腹部はひどく腫れており、見る人によっては『餓鬼』と描写するのかもしれません。下腹部には空いた穴を無理やり縫ったかのような傷が見られます。下腹部から、ぎちぎち、みちみちといった音が聞こえ始め、其処から血が噴き出します。女性が恐怖によって釘付けになっていると、下腹部から『指』が出現します。赤子サイズの手なのか大人サイズの手なのかは不明ですが、女性は『それ』が下腹部を開こうとしていると気付きます。
女性はここで声を聞く事になります。内容は語る者によって変化しますが「逃げて。あなたも殺される」と言ったものになります。女性が振り向くと其処では複数の『女の人』が血走った眼で見ています。その瞬間、下腹部の『女の人』の絶叫が響き渡ります。その際、水風船が割れるような音がします。水風船というのは比喩で、下腹部が裂けた音と考えられます。それと『女』以外の音を耳にします。動物を彷彿とするものではありますが、よく聞こえなかったとされています。次の瞬間「逃げて」と大絶叫が始まります。
女性は無我夢中で走ります。後ろから何かが迫ってくると描写されていますが、それの詳しい説明はありません。何かが叫ぶと同時に女の人達は「聞くな!」と叫びます。女性は女の人達に守られ、如何にか逃げ出す事に成功します。途中、壁が崩れたり棚が倒れたりとする為、女性が怪我をするパターンも幾つか存在しているようです。
女性が逃げた先は小屋の中です。しめ縄がかかっており、勝手に開いたところから怪異の類が棲んでいる場所だと思われます。そして女性は小屋に籠もります。中にいる女性は長い間、扉を叩く音に悩まされます。此処で正気を失わないのはおそらく『語る者』を帰す為だと考えられます。女性は小屋の中で誰かに励まされます。頭を撫でられたり「大丈夫よ」と言われたりします。そして女性は朝に解放されます。
女性は小屋を出ます。そこは大通りの傍のようで、祖母或いは祖父の家からかなりの距離があります。ヒッチハイクをした女性は交番に行き、お金を借りて帰宅する事になります。女性は交番か、或いはヒッチハイクした相手から『女性が行った筈の村は、もう誰もいない廃村』だと告げられます。女性は心の底から恐怖を感じます。
女性は後日談を語ります。「公園のお兄さん」から連絡が来て、そこには【もう少しだったのに】と記されています。その後、知らない人物から動画が送られます。動画の内容は女の人の腹を裂いて、中身を摘出し、気味の悪い怪物を入れ、綴じるといったものとなっています。「公園のお兄さん」に気を付けて、で、話は終わりとなります。
2024年現在「公園のお兄さん」は人類に友好的な態度を取っています。時代の流れが「公園のお兄さん」をそうしたのか、或いは「公園のお兄さん」が猫を被っているのかは不明です。その為、√汎神解剖機関は「公園のお兄さん」を異能捜査官として雇用し、その存在を監視しなければなりません。
※「公園のお兄さん」と行動する者は男性であるべきです。女性と行動を共にしていた場合、最悪『語られている事がそのまま』発生します。そうした場合、女性を【終了】処分としてください。世に新たな怪異を出現させるわけにはいきません。もしくは【中絶】処分と言い換えた方が良いのかもしれません。新たな怪異は素材として、材料として扱えた場合、機関の狩りの効率が良くなります。
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※「公園のお兄さん」を【改竄】してはいけません。
がたりと、世界に引き戻される。上からの報告書を読んだ私は麻痺したかのように、面倒事を押し付けられた、と、眩暈にやられてしまった。……これがお前、ということで間違いないな? 私の目の前にいるのは「公園のお兄さん」本人だ。見た目は確かに変わっているかもしれないが、誰の目から見ても、只の普通の青年としか思えない。女性に好かれたりは『する』かもしれないが、しかし、そんなにも『モテモテ』という雰囲気ではなさそうだ。おう! いい話だろ? 声に関しても、ハキハキとしており、とても怪異の類とは思えない。それとも、私は既に「公園のお兄さん」の異能とやらにやられているのではないか。本性がこの通りなのだとしたら、私はおそらく警戒心というものを失くしているに違いない。なら、最後に質問だ。お前は本当に『人間に協力的な存在』なんだな……? ああ、何度も謂ってるじゃねえか。捜査官には知る由もないが、「公園のお兄さん」はオカルト系の配信者でもある。人を好いているのだから、人の文化を好いているのだから、成程、協力的なのには納得である。わかった。これで『契約』は完了だ。お前には|警視庁異能捜査官《カミガリ》として働いてもらう。上司の言う事をよく聞いて、しっかりと、怪異どもを狩ってくるように。
フィクションなのか、ノンフィクションなのか、重要なのは『知った』者の反応である。自らで自らを刺し殺すかのように、憧れという代物に焦がされ続けよ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功