青薔薇の休息
六月の終わり。四季折々の花々の咲く妖精の国では、季節の花を薔薇から紫陽花へと変え、夏の花々を管理する夏の地区が賑わいを見せつつあった。
季節の移り変わりと言うこともあり、この時期の妖精の国は観光客向けの出店は出していないようで、花の移ろいを楽しむことがメインとなっているようだ。
エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》とミモザ・ブルーミン(明朗快活な花妖精)は、季節が変わり夏の花を育てる妖精たちが忙しなく動くこの国に再び足を運んでいた。
「この季節は、夏の花を育てる妖精たちが忙しそう!」
「こちらが持ちかけた提案が、きちんと守られていたら良いのですが……。」
心配ではあるが、今日は仕事で訪れた訳では無い。夏の妖精たちの笑みを横目に、二人は春の地区へと足を踏み入れる。目指す場所は、青薔薇のあの子の家。
春の地区。
その名の通り、春の花であふれる地区だ。この地区の妖精たちは、春の花と同じ色合いの羽を持ち、どの子も春のごとく柔らかい雰囲気を身にまとっている。穏やかな性格の妖精が多いのも、この地区の特徴だろう。
パステルカラーの石畳を踏み、鮮やかな青薔薇の目立つ家の前で立ち止まる。以前も訪れた事はあるが、今回は目的が違った。あの後、あの子はきちんと休みが取れているのだろうか。一抹の不安を抱えつつも、エレノールの傍らで羽ばたいていたミモザは、明るい声色で家の扉をノックする。
「こんにちは!」
がちゃり、扉が開く。
「こんにちは、いらっしゃいませ。」
扉の向こうから青薔薇のような鮮やかな青い羽を持つその子が『お久しぶりですね。』と告げながら二人を出迎える。
あの時、下を俯いていた青薔薇の子の表情は、随分とやわらぎどこか生命力に満ち溢れているとさえ思う。今は余裕があるのだろう。そんな表情を改めて目にすると、不安も解け、安堵の息もこぼれてしまうものだ。エレノールもミモザも緊張していた表情が和らぐ。
「こんにちは。今日は休息の日でしょうか?」
「ええ、そうなんです。今からお茶会に行くために買い物をと思っていたのですが、二人も一緒に行きませんか……?」
「お茶会に!?それに買い物も!」
お茶会と言えば紅茶に美味しいお菓子。ミモザの表情が一気に華やぐ。なんたってミモザは、お菓子が大好きだからだ。あの時は、外でエレノールの帰りを待っていたが、帰ってきた彼女の話を聞いて羨ましいとさえ思った。
「折角だから、お邪魔してみない?」
心配半分、お菓子半分。ミモザの瞳の色がそう語っているのを、エレノールは見逃さなかった。このような友人の姿は微笑ましい。それに、エレノール自身もまた、約束が守られているのか気がかりではあった。
「もちろんです。私もあの時の約定が守られて居るのか気になっておりましたから。」
「やったー!」
「それでは行きましょう。まずはお菓子を買いに、この近くのお店へ案内します。」
「それから、新しい道も作られたので、お茶会会場へはそちらから案内をしますね。」
お菓子だらけの|あの道《ダンジョン》は、妖精たちにとっては危険な道だ。甘いお菓子だけではなく、お菓子なモンスターもいるのだから、より安全な道を作らないか?という意見を参考に、妖精たちは皆で新しい道を拓いたのだと、青薔薇の子は二人に説明を続けた。
「あれから皆さんなりに工夫をしているのですね。」
「はい、√能力者の皆さんからの意見も合わせて、この国も少しずつ考え方を改め始めているんです。」
胸元に片手を添えて近況を伝える姿からは不安の色は見えない。妖精たちも妖精たちなりの一歩を踏み出し始めたのだ。そのきっかけがあの一件であり、エレノールたち√能力者でもあるのだろう。二人を見つめる眼差しは、感謝と尊敬が込められているような、そんな気がした。
三人はお茶に合うとっておきのお菓子を探しに、春の地区にあるお菓子屋さんへと来ていた。
春の地区のお菓子屋さんは、春に咲く花を使ったお菓子を提供している店だ。もちろん、青薔薇を使ったお菓子も並んでいる。
「夏が近いので、夏の地区へ出かけることも考えたのですが、お二人とも前回この地区をあまりじっくりと見てまわれていないでしょう?」
「そう言われると……。あの時は飛び回っていたから、じっくりとは見れていないかも。」
ミモザの言葉にエレノールも頷いた。あの時の目的は観光ではなく、青薔薇の子を探すこと。
「再びこの地に足を運んでくださったのですから、お店の紹介もしたくて。」
「春の地区も、素敵な場所なんです。」
この店のお菓子の中でも特に目についたのは、春の花を象った妖精サイズのクッキーが人間サイズのケーキドームの中に散りばめられている様子だろうか。
「わあ……!」
この店のお菓子のどれもが妖精サイズの小さな物で、ミモザからしてみれば、お菓子に埋もれるという言葉がぴったりかもしれない。ケーキドームにくっつき、どの花にしようかと目を輝かせている。
「妖精サイズでしょうか。かわいらしいですね。」
「ううん、これは悩んじゃう……!」
「悩むようでしたら、クッキーの詰め合わせにしますか?」
木の蔦で出来た籠の中には、桜や青薔薇などの春の花弁クッキーがふんだんに詰め込まれている。
「私たちが育てた花も使われているんですよ。」
少し得意げに説明をした妖精は、木の蔦の籠の中からクッキーの詰め合わせを取り出し、二人の前に置いた。
「あなたの育てた花も入っているのなら、これを手土産にしましょうか。」
「お茶会にも相応しい一品だね!喜んでくれると思うよ!」
「でしたら手土産はこちらで、いよいよお茶会会場へ、ですね。ご案内します。」
青薔薇の子の案内を受け、ダンジョンの入り口である森へと辿り着いた二人は、そこで早速変化を目にした。入り口である森の岩肌に、ぽっかりと小さな穴が空いていたのだ。
「これが安全な道かな?」
「はい、ここを訪れた観光客の皆さんにも、と思って大きめに作ってみたのですが……意見も聞いてみたい所です。」
妖精であるミモザには十分すぎるほどの大きさだが、エレノールには少し狭い。促されるままに身を滑り込ませてみたが、屈まなければ進むことは難しそうだ。
「観光客の方々を呼ぶのであれば、この道はもう少し広げた方が良いかもしれません。岩肌も危険ですから、そこも課題ですね。」
「エレノール、大丈夫?」
「進めない訳ではありませんので、大丈夫です。お気遣いをありがとうございます。」
「それならよかった!頭上には注意してね。」
「ミモザも、落石には注意を。」
まだ完成をしている訳では無いのか、剥き出しの岩肌も、落ちてくる小石も危険だ。ここはどのような姿になるのか、そんな楽しみを胸に抱き、道を進む。暫くすると道の終わりを告げる光が見えてきた。いよいよ、彼女と対面だ。
「ようこそ、私のお茶会へ。」
橙色の光の先。そこにはカップの椅子に腰を落ち着けた彼女が居た。赤茶けた紅茶の髪をたっぷりと流し、人数分のカップに紅茶を淹れている所だ。
「……お久し振りです。」
エレノールに緊張が走る。害はないとは分かっているものの、気がかりな部分は多い。そんなエレノールの様子を見つめ、ミモザは彼女の服の袖を引く。
手土産にと購入したばかりのクッキーを皿の上に並べ、それぞれが席に着く。目の前に置かれた紅茶はミルクたっぷりのミルクティー。手土産がクッキーならばとクッキーとの相性が抜群のミルクティーを淹れたのだろう。
「さあ、召し上がれ。」
その前に、とエレノールが片手を挙げた。
「……約定は違えていませんか?」
「もちろん。あなたたちとの約束通り、ここは妖精たちを癒やす場になっているわ。」
「休息の日には、妖精たちがここに足を運ぶのだから、私も大忙しなの。」
彼女が言うには、約束通りにこの場所は彼ら妖精の休息の場、そして憩いの場としても解放をしているのだそう。紅茶に合うお菓子を強請る代わりに、妖精もまた美味しい紅茶の淹れ方から紅茶とお菓子の相性、楽しみ方などを彼女から教えてもらっているのだとか。
「皆さんのお陰で、私たちの休息の場がまた一つ増えました。彼女にはもう少しここに居てもらおうと話が纏まったのですが、彼女から教えてもらった事を家でも実践してみたり、私たちも色んなことに挑戦をし始めました。」
お陰で彼女の滞在期間が伸びてはいるものの、彼女から教えてもらったことを実践出来るようになれば、今よりももっと休息の日が楽しくなるだろう。未来に思いを馳せる青薔薇の子の声色は楽しそうに弾む。
「そうですか……本当によかった…。」
そこで漸くエレノールは肩の力を抜いた。妖精の国。友人であるミモザと同じ妖精たちが数多といるこの国の行く末が気掛かりではあった。それはミモザも同じようで、エレノールに視線を向けると嬉しそうに笑ってみせた。
「さあ、改めて。お茶会を始めましょうか。」
「いただきます!」
「いただきます。」
カップの中身を含むと、ミルクの甘さと紅茶の爽やかさが混ざり、二人の心を落ち着かせる。お供のクッキーのバターからは、ほんのりと春の花が香った。
「このクッキー、もしかして青薔薇?」
「こちらは桜の香りがします。」
ミモザの含んだ花弁クッキーは青薔薇、エレノールのクッキーは桜。育てた花が含まれていると言うのはこういう事だろう。
「憩いの場では、春の花弁のクッキーを提供するのも良いかもしれません。」
「とってもいい案だよ!」
「あら、それなら花の香りのあふれる紅茶もいいわね。」
紅茶の席で話に花が咲く。これまでの話、これからの話、話題は尽きない。そこには種族の壁を越え、笑い合う四人がいた。
三人が『ごちそうさま。』を告げても、『またね。』を告げるまでは、穏やかなお茶会はまだまだ続く。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功