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黒翼襲来・桜花一閃

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●6月9日 √EDEN 某所

 梅雨の季節。夕暮れまで雨が降っていたこともあって、夜風にはほんのりと湿気が混じる。
「はあ……」
 星の見えない曇天の空を見上げ、ため息をついたのは、紬・レン。
 星を見に来たわけではない。言葉にできない胸騒ぎに、居ても立っても居られなくなり、行くあても無いまま出歩いていた。骨董品店は臨時休業だ。

 聞けば、今日は『ジェミニの審判』当日。全ての√で、インビジブルの凶暴化が同時発生し、大量の簒奪者たちが目覚めるとも言われる。
(インビジブルに簒奪者、か)
 胸に手を当て、いつもよりも早い心臓の鼓動を感じる。胸の奥に刻まれた傷の痛みも。
 それは精神的なものでなく、物理的な話だ。レンの心臓には『刺し傷の痕』が今なお残る。心臓とインビジブルが融合することで、辛うじて機能を維持していた。
 胸騒ぎの心当たりなど、初めからただ一つのはずだった。
 到来の予感は的中する。黒い羽根が舞い落ちると共に、"それ"は姿を現した。

「お久しぶり、やな?」
 ぞわり。怖気が走る。心臓が一際強く脈打つ感覚。
 上方からの声に、レンは弾かれるようにして向き直る。
 黒翼。黒髪。黒衣。漆黒の風貌と対照的な白刃が、月光を反射して煌めいた。
「お前……お前、は」
 早鐘を打つ鼓動は警鐘。忘れるはずもなかった。その姿。その刃。その古妖こそ、暗夜の烏天狗『冥羅』。かつてレンが出会い、心臓を刺し貫かれた宿敵。
「覚えとってくれたん? 嬉しいわぁ」
 声色こそ朗らかだが、面で隠した表情は窺い知れない。冥羅の口元が左右非対称に歪んだ。
「ボクもまだ覚えとるよ。キミの|命《しんぞう》を貫いた時の感覚」
 突如、冥羅の姿が消失した。少なくとも、レンにはそうとしか認識できなかった。
 眼前を白線が走る。振り抜かれた凶刃の軌跡だ。もしレンが大きく飛び退いていなかったなら、既に命を落としていただろう。
(次が来る!)
 反射的に飛び退いたのは、恐怖からだ。故に反撃の手は無く、冥羅は即座に二の太刀を振るうだろう。死を予感した思考が高速で回転する。

『敵の技の全てが見えなくてもいい』
 走馬灯じみて脳裏に浮かぶのは、長身・長髪の剣士。友人にして師の姿。
『見るべきは技の"起こり"だ。息遣い、視線の流れ、僅かな重心の変化。そういった些細な兆しを見逃すな』
『兆し、か……』
『そうだ。如何に強力な√能力者であろうと、意思や身体があるのなら、必ず兆しが生じる。それを掴めば、次の一手は読める』

 ぎゃり、と、金属同士が擦れる音。
 レンの左胸へ、雷光の如き速度で放たれた冥羅の突き。その真っ直ぐな軌道に対し、レンは刃を差し込み、滑らせるようにして敵の刃先を逸らしている。その手に握られているのは、花の装飾が施された霊剣"花霞"。
「ほお?」
(そうだ、ビビるな!)
 冥羅の剣は目で追い切れない。しかし、冥羅がレンへ向ける執着はあまりに強すぎた。強い感情は、息遣いの揺らぎや濃い殺気となって表れ、次の太刀筋を雄弁に語ってくれる。
(千里から教わった剣は、こういう時のためだろ!)
「はあッ!」
 叫びと共に真一文字に斬り払う。冥羅は軽やかに体を翻らせて躱す。互いの距離が離れ、仕切り直しの形になる。
「やるようになったなぁ?」
「今までの俺とは違うんだよ!」
 レンが間合いを詰める。冥羅の反撃の方が速い。甲高い金属音。
 張り詰める空気。交錯した刃と刃が、悲鳴をあげるかのように軋む。二本の刀を挟んで、両者の顔が近づく。冥羅の速度にレンは読みで追いつき、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「けどなぁ」
 だが、古妖は膂力にて勝る。僅かずつ"花霞"が押し込まれていく。
「う、ぐっ……」
「キミには似合わへんよ? そないな勇猛さは」
 力の均衡が揺らいでいく。レンの膝が崩れ、その身に刃を受けるまで幾許もない。
「俺に、何が似合うかは……!」
 瞬間、冥羅は鍔迫り合いを解いた。否、解かざるを得なかった。突如飛来した刀を回避するためである。レンの背後から現れた、"二本目の花霞"。それを自在に操る技、『花霞二重奏』。
「俺が決める!!」
 冥羅が体制を崩すと同時、レンは次なる技のために動く。刃を水平に、顔の横で構える、『霞の構え』。
「穢れ無き花、清浄なる風———」
 今の自分なら、この状況に持ち込めるという確信がレンにはあった。恐怖を踏み越えたが故に、技の踏み込みにも迷いは無く。
「闇夜を穿つ刃となれ」
 夜風と共に、ひらりと花弁が舞う。"花霞"が神秘の風を纏い、霊力を増す。霊剣術、『百花烈迅』。袈裟懸けの軌道を描き、闇を祓う光芒が放たれる。
 必殺の一撃。手応えは——無い。はらりと落ちた黒羽根は冥羅のものではなく、数羽の烏。レンが斬ったのは、身代わりの使い魔であった。
「フフフ、ほんまにええわ、キミ。でも、今日のところはご挨拶までちゅうことで」
 未だ無傷の古妖は刀を降ろし、楽しそうな口ぶりで言う。
「逃げるのかよ?」
「綺麗で儚い一輪の花。それを手折るには、今宵この場所は相応しないなぁ」
「……」
 対するレンは警戒を解かないが、追撃をかけようとはしない。深追いは死を招く。手の内の全てを明かしてはいないが、それは敵も同じこと。恐れは無くとも、命懸けの賭けに必ず勝てるという確信までは持てなかった。
「ほな、また会おな、レンくん? 次にボクらが会うたなら、その時は……」
 そこまで言うと、冥羅は黒羽根を残して姿を消した。その先を語るまでもないとでも言うように。

「はあっ、はあっ……」
 緊張の糸が切れて、レンは仰向けに倒れ込んだ。荒い息が漏れる。
 冥羅の言葉の先は、想像ができていた。
 自分達が再び出会う時が来たなら、それはきっと———この因縁に完全な決着がつく時に他ならないだろう、と。明確な予感があった。そうなった時、自分は今よりも疾く、強い剣を振るえているだろうか?
(それでも……俺の因縁は、俺自身が乗り越えないと、だよな)
「…‥もっと強くならなきゃな」
 己を守るためにも、大切なものを守るためにも。曇天の空を見上げ、ぽつりと呟いた。
 強くなるために、頼れる相手は沢山居る。その幸運を噛み締めながら。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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