シナリオ

鍛錬の残響

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 訓練場の空気は、静まり返っていた。
「Anker抹殺計画か……」
 プロキオン・ローゼンハイムの小さな呟きは、重い空気をわずかに震わせた。シリウス・ローゼンハイムはため息に似た空気を吐き出す。
 実際に実行者を目撃したこともある。
「……まったく卑劣な連中だ」
 依頼した側も、実行する側も。全部まとめて、シリウスはそう呟くばかり。
 大まかな概要は伝え聞き小耳に挟んだものの、内容の中心に在るのは誰かのAnkerまたは候補者の暗殺である。予知を拾うものがなければ、悪事は知られずのまま遂行されるのだろう。阻止されて助かったものこそ、縁を結び楔へと至る場合もあるのだろうが――誰も知らぬ間に可能性の芽が潰える世界でもある、その冷酷な現実を突きつけられるばかりだ。
「成程、兄さんの今日の気合いは、それが原因?」
「関係ない、と言えば嘘になるな」
 簒奪者に対抗すべく、兄弟相手の鍛錬は定期的に行われる。
 闇属性の力がシリウスの周囲に渦巻く。その強大な魔力がシリウスが手に握る|血漆錬成槍《ブラッディランス》へと注ぎ込み、不意打ちを狙いで強気に右斜め下から槍を突き出した。しかし、プロキオンは冷静だった。|錬成血剣《ブラッディソード》で、刃がしなるほどの力を込めてシリウスの槍の穂先を真横から叩き、見事に軌道を逸らした。錬成の速さは十分。眼の前にどちらもが居るこの場において、不意打ちが機能しないのは当然でも在った。
 響く武器が打ち合う音は、耳に届き次に一手をどちらもが探る。
「ロキ、今の打ち払いの方向は、可能なら逆で対処するべきだ。それでは死角が出来るだろう」
「……あ」
 今の打ち払い方では、もし相手がそのまま体勢を崩さずに追撃してくれば、わずかながら死角が生じる。その死角へと逃がされたならば、反応は遅れるだろう。
 戦いの場において、自分優勢な戦い方を常に意識するべきなのである。
「いつもの稽古メニューを実戦に近くしようと思う」
 気を抜くな、と言葉に伏せてシリウスは放つ。
 ――俺自身でロキを守りたいが、流石に限度がある。

 シリウスと違い、プロキオンは√能力者ではない。
 戦いの心得はあるが実戦経験も少ない。だからこその鍛錬が必要なのだ。
 自己流に戦うことが出来るが、√能力者の戦いの中でプロキオンは自ら危険に身を晒しにいくことはないものの、実践に身を投じると不意打ちに対処が遅れる事が目立つ。
 どうしても、頭が真っ白に染まるのだ。
 護身のための訓練を重ねても、――反応がいつも遅れてしまう。

「でも大きな怪我は無しだよ、兄さん」
 それでも体に覚えさせるべきなのだ。動きを。呼吸を。
 可能性を交差する闘気の刹那を。
「ロキ次第だな」
 一撃目に不意打ちへの対処を進言し、次の対処に期待する。
「では次だ」
 突然槍の形を解き――シリウスの手元はがら空きに。
 何も手元にはない。種も仕掛けも当然無い。
「……え?」
「例えば簒奪者に深傷を負わせて武器や攻撃手段失った場面に立ち会った。どうする?」
 プロキオンは生唾を飲む。
 もしも、手負いの敵と出会ったら。
「そう……だな、倒すのを優先するならトドメの一撃を狙うべきだろうね」
 言葉だけで良いのかと、赤い瞳を細めるシリウスの目をまっすぐに見つめて、プロキオンは剣を構えて有言実行の構えを取る。剣に決して迷いは乗せない。
「油断せずに攻撃行動に移る。そうだな、それが良い」

 だが。

「高速詠唱を利用して、即座に武器を再生成する場合もあるだろうな」
 簒奪者の反撃として、√能力で対応してくる場合もあるだろう。
 シリウスは再び、槍を手にして素早く攻撃を柄で受ける。
 闇属性が色濃く手の中で、爆ぜるように生み出された。
「そして、剣で戦う場合――リーチの長さを利用して、武器を絡め取られたり、打撃を叩き込んでくる奴も事件報告の数々では存在する」
「!……それは」
「課題だからな、"不意打ち"は」
 魔法の可能性を教え。
 武器への理解を教え、行動は不意打ちの可能性をかき消していく。
 考え続ける事は、戦いの中で必要な心得だ。
「兄さんの場合は、怪我して帰ってくる理由まで含めてるでしょ」
 シリウスは視線をそらし、プロキオンはその瞬間を逃さない。
「不意打ちへの対処には会話も含まれるよね、この場合は」
「話術は極めれば武器になるからな」
 ――兄さんを心配させたくないから、自己防衛はちゃんと出来るようにならないと。
「じゃあ、隙ありだよ!」
 会話中に反撃に出るというのも、作戦の一つとなり得るだろう。
 競り合う中でしていた会話だ、プロキオンは果敢に攻める。
 先に注意されたように、シリウスの槍を利き手と逆に弾き飛ばし、その懐に飛び込む。血剣の切っ先が、シリウスの喉元に迫る――。

「それ以上は怪我をする、終わりだ。終わり」

 シリウスの声には、ぴしゃりとした強制力が込められていた。√能力を扱っての訓練は行わなかったが、しかし、今の言葉には魔力とは異なるものの、確かにプロキオンを凍りつかせるような力が宿っていた。怪我をするのはどちらを指していたのかは明確だ、あれ以上の行動は不意打ちを読んでいたシリウスからの反撃で、プロキオンが多少なりとも怪我を負うところだったのだ。
 そこは兄心、|保護対象《Anker》でもあるのだから、しなくていい傷は追うべきではない。
 例え、簡易救急セットがこの場にあったとしても。
「実践で活かすには、稽古は欠かすべきではないが……」
「対処の仕方を知ってるか、は重要だからね」

「今日は、あそこのカフェが良いと思うんだよね」
 訓練場を後にし、街の喧騒に溶け込んでいく二人の足取りは、先ほどまでの張り詰めた空気とは一転、軽やかだった。
 時刻は軽食を求める者たちが、街で賑わう頃合いである。
 プロキオンが指差したのは、少し奥まった路地裏にあるこぢんまりとしたカフェだった。ガラス越しに見える店内は、木目調の温かい雰囲気で統一され、柔らかな照明が灯っている。
 ショーケースには色とりどりのケーキや焼きたてのパンが並んでおり、食欲をそそる香りが微かに漂ってくる。
「色々考えたいことが在るし、チョコレート系の甘い軽食が良いかなって」
 シリウスはプロキオンのリサーチ済みのカフェのお勧めを聞いて大きく頷く。彼の顔にも少しだけ期待の色が浮かんだ。
「ああ、そこは『三課』でもたまに行く者が居るらしい穴場だな」
 食べごたえが在る、複数人で疲れを癒やしに向かうべし。
 誰が言っていたのだったか――いいや、詳しいことは行ってから考えても遅くはないだろう。稽古を終えて、一息つく為に兄弟は甘いものを求めて街に消えていく。
 満足感は、明日への糧だ。
 今日この日の学びは、カフェで弾ませる会話の中で更に成長していくことだろう。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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