シナリオ

二人の瞳重ねて、二人でその先へ

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 小さな家くらいある、巨大な鰐亀が壁へと叩きつけられる。
 石造りのダンジョンの壁へと減り込んだモンスターはもう動くことは無さそうだ。

 奥には黄金が溢れる箱と玉座。
 おそらく、あの亀はこのダンジョンの主。

 パンパンと手のホコリを払いながら、獅子獣人の女性はため息を吐き出す。

「外の世界って……こんなモンだったのか……?」

 ここまでの道のりに現れたモンスターも相手にはならず。
 自身の暮らしていた秘境――センジンの村の男たちの足元にも及ばない。

 くしゃくしゃとつまらなさそうに頭を掻き、踵を返して入口へと戻っていく。

 ここは√ドラゴンファンタジー。
 冒険者達はこぞってダンジョンへと挑む。
 宝はもちろんのこと……ダンジョンを踏破すれば、国を貰える。
 そんな「夢」を見て若者たちは旅立つのだ……が……。

 この獅子の女性、獅出谷魔メイドウには全く興味がなかった。
 彼女の目的は、強き存在と戦うこと。
 宝も自治権もどうでも良かった。
 そもそも、そんな"常識"すら知らなかった。

 彼女が外の世界について知っていることはたった1つ。
 ガオウと言う名の、かつて悪逆の限りを尽くした強き存在の声。

「外の世界には俺より強い者がいる」

 その言葉こそが今、彼女が旅をしている理由だ。

 ガオウは遥かに自分より強い。
 そんな存在が負けた相手が外に居るというのなら……ぜひ手合わせしたい。

 期待を胸にメイドウは各地を回った。
 ダンジョンに挑み、モンスターを薙ぎ払い。

 見たこともない鉄の馬が走る場所へと迷い込めば、目や牙が山程ある化け物をバキバキに殴り飛ばし。
 弱き子供を襲う獣人族のような男と、似たような見た目の大量の部下を一人で蹴散らし。
 伝承に聞くゴーレムのような飛行存在から撃ち出された弾丸を簡単に避け、スクラップにした。

 彼女は旅に出てから、幸か不幸か自分を苦しめるほどの相手や魔法、技術と出会う事はなかった。

 ガオウの言葉はハッタリだったのか? 魔法も、機械も文明も――全部、ただの「弱いもの」なのか?

 彼女は静かにダンジョンを後にする。
 世界は随分とつまらない場所だな、と空を見上げながら。

 それでも荒野を進み、山を越え。
 彼女は強者を求めて旅を続けた。

 その時だった。
 巨大な建物が視界に飛び込んでくる。

 √ドラゴンファンタジーもあくまで地球。
 剣士や冒険者がダンジョンに挑みながら、ケータイで地図を確認し。
 カメラで配信しながら闘うような場所。
 √EDENと大きな差はない。

 だから、この建物を見た誰もがこう思うだろう。

「こんな場所に――健康ランドが!?」

 けれど秘境に暮らし……現代社会と隔絶され育ったメイドウには何だか分からなかった。
 それどころか、ドージョーと呼ばれるそれなりに戦える連中が暮らす場所に似ているのでは? と思っていた。

「こんな場所に建物があるとは……!
 センジンの者達と同じく、修練を積んだ者が多く待ち構えているかもしれん!」

 自然に笑顔になる。
 やっと強者と戦えるかもしれない、と。

「強き者は居るか! アタシと勝負しろ!」

 魔法式自動ドアを知らないメイドウは、入口の扉へと手を伸ばし思い切り開くつもりだった。
 だが、扉は静かにウィン……と音を立てて開いた。

「なっ……なんだと……扉が……!?
 そうか――挑戦を受けると言う事か! ならば勝負だ!」

 咆哮のような唸り声を喉から迸らせ、メイドウは店内へと足を踏み入れる。
 健康ランド「牛の湯」へと。

「いらっしゃいませー」

 そりゃあスタッフも居る。
 お客様も沢山居る。

 ちょっと山奥にあるだけで、本当に温泉施設……健康ランドなのだから。

「くっ……挑戦者が他にも居るのか……!?
 だが面白い! この屋敷の主と闘う準備運動には丁度良いな!!!
 獣拳――」

 メイドウの全身から闘気が溢れ出す。
 それは館内に一気に迸る。
 空気がビリビリと震え――凄まじい重圧が辺り一面を包む。

 店内の冒険者達にはその気配が明確に伝わる。
 休憩室にて浴衣でゴロゴロしていた男は飛び起きて警戒する。

「おー、でっかい姉ちゃんだねェ。
 ここは入口だからねぇ、ほら早く奥へお行きぃ」

 後ろから入ってきたヤギの老婦人がニコニコと笑いながらメイドウの脇を抜けて行った。

「――な―に……!?
 あ、あの女性――なんたる精神……師範……そうか師範だな!
 待たれよ!!!」

 メイドウが吠える。
 その瞬間だった。

「お客様~!? 暴れないでください!?
 あの、あのぉ! 待つのはお客様です~~!!」

 だたどた、と慌てた蹄音と共に2mほどある牛獣人の女性が走り込んでくる。

「ああん!? 何だお前はッ……! アタシはこの屋敷の主人と戦いに来たッ!
 だがどうやら……あのヤギの女性……師範とお見受けする!
 この咆哮に怯えずに中へと進んでいく……ゆえ、アタシは彼女との戦いも望むッ」

「……んも……?
 ンッ……お客様? あの? あの……?」

 困ったように眉を垂れる、
 牛の女性は、ただただ思う。
 このライオンさんは一体何を言っているんだろう……。
 全く理解が追いつかない……。

 頭に乗せた頭蓋の飾りや、前髪で牛の女性の瞳は良く見えない。
 ただ、おどおどとした弱そうな女。
 しかしその体の大きさは確かだ。
 メイドウは数日前のダンジョンにて、宝を守る大牛モンスター、ミノタウロスと戦っていた。
 この身なり、まさか――。

「貴様! ミノタウロスの番か!
 モンスターならば手加減不要……その本気を見せてみろ!
 アタシはお前を倒し師範……そしてこの館の主と闘うぞ!」

「んもっ!? 番!?
 それ以前に、わ、私はモンスターじゃないです!!」

「どうみてもモンスターではないか!
 怯えて逃げるならば、門番も出来ないな!
 早く戦える主を出せェ!」

 バシーン、と両手を眼の前で打ち付け。
 その興奮を顕にするメイドウに、ただただ牛の女性は困った顔でゆっくり言葉を返す。

「んもぅ……だから、モンスターじゃないです!
 お客様ぁ、こちらは戦闘施設ではなく、温泉をお楽しみ頂く健康ランドでしてぇ……。
 それにぃ、主人ならば、一応私がそのォ……」

 牛の女性――夜風・イナミは思う。
 このライオンさんは、きっと別の√からいらっしゃったお客様なのだ。
 ゆえに、健康ランドを知らない。
 目指していた道場や敵の城への道に√が重なり、気づいたらこの場所に来てしまったのだろう。
 丁寧に説明すれば大丈夫だ。

「うるさいッ……! やはり立ちはだかるか!
 しかも番兵の分際で主人を語るとは無礼千万!
 邪魔をするなら弱き者であれ倒さねばならない!
 顔まで隠し――何やら企んでいるのか!?
 もう一度言うぞ……主と戦わせろッ」

 メイドウはイラつきを隠せない。
 ずいずいと進めば、イナミの顔に自身の顔を近づけ睨みつける。

「わっ、わわっ! 私が主人で間違いないですよーっ。
 あっあっ、ダメですー! お客様、私の目を見ちゃうと呪いがぁ!」

「はぁん……呪いィ~? おもしれえ、なんか呪ってみろよ!」

 この一ヶ月本当につまらなかった。
 その苛立ちも積み重なり、それをぶつけるようにイナミに怒鳴ってしまうメイドウ。

 身の丈は大きいのに、ぷるぷると震える肩が気に食わない。
 怯えながら邪魔をするなど、戦士の風上にもおけない。
 それに顔まで隠して……まるで卑怯者だ。

「目を見せろ! 卑怯者めッ!」

 メイドウは力付くでイナミの髪を払う。
 その下にあるメガネすらどかして……真っ直ぐにその瞳を覗き込む。

「……ふはは! 見たぞ、そのおくびょ――」

 イナミの瞳から魔力の渦が溢れ出す。
 彼女の瞳には呪いが籠もっている。

 石化の邪視、鎮メ牛の力。
 かつて踏破したダンジョンで見つけた宝に取り憑かれ得た力だ。
 その力は、裸眼で目を合わせる事で発動する。

 彼女は元々ただの人間だ。
 力は、イナミの姿すら牛へと変えてしまうとても強力なものだったのだ。

 真っ直ぐに目を覗き込んだメイドウへとイナミの呪いが流れ込んでいく。
 ほんの一瞬の出来事だった。

 偉そうな笑みを浮かべ、見下す顔をしながらイナミを顔を覗き込んだメイドウは……そのまま、動かなくなった。

 パシリパシリとそこら中から音が響く。
 メイドウの全身が動画を止めたかの如く動かなくなった後、全身を灰色の岩が覆っていく。

「もうう……! だから言ったのに……」

 誰がどう見ても「困りました」という情けない表情で、へにゃり……とイナミがその場に座り込む。
 お客様を石にするつもりなど無かった。
 けれど、これは不可抗力だ……。
 不可抗力だけど……。

「んもぅ……! ど、どうしましょう……!
 お客様をこんな所で石に……!」

 ゆっくり立ち上がり、石になったメイドウをじっと見つめる。

「まだ解除の方法わからないですよぉ……!」

 あわあわとズラされたメガネと髪を元通りに整えながら、石像の周りを回る。

「――!? 動けない、だと……! これは魔法の類か……!
 クソ、弱いフリをして……なんたる卑怯者ッ……この程度の妖術など、すぐに解いてみせるッ!」

 石像は叫んだつもりだった。
 だが声は出なかった。

 言葉はイナミに届かない。

「んもう~。 そうです、このままにしておくのも悪いですよね……。
 他のお客様のお邪魔にもなってしまいますし、私のお部屋に運んでおきましょう……。
 よいしょっと」

 メイドウの石像を担ぎ上げたイナミは、カツカツと蹄を鳴らしながら自室へと戻っていった。

「――待て! 何をする! 貴様ァ……!
 動けなくしてから倒す気か!? 戦えッ! くっ!」

 もちろん、石像がどんなに騒ごうともその声はイナミのぷるんとした耳に届くことはない。

 そして、程なく彼女の部屋へメイドウの石像は運び込まれる。
 部屋の中央に置かれたメイドウの像。

 イナミはその姿をじっと見ながら、相変わらず困った顔で言葉を呟く。

「持ってきちゃいましたけど、どうしましょう……」

 まじまじとメイドウの石像を見つめる。

「……いろいろ試してみましょう」

 まずは髪を横に払い、メガネを外し……邪視で見つめ直す。

「こうしたら元に戻った……なんてことがあるかもぅ……」

 何の反応もない。

「くっ……! 二重に呪術をかけるだと!? ふざけた真似をッ」

 メイドウは声無き声で反応していたのだけれど……。

「だめそうですぅ……。 うーん。
 うーん?」

 ピン! と耳が跳ねる。
 鼻先がぶるりと震え、鼻息が漏れてしまう。

「よく見るとすごい格好してますね……胸も、お尻も大きくて……ぐへ、へ……」

 漏れる声色は先ほどよりもねっとりしている。
 目つきもややおかしい。

 これは――彼女の意思ではない。
 彼女自身も、自分の意志ではないと思っている。

 取り憑いた鎮メ牛が、バリバリの雄牛であり。
 食っちゃ寝の怠惰で、金と女が大好きで、欲望に生きていた……その影響を受けているだけ。

 のハズだ。

「呪いを練り込んで――肌で温めれば、解けるかもしれませんっ!
 これは……うへ……良い体を触りたいわけではなくゥ……。
 呪術を解呪するためにするんですぅ、お客様……。
 だから、私はぁ、呪術の行使をしているだけですよぉ……」

 んへ、んへへ、と鼻先から声を漏らしながらイナミは石像を丁寧に撫で回す。
 素晴らしいプロポーションだ。
 腹筋の段差に指先が引っかかるのがなんとも言えず興奮する。

 鎮メ牛のせいだ。私はそんな端ないおじさんみたいな事思いません……!
 心の中の抗いが警笛を鳴らすけれど。

 取り憑いた牛は――何より快楽を優先するように誘うのだ。
 どんなに強い意思であれ、そんなものは役に立たない。

「うへへぇ……すっごい筋肉……締まってるし、お尻もぐッと上がっていますね……!」

 そんな中、石像は絶叫していた。

「ん!? ああああ!? 何!? なんだ!? くそ、笑いが止まらん!!
 なんだこの武術はあっはっはっああああヒィーーッ」

 くすぐったくない訳がない。
 それを伝える術はない。
 悶絶するほどのダメージ。

 メイドウは思う。
 これがこの技の真髄……まさかこの娘、強者だったのか……!?
 だが数日すれば元に戻るだろう! 動けない所を攻撃してくる卑怯者を倒す!
 必ず倒して見せ……アヒィィッ!!!

「……んふ……。なんか揺れましたか?
 興奮してきちゃいました……いいですね……カッコいいですし……」

 頭の中で雄牛が暴れまわっている。
 不可抗力……受け入れて、好きにしてしまおうか――。

「だめですッ……! 危ない! これは危険です!
 ……このままでは私もお客様も危険です!
 呪術で戻らないなら、温泉につけておきましょう!
 温泉は全てを解決するって一族に伝わる石碑にも書いてありましたからね」

 再びイナミはメイドウの石像を担ぎ上げる。
 しかし、先程までの抱え方とは異なる。

 正面からぎゅむぅ、と豊満な体を石像の全面に押し付けるように抱きつき。
 優しく抱えあげて歩き出す。

「不可抗力ですっ。
 安全にお運びするために、しっかりと体を寄せるのは大事な事ですからぁ……」

 イナミは自分の脳から溢れてくる快楽への要求をなんとかいなしつつ、適当な理由をつけて誤魔化す。
 こんな雄牛みたいな考えを辞めないと、人間に戻れないのに……!
 けれど、思いは牛へと飲まれ負けてしまう。

 うへうへと笑いながら、彼女はメイドウの石像を運び、温泉へとつけた。

「到着です、お客様!
 たまには様子を見たり洗ったりはしてあげますので!
 温泉、ごゆっくりとお楽しみください! 本日は失礼いたしました!」

 ば、っと大きな動きで頭を下げイナミは駆け足で温泉を立ち去って行った。
 私が好き勝手しないように、ここに静かに置いておきます……と。

「待て……! 牛の娘ッ……!!!
 くそ、体が! 体が動かないッ!!!
 あのような辱めまで……!
 こんな術すぐに破って、牛野郎をぶっ飛ばす!」

 動かぬ石像――メイドウは、湯の中で叫び続けていた。

 1日が過ぎ。
 2日が過ぎた。

 つまらん――戦いたい! それに牛野郎め……!
 必ず、必ず倒す!

 3日が過ぎた。

 メイドウの意思はまだ鋭く尖っていた。

 4日目。

 牛野郎が来た。
 相変わらずいやらしい手つきで私を触っていった。
 汚れてしまう、と洗っていったのだが――。
 結局、何も出来なかった。

 もう何日経ったか分からない。

 けれど、メイドウの中で思いは変化しつつあった。
 何日経っても、何も出来ない。

 永遠の時の中に閉じ込められた戦士は――何かを悟り始めていた。

「外の力ってのは凄い。まだアタシは弱いんだ――」

 それから数日。
 また、牛野郎――いや、強き牛が入ってきた。

「んもも……やっぱり戻っていませんか……。
 困りましたね、事故とは言え……こんな、デュフ……良い体のライオンさんを……。
 ハッ……! あ、洗いに来ました、お客様……!」

 石なのだ。ブラシや道具で洗えばいい。
 だが、彼女はいつも丁寧に手で洗う。

 気遣いなのだろうか、呪術による効果を狙っているのか――しかし、倒した相手にこれほどまで……。
 これが敬意を示すということなのだろう。
 メイドウは動かぬ体で静かに頭を下げた。

 ま、もちろんそんな訳はなく。

 うふ、うふふ……! 洗うという形にして成功でした!
 この逞しいヒップ! それに豊満な胸! 腹筋! 太もももばっちり締まっていて……!
 マズルのラインもシャープです!
 しなやかな尻尾も美しくて! ああ、合法的に触り放題です!

「んも……んッ!?」

 丁寧に入念に、優しく手洗いをするという形で全身を触りまくっていたイナミは感触が変わったことにいち早く気付いた。
 これは石ではない。
 生身だ。

「――いつもすまん――負けたアタシに敬意を示すとは、本当の強者だ……」

 石像。いや……メイドウの静かで穏やかな声が温泉に響いた。

「ヒェッ……エッ!? あわわわ! お、お客様! 元に戻られましたか!」

 慌てるイナミを、ぽかん、とした顔でメイドウが覗き込む。

「戻っ……! 戻った、のか……!? ……ずっと手間をかけちまった。
 えっと……」

 一瞬、言葉を詰まらせてから満面の笑みでメイドウは続ける。

「お前……アタシより凄いじゃん! アタシはメイドウ! お前は?」

 この時――彼女の中にあった世界への見下しは消えていた。
 腕っぷしだけが強さだと思っていた。素晴らしさだと思っていた。
 けれど力とは幾千も種類があり、それぞれが全く違う輝きを持つ。

 異なる力へのリスペクトを得た彼女の目が視る世界は、今までとは違う色だった。
 言葉も、少しだけ軽くなった気がする。

「わっ……び、びっくりしました……。
 わ、私は夜風イナミです……っ」

 初めの印象は最悪だったけど。
 ちょっと怖い子だと思っていたけれど……この笑顔は間違いなく悪い子じゃない。
 それに……人間でなくなった牛の体の私を怖がらないでくれていますし、ね。

 おどおどとメイドウに微笑む。

「……イナミ! 覚えたぜ……!
 お前がこの屋敷の最強のボスって事で良いんだな!?」

「あっ、ええと……。
 ここは、牛の湯。
 体を癒やして元気になる温泉という施設で、戦った後に来る所です」

「……戦った後に来る所……!! そんな場所があるのか!!
 なるほど、強さを支えるための……」

「んもぅ……なんだか、その。
 教えてあげたくなっちゃう反応ですね……」

 自分のマズルに手を当てて、柔らかな笑顔でイナミはメイドウを見つめる。

 この時――メイドウは世界を変えた、この一人の女性を無意識に自身のAnkerと認めていた。
 つまらない|通信装置《スマホ》も、自分の体力以外で物を運ぶ車も、肉体以外の力……魔法や呪術も。
 全て「強さ」を持つのだと納得しながら。

 この日から、二人の時間は共に進んでいく事になる。
 牛の湯の店主イナミと、その常連メイドウ。

 ――今日もイナミは館内を歩く。
 先ほど走り込んできた、ボロボロのメイドウが温泉へと向かったのを見かけたからだ。
 また戦ってきたのだろう。

「……んふふ、いろんな反応が楽しくてつい教えたくなっちゃいますね。
 そろそろ湯から上がっているでしょうし、便利なものも怠惰なものもお教えしましょう。
 そうです、マッサージチェアを……ォッ……」

 ドガアアアン! という激しい音と共に、視線の先でマッサージチェアが木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「くっ……クソッ……油断したァ!
 トラップだとは――座った瞬間に襲いかかって来る椅子!!
 危なかったぜ――!
 こんなものにイナミが腰掛けたら、背を殴られてボコボコにされちまうッ!」

「……んもぅ、心がボコボコです……。
 メイドウさん、それはマッサージチェアで、体をもみほぐし……ぐすっ……」

 高かったのに……とイナミが鼻を鳴らす。

「イナミ!? 何があった!?」

「メイドウさーん、ちょっと。ちょっと」

 イナミが静かに前髪を掻き上げる。
 瞬間、メイドウは気付く。

 マズった!

「……あっ、やべ……。イナミ! これは違……ギャーッ……!」

「んもぅ……何でも壊さないでください!
 何度も言っていますが、館内での破壊行為はまず私に確認ですっ」

 ふわり、と髪が揺れ。
 メガネをちょん、と指で弾けば。

 なんとも情けない姿勢で平謝りする石像が目の前に立っていた。

「……お部屋に運んでおきますね、ここだとお邪魔になりますから」

 声無き声でメイドウは叫ぶ。

「……くっ、またあの攻撃かッ……しかし、これも修行……!
 いつかアタシの力だけで、石化を解いてやるぞ!」

 イナミに担ぎ上げられた石像は、館内奥へと消えていった。

「もう、本当に仕方ないんですから。
 ……でも……このポーズ、ちょっと可愛いですね……」
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