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前日譚 第一章「白ノ姫と紅ノ姫」

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 昔々、ある国の深い森の中に、吸血鬼の住むという館がありました。
 鬱蒼とした森は誰しもを拒みました。殊に赫い月の昇る夜には血のように赤く木々が染まるので、村人はそれを血の森と呼んだと言います。
 木々の中にある大きな館に住まう吸血鬼は、姉妹でありました。
 姉の赤ノ姫は社交的で明るい娘でした。およそ夜に生きる姫とは思えぬ性格で、時には村に顔を出しもしました。しかしその心は実に鬼らしく、人を傷つけることも厭わぬ残虐さを持ち合わせてもおりました。
 そして妹にあたる白ノ姫は、姉とはまるで正反対の性格をしていました。
 未だあどけなさの残る少女は年の離れた赤ノ姫とはうって変わって内向的な、大人しい娘でありました。どこに行くよりも自分の部屋で静かに遊んでいるのが好きで、姉によく似た黒い髪と赤い眸を人前に晒すことを嫌いました。夜が訪れ、世界中が自分の領分となっても、彼女はひとり部屋で人形と戯れているのでした。
 ――しかしあるとき白ノ姫が目を醒ますと、部屋の中にあったはずの彼女の可愛いお人形たちは、皆どこかへ消えてしまっていたのです。
 血相を変えて大事なものを探し回る彼女の前に、いつの間にか姉が立っていました。白ノ姫が夢中になっている間に入って来たようでしたが、そんなことは最早どうでも良いことでした。取り縋るように泣きながら、白ノ姫は姉に問いかけます。
「姉様、あたしのお人形がどこにもなくなってしまったの!」
 さめざめと泣く妹を見下ろして、赤ノ姫は静かに口火を切りました。
「あなたの人形は全て、村の共同墓地に葬りました」
 それを聞いて、白ノ姫は姉の制止も聞かずに飛び出しました。今までほとんど出たことのない部屋を抜け、外に繋がる出口を開き、目の前にぽっかりと浮かぶ月の光の中を駆け抜けます。
 転がるように共同墓地に辿り着いた彼女は、整然と並ぶ墓の間を道具もないまま手当たり次第に掘り起こし始めました。夢中で土を掻く姿が夜月に照らされ、素手のまま墓をあばく吸血鬼の姿が映し出されましたが、白ノ姫には関係のないことです。
 ただ大切なお人形を探して泣き狂う彼女に駆け寄ったのは、追い付いた赤ノ姫でした。幾度名を呼んでも反応しない妹の土にまみれた腕を、汚れ一つない姉の手が掴んで止めました。ようやく気が付いた白ノ姫が滂沱の涙を流すのにも構わずに、眉間に皺を寄せた赤ノ姫は冷然と言い放ちます。
「やめなさい。このようなことをして、村人に何と思われるか」
「だって姉様、姉様があたしのお人形をみんな埋めてしまったんでしょう!」
 赤ノ姫がいくら言い募っても、白ノ姫は泣きじゃくるばかりで決して諦めようとはしません。振り払うように腕を振り回しては土を掻くのです。しかし彼女がどれだけ懸命に探しても、朝までに大事な人形が見付かることはありませんでした。
 失意のままに部屋に戻った白ノ姫は、それからはずっと泣いて暮らしました。可愛い大好きな人形たちはどこにもいません。あんなに沢山の人形と一緒に暮らしていたのに、彼女は突然独りぼっちになってしまったのです。悲しみのあまり涙が枯れんばかりに声を上げても、姉が捨ててしまったものは戻って来ませんでした。
 館に絶えずすすり泣く声が響くようになってから、少し経ったある日のことです。
 一人の少年が森の奥へと迷い込みました。逃げてしまった仔羊を追って館の前まで辿り着いてしまった牧童は、どこにもいない白い毛を探してきょろきょろと深い森を見渡していました。
 彼の耳に、ふと泣き声が届きます。どうやら目の前の洋館から聞こえて来るようでした。吸血鬼が住むと言われている場所まで来てしまったのだと悟った彼は、しかしその場を去ろうとはしませんでした。
 好奇心と心配と少しの恐怖心を携えて、仔羊のことも忘れて大きな屋敷の周りを巡っていた少年は、一室の窓に近寄ったときに声が大きくなることに気が付きました。しかしここは吸血鬼の館ですから、中に何があるか分かりません。逃げてしまいたいくなる気持ちを堪えて、彼はそっと中を覗きます。
 すると部屋の真ん中で、少年と同じ年頃の美しく可愛らしい少女が、さめざめと泣いているではありませんか。あまりにも悲しそうな声で涙する姿に、彼はたまらず夢中で駆け寄りました。
 少年の手はそっと窓を三回叩きました。聞き慣れない音を聞いてか、少女が顔を上げます。さらさらと流れるような黒髪が揺らいで、涙のせいで仄かに赤みを帯びた目尻が少年の目に映りました。そして、それよりずっと赤い眸がまじまじと少年を見て、それからにっこりと笑いかけました。
 少女が窓に近寄っていきます。見惚れるように動けない少年の前に彼女が立って、指先が鍵を開けました。
 ――窓が開きました。手招く少女に抗うことは出来ずに、彼は部屋の中へと入ってしまいました。
 こうして白ノ姫と人間の少年は出会ったのです。
 それからというもの、少年はたびたび羊を逃がしたふりをして白ノ姫の元を訪れるようになりました。合図は窓を三度叩く音です。そして部屋に上がった彼は、白ノ姫に外の話を聞かせたり、彼女の話を聞いたりして過ごしました。
 とはいえ牧童がそう長く小さな村を空けていては不審がられます。それに、羊を逃がしたという言い訳をあまり使いすぎては、叱られてしまうどころでは済みません。だから少年が館に足を踏み入れるのは時折、ほんの短時間でした。
 それでも彼は楽しく過ごし、白ノ姫と会うことを楽しみに仕事をして暮らしました。少年が部屋を訪れるようになってから、少女が日がな一日泣いて過ごすこともなくなりました。人形を失った代わりに、時々でも訪れてくれる友達が出来たのですから。
 しかし白ノ姫は、楽しいあまりに少年に忠告することを忘れていました。この家にはもう一人の吸血鬼がいるということ。それから――。
 彼女は残酷な行為を厭わぬ残虐な娘であるということ。
 何も知らないまま、少年はある日、好奇心に負けて白ノ姫の部屋を出てしまいました。
 彼女は部屋の外に出られないわけではありません。扉の鍵はいつでも解放されていましたから、時には館の中に用事があって、席を外すこともあったのです。少年が廊下に出てしまったのも、そういったときでした。
 このように大きなお屋敷を見るのが初めてだった彼は、夢中で広い廊下を歩いては、鍵のかかっていない部屋を探してドアノブに手を掛けていきます。村での生活では一生目にすることの叶わぬものに、時折そっと触りさえしました。しかしそんなことを館の主が許すはずがありません。
 無警戒な人間はすぐに異状を感じ取った赤ノ姫に見付かりました。彼女の白ノ姫によく似た黒い髪と赤い目は、少年の知る少女のそれとは違って、ひどく恐ろしい鬼の色をしているように思えてなりません。
 震えながら声を失う少年を見下ろした赤ノ姫は、冷たい声音で言いました。
「村の子供だな。ここは我らの館、貴様などが訪れて良い場所ではない。今すぐに去り、そして二度と我らの前に姿を現すな。良いな?」
「は、はい。もう来ません」
 有無を言わさぬ声に気圧されて、たまらず少年は何度も頷きました。するとその必死の様子に赤ノ姫は納得したようです。館の出口の方を指差して、それ以上、人間を追うことはしませんでした。
「本来であれば、森に踏み入ることすらもすべきではないというのに」
 呆れ混じりの赤ノ姫の言葉も置き去りに、少年は慌てて館を飛び出しました。
 ところがそれからしばらくした頃――。
 訪れない少年を心配した白ノ姫は、この頃はずっと窓辺に立っていました。部屋の中には遊べるものもなく、ただ木々の揺れるのを見詰めて過ごしていた少女の前に、待ち焦がれた金色の髪が現れたのです。白ノ姫の美しさに焦がれた少年が、諦めきれずに戻って来てしまったのでした。
 白ノ姫はとても喜び、再び少年と手を取り合って笑いました。
 しかし赤ノ姫がそれを許そうはずもありません。いつものように家の中に招き入れた彼女が少し席を外している間に、部屋の扉を開いた赤ノ姫は、怯える少年に険しい表情を見せました。
「約束を破ったな、愚か者。ならば罰を与えねばなるまい」
 吸血鬼の腕は有無を言わさずに少年を引き摺っていきます。そしてとある一室に彼を押し込めると、迷いなく彼の青い眸に手を伸ばしました。
 少年は声も出せません。思わず瞼をきつく閉じても、赤ノ姫のもう一方の指が無理矢理にこじ開けて来るだけです。何をされるのか分かっていても、たかが人間の考えることが残虐な鬼に通用するはずもありません。彼の眼球を摘まむように、瞼の裏に細い指先が入り込むのを避けるすべは、非力な少年にはありませんでした。
 世にも悍ましい絶叫が響き渡ります。神経の断裂する恐ろしい音を掻き消すほどのそれにも、赤ノ姫が動じることはありません。やがて|緩慢《ゆっくり》と指が引き抜かれると、血に塗れた手の中には少年から無理矢理に切り離された眼球が一つ、物も言わずに悲しげに転がっているのでした。
 膝をついて痛みにあえぐ少年を見下ろして、赤ノ姫は再び冷たく声を上げます。
「今一度、やり直す機会をやろう。次に来れば殺す。分かったな?」
 そして少年は再び館を出ることを許されました。覚束ない足取りで、血の跡を残しながら、彼は抉られてしまった片目を押さえ泣き去りました。
 一方の白ノ姫は、自分の部屋に戻って困惑しました。先程まで確かにいたはずの少年がどこにもいないのです。部屋中を探しても気配はありません。窓から去っていったにしては靴跡も残っていません。彼がどこに消えてしまったのか分からず、途方に暮れる白ノ姫のところに、赤ノ姫が訪れました。
 彼女は妹に、手の中にあった球体を差し出します。それは彼女が抉り出した、少年の青く綺麗な眸でした。
「これからはこれを見て慰めにしなさい」
 あまりのことに、白ノ姫は悲鳴を上げました。彼が無事でなかったことを知った彼女は人形を失くしてしまったときのように泣き喚き、姉に取り縋ってなじります。
「姉様! 姉様、あの子に酷いことをしたのね! 酷い、酷いわ、姉様!」
 どれほど白ノ姫が泣き叫んでも、赤ノ姫は静かに首を横に振るばかりでした。しかし幼い娘にそれ以上のことが出来るわけもなく、彼女は姉に言われたように、少年の青い眸を慰めにするほかないのでした。
 それからというもの、白ノ姫はすっかり元気をなくしてしまいました。あんなことをされてしまった少年が戻って来るとも思えません。きっと次に訪れたときには、残虐な仕打ちを躊躇わない赤ノ姫が容赦をするはずがないと分かっていたからです。
 そして、白ノ姫からすれば長い時間が経ちました。いつものように一人で部屋に座り、悲しく掌の物体を見詰め過ごします。姉から手渡された少年の片目は、既に潤いを失って濁り萎れてしまったのです。
 日が暮れていく中で、ふいに窓が三回叩かれました。顔を上げた白ノ姫の前には、片目に包帯を巻いた金髪の少年が立っています。
 少女は驚きました。まさか彼が訪れるとは思ってもみなかったのです。慌てて駆け寄り窓を開けた白ノ姫の手を取って、隻眼になってしまった少年は彼女に必死に声を掛けました。
「ここから逃げよう。まずは一緒に村まで行こう。僕が皆を説得するから、きみは悪い吸血鬼じゃないって。それでも駄目なら、きみを受け入れてくれるところまで一緒に行こう」
 ――けれど白ノ姫には返事も出来ません。後ろの扉が気になって仕方がなかったのです。
 赤ノ姫がいつ彼の存在に気が付くか分かりません。そうしてもう一度姿を見られてしまったら、あまつさえこうして誘ってくれていることを聞かれてしまったら、今度こそ彼は殺されてしまうでしょう。頷くことも出来ずにうろたえている彼女の耳に、聞き慣れた足音が遠くの廊下から迫るのが聞こえました。
「姉様が来てしまうわ! 早く逃げて!」
 少年は驚いたように目を丸くして、少しだけ怯えた顔をしました。それでも意を決して首を横に振り、白ノ姫の手を引きます。
「駄目だよ、逃げるならきみも一緒じゃなきゃ!」
 しかし白ノ姫が頷くことは出来ません。少年一人ならば赤ノ姫は追わないかもしれません。それならばまだ間に合うでしょう。しかし彼女がこの部屋を出て彼について行ってしまったら、赤ノ姫は必ず追って来るはずです。そうなればじきに追い付かれて、少年は殺されてしまうでしょう。
 しかし彼は彼女の手を離してくれそうにありません。そうこうしている間にも背後にはどんどん赤ノ姫の足音が迫ります。
 そこで、彼女は妙案を思い付きました。
 少女は懸命に彼の手を引いて、部屋に上げました。そして今は空になっている、人形の入っていた大きな木箱を指差して、自分を助けに来てくれた少年に訴えます。
「ここに入って、絶対に声を出さないで。姉様が行ってしまうまで、ここにいて!」
 少年は一度身震いをして、大きく頷きました。木箱は少年を隠すくらい何てことないほどに大きいのです。するりと身を隠した彼の上に蓋をして、白ノ姫は急いで窓を閉めました。鍵も忘れずに掛けて、カーテンを元に戻します。そして、何もなかったふりをして、いつも座っている場所に戻りました。
 扉が開きます。赤ノ姫の険しい表情を見上げて、少女は首を傾げました。赤い眸どうしが見詰め合います。
 赤ノ姫は部屋中を見渡しました。鋭い視線が緊張を煽ります。否応なしに高まってしまう心音が聞こえないように祈りながら、白ノ姫は努めていつも通りの顔をして、姉が木箱に気付かないかどうかをじっと見詰めていました。
 白ノ姫を見下ろして、先に口火を切ったのは赤ノ姫でした。
「誰か他の者がこの部屋にいませんか?」
「い、いいえ、姉様。誰もいないわ。いつもとおんなじよ。あたしだけ」
「そうですか」
 大きく首を横に振る妹を、赤ノ姫はしばらく見下ろしていましたが、すぐにも踵を返しました。しかし悟られぬように胸を撫で下ろした白ノ姫の予想も虚しく、彼女はおもむろに腰に提げている剣を抜き放ちました。
 赤ノ姫にはお見通しです。木箱の中に、自分が二度も逃がしてやった人間が隠れていることくらい、すぐに分かったのでした。
 木箱に歩み寄る彼女を止めることは、白ノ姫には出来ませんでした。あっと声を上げるよりも先に剣が振り上げられて、鋭い切先が木箱を捉えたからです。
「では――|これ《・・》はお人形?」
 よく研がれた美しい刃が簡単に木箱を突き破りました。突き刺すように振り下ろされた剣先は少年の体を捉えたようです。箱の中で息を殺していた彼は、突然自分を襲った痛みにたまらず呻き声を上げてしまいました。
 すると、その声を聞いた赤ノ姫は大袈裟に首を傾げて剣を引き抜きます。滴り落ちる血の香りも白く輝く刃を濡らした赤い体液も、まるで存在しないかのような顔をして、彼女はもう一度木箱に切先を振り下ろします。
「おかしいわ。人形は声を上げないものよ」
 何度も何度も、赤ノ姫は迷いなく剣を振り下ろしては箱の中の|お人形《・・・》を狙います。そのたびに大きく箱が揺れたり、時には跳ねたりするのです。
 箱の中の少年は必死に身をよじっているようでした。彼一人を隠すには事足りる大きな空間の中には、しかしどこからともなく降って来る刃を完全に避け切るほどの余白はありません。切り裂かれ、突き刺されて上げる悲鳴も隠せなくなりました。そうでなくともとうに隠しておく意味さえなかったのですが、健気にも少年は必死に歯を食い縛り、白ノ姫の言いつけを守ろうとしていたのです。
 目の前で行われるあまりに残酷な仕打ちに、白ノ姫はまたも泣きながら姉に取り縋りました。ドレスを引き、腹に抱き着いて、一生懸命に木箱に振り下ろされる刃を引き離そうとします。しかし幼く非力な娘がどれほど悲鳴を上げたところで年の離れた姉に敵うはずがありません。
「やめて、やめて! 姉様! 死んじゃうわ!」
「おかしなことを言ってはなりません。人形は死なないでしょう」
 白ノ姫の妨害にもびくともしないまま、赤ノ姫はまた剣を振るいました。銀色の刀身は既に少年の流した血で真っ赤に染まり、滴り落ちるそれが蓋の上に歪な模様を描いています。
 とうとう木箱の動きも鈍くなってしまいます。小さくなっていく悲鳴は呻き声に変わりました。そこで初めて、赤ノ姫は剣を水平に構えます。
 ひときわ強く、しかしこれまでで一番に|緩慢《ゆっくり》と、剣は木箱の側面に呑み込まれていきました。少年が大きく呻き声を上げても止まりません。暴れる元気もなくなってしまった瀕死の彼に深く深く剣を突き刺すと、赤ノ姫はようやく剣の柄から手を離し、泣きじゃくる白ノ姫の方を見ました。
 どうやら蹂躙は終わったようです。最後には膝をついて姉に取り縋り、泣くことしか出来なくなっていた白ノ姫の腕が力を失くします。その隙を逃さずするりと離れた姉のドレスが翻りました。
「剣の切っ先は心臓に向かっています。このまま剣を刺して楽に死なせてやりなさい」
 そう言い残して赤ノ姫は部屋を出て行きました。姉に追い縋っていた白ノ姫は、箱を開いて少年を助け出そうとしました。
 ――しかし、箱の中はひどいありさまです。
 何度も刺された少年は生きてこそいましたが、もう息をするのすら辛いようでした。手足も胴体も突き刺され、傷跡からは赤い血が止めどなく流れ出ています。いっとう深々と、箱の外から突き刺さった剣は、赤ノ姫の言う通りに寸分違わず心臓を向いているようでした。
 辛うじて目を開けた少年は、目の前に恋焦がれた少女の赤い眸を見ると呻き声を上げました。
「痛いよ、痛いよ。剣を抜いて、お願い」
 赤ノ姫に言われたことも忘れて、白ノ姫は夢中で剣を引き抜きました。
 すると途端に血が噴き出しました。まるで噴水のように部屋を赤く染め上げて、白ノ姫の美しい肌も紅色に染まっていきます。あまりの苦痛に少年が暴れ回るたび、体に残った血液はひとしずく残らず外に流れ出し、それが余計に少年を苦しめるのでした。
 想像を絶する苦しみの中、絶叫は徐々に力を失くしていきました。何も出来ずに剣を握り締める白ノ姫の前で、少年の命はとうとう空っぽになってしまったのです。
 こうして、白ノ姫はまた独り。何もなくなってしまった部屋の中で、泣きながら過ごすのでした――。

 ◆

 体を起こす。
 頭が痛い。厭な夢を見た。内容もさることながら、何よりリュドミーラ・ドラグノフ(Людмила Драгунова.・h02800)が厭うたのは、夢に見た残酷な吸血鬼が鏡に映る己の顔にそっくりだったことである。
 とはいえ――夢はただの夢なのだ。現実に起きたこととは関係がないし、何より。
「あたしはそんなことしないわよ」
 一つ呟きを零し気を取り直す。思い出せぬ遥か遠い過去の不鮮明な記憶と共に、厭な夢は枕の上に置き去りにして、太陽の如き吸血鬼はいつものように軽やかにベッドを起き出すことにした。
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