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禍蟲のきみ

#√汎神解剖機関 #ノベル #グロテスク

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 あなたの名前、それと生年月日……。
 誰かが此方を覗いている。私? 私の名前は……。
 カブトムシか、クワガタムシか、どっちでも良いから、取りにいこう。かわいい、かわいい、あの子がそうやってオネダリするものだから、私は、寒気とやらを飲み込んで頷いてしまった。昔からの事だけれども、私は痩せ我慢をするのが、強がりをするのが、癖になっており、たとえ相手が、目に入れても痛くない存在だったとしても、私は私を覆せなかったのだ。あの子は今日、お友達と遊びにいくと謂って、留守にしている。私が、私の痩せ我慢を……強がりを、本格的に克服する好機なのではないか、と。そういうワケで、私は昆虫の展示をメインとしている、よくある場所に足を運んだのであった。
 目眩がしたのはおそらく、この炎天下の所為だ。猛暑がこうも連続すると、愈々、私はあの子が心配になってくる。いいや、今、最も心配をすべきところは、私自身の頭の中身ではなかろうか。ぶくりと、ぐじゅちと、頭の中で……頭蓋の内で、まるで、蛹の内側のようになっている脳味噌が帰るべきだと訴えかけてくるのだ。既に、気分を悪くしているのだから、既に、歩くのもやっとなのだから、素直に負けを認めたら如何なのか。ダメだ。此処で逃げ出してしまったら、此処で全てを投げ出してしまったら、あの子の、とびきりの笑顔を見る事が出来ないだけでなく、哀しそうな顔を見る事になってしまう。それだけは避けなければならない。私は、私の、心の底からの恐怖を避けては通れないのだ。最初に出遭ったのは芋虫である。そう、あれは……芋虫としか表現できない、すべきではない、標本箱から脱走する事に成功した――違う。あれは私の脳味噌が作り出した、幻覚なのだ。
 礼儀正しい善人が歩いている。礼儀正しい善人が歩いているのだから、誰も彼もが気にしない。誰も彼もが気にしないのだから、何もかもが過ぎ去っていくのだから、永いお別れにとって『それ』は好都合であった。好都合なついでに拾ってやった今回のお仕事は、なんでも、猟奇殺人事件の『犯人』の始末らしい。依頼人曰く――そいつは蜘蛛のように、悪魔のように、家族の血を啜り尽くしていたとか、如何とか。成程、こいつは蟲毒かもしれない。毒虫と毒虫、喰い合うくらいの話であれば問題はないのだが、弱虫が一匹、私腹を肥やしているものだから、見過ごすわけにはいかないと。で……僕が、呼ばれたんだ。お呼ばれされたのだから、いつかの、踏み合いっこよりかはマシだと思いたいのだけどね。根っこの部分からすれば同族なのだろうか。きっと、別の何かなのだろう。むしろ、性質的にはたいへん真逆であり――窮極的に謂ってしまえば、オマエは空虚であれ。
 袋小路の隅っこで、世界の影の隅っこで、何者かが、何かしらが、獣の如くに蹲っている。じゅるじゅる、じゅるじゅる、無気味な音を垂れ流しながら、喜悦の類を散らかしていた。其処に身を投じたのは――底無しに這い寄ったのが――ある種の胡蝶の未成熟であった。ぐるりと、蹲っていた『もの』が振り返る。口からどろりと、ぬるりとこぼれていたのは、よくある腸のスパゲッティであった。……下品だね。もう少し、綺麗に食べようとは思わないのかい? 思っていたのであれば、考えていたのであれば、ナイフくらいは持参するだろう。カトラリーの『カ』の字も知らなさそうな影が――正体とやらを晒してくる。それは『人』だった。加えて、人でなしであった。人の真似をしていた『それ』はオマエに対して……√能力者に対して……溶かすように、言の葉を紡いだ。理由はわからない。不明としか描写が出来ない。しかし、始末をすべき相手の『科白』がヴォルン・フェアウェルの大罪とやらを擽った事には違いなかった。そうして、世界はカフカフと嗤う……。
 ひどい目眩の仕業だと、ひどい頭痛の所為だと、私は、私に言い聞かせるつもりだった。しかし、この、強烈なまでのリアリティに、リアルそのものに、直面した事からは逃れられない。避けては通れないと、覚悟を決めろと、自分自身に叩きつけはしたのだが、まさか、このような想定外にやられるとは思ってもみなかったのである。私の目の中に……精神の中に、這入り込んできたものは『先ず』、新鮮な肉を喰い散らかす化け物であった。昔、あのような化け物を小説か何かで読んだ事はあったのだが、そう……屍を喰らう鬼、とでも形容すべきで在ろうか。嗚呼、形容! 私は、形容できるものを、名状できるものを、前にして、いっそ気を失ってしまいたいと――神様に願い、狂ったのである。いや、重要なのは、最もおそろしいものは――人間の腸を貪っている『それ』ではない。化け物の近くに迫っていた『人の影』であった。影は、瞬間的に餌から『捕食者』へと変わったのである。人の影から、背中から、ばぐりと、どろりと、出現したのは……ゼリーのような……白い……ぶよぶよとした物質……莫迦々々しくも、蛹から出てきたのは芋虫であったのだ。
 人間サイズの芋虫が化け物に圧し掛かり、そのまま、葉を食むかのように。化け物の頭部からではなく、下半身から齧り始めた芋虫は、さて、病的なまでの怒りを湛えていた。私は、なんで、このような最悪にぶつかってしまったのだろうか。化け物の悲鳴が、化け物の絶望が、屍喰らいの新鮮な「殺してくれ」が私の脳髄を砕かんとして、離れてくれない。そうして私は蛇に睨まれた蛙よりも硬直し、只、ご馳走さまを耳にする――? 待って。なんで、芋虫が……しゅるしゅると……人の姿に戻って……私の方に向かってくるのか。まさか、目撃した『私』も……捕食しなければいけないと、そういう、意味なのか。いや……こないで。私は何にも、なんにも、知らないから……! 銀色のカーテン……覗き込んでくる瞳……胡蝶の回転……寄生をするかのような、蠕動……。
 何が起きたのか、何をしていたのか、記憶が曖昧だ。
 あの子を迎えに行って、手を繋いで、それで、帰宅の途中……?
 おかあさん! 見て見て!
 いもむし!
 私はどうやら、あの子の前で、目を回してしまったらしい。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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