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燃ゆる樽俎

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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 #√妖怪百鬼夜行
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●華やかなりし
 ちかちかと。ぎらぎらと。鈍い炎が燻るかのように明滅する瓦斯洋燈のひかりが不規則に蔓延していた。
 苔生す石畳の上を打ち鳴らすのは然して二つ足の下駄ばかりではない。押し合って塊る百の脚は歓びに溢れ、泥鰌の如く入り乱れるけだものの足先はひとの流れを舐るようにぞろりぞろりと横切っていく。あかあかと耀う街並みは眩しいくらいに違いないのに、何処か薄気味悪さを連れて来る。
「√妖怪百鬼夜行……いやぁ、まだまだ全然俺の知らぬところがありそうですね!」
 瓦斯灯に照らし出された影はみっつ。それらは三者三様の出立ちであったが、一際大きな異形がけたけたと笑い声を上げる様子はあまりにもこの場に相応しいものであった。
「いやぁ、四百目のお兄さんは十分この街に馴染めると思うけどなぁ」
「違いない」
 ふたつに割れた尾っぽをゆらりと揺らして月見亭・大吾(芒に月・h00912)が可笑しげに髭を動かすのに、並び立つ櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)も微かに笑う。ハテサテ、と首を傾げる四百目・百足(回天曲幵・h02593)は如何にもとぼけた胡散臭いものであったかもしれないけれど、彼らに、そしてこの街にとって|他所神様《おきゃくさま》である事には変わりない。
「そっちの鳥居は潜らない方がいいよ。遠いとこに連れてかれてしまう」
「ややや! なんとまぁ、アヤカシ殿にもきちんとしたお作法があるのですなァ」
 狐の像をぐるりと左回りに三回。白い鳥居は神なるものの、赤い鳥居は客人のための路であると。告げれば百足は大袈裟に驚くジェスチャアを交えてそれに倣う。存外律儀なんだな、なんてふたりの脳裏に一瞬掠めた言葉は音にはならず。だからこそ彼が好ましく思えるのだと視線を交わせば、胸の内など到底透かして見ることの叶わぬ異形はにんまりとひとの位置にある瞳を撓めて『さぁさぁ参りましょう!』と強請るように歩みを急かす。
「嗚呼! 何か記念の土産など買っておきたいところですね、よい土産屋などありましたら寄らせてくださいです」
 食い倒れるつもりで訪れたものの、この地ならではのものも手に入れておきたいと欲張って見せたなら、ふむ、と顎に手を添えながら首を捻る湖武丸に合わせて大吾もそれに応じるようにぐるりと視線を巡らせた。
「土産か……ランプや壁掛けのような雑貨はどうだろう。腕のいい硝子職人が居るんだ」
「ああ、三叉路のおやっさんね。他にはそうだなあ。ここでは昔からの品も沢山愛されているからね。懐かしいけれど新しい、そんな品が見つかるかも」
 であればまずはそちらに向かおうと、迷う事なく進む大吾の後をついてふたりは石畳の上を進んでいく。
「猫又の集まる場所も知ってるけど、知らないひと連れていくとびっくりされちゃうかな」
「「猫又の……!?」」
 それは『なりかけ』であったり『なりたて』であったり。千を生きる永寿のものまで様々な猫たちが一堂に会するとっておきの穴場。時々自分も顔を出しているのだと告げたなら、百足は勿論現地民である湖武丸までもが身を乗り出すものだから大吾は思わず長い尾っぽを膨らませて仰け反ってしまう。
「そんなに?」
「それはそれはもう! 俺はぬこだったら何でも大好きでございますですから!」
「俺も行きたいが……確かに突然の来訪はだめだ」
 彼等は姿形こそ愛らしい猫に違いないが、意思疎通が可能な立派なひとつの個だ。であれば最低限の礼節は必要だろうと見るからに残念そうにふたりが肩を落とす様子に大吾は悪戯に目を細め言を紡ぐ。
「もう少し顔が売れたら紹介しよう。大丈夫、皆いい|猫《ひと》だからさ」
「やや……是非次の機会に!」
「次回の楽しみにしよう」
 諸手を挙げて燥ぐ百足とはにかむように顔を綻ばせる湖武丸は如何にも対照的で、大吾は喉奥で笑いながら一先ずの買い物をと道を示してふたりを誘った。

●件の酒場
 醤油が焦げる香ばしさと油の匂い。それらが湯気に乗って運ばれたなら嗅覚を暴力的に刺激して急激に空腹を連れてくる。四つ手いっぱいにアヤカシレトロを買い漁ったその後に大吾がふたりを招いたのは彼の行きつけであるらしい『呑み処くだん』なる大衆酒場であった。
 牛の体にひとの頭をくっつけた店主の作る風変わりなメニューはいずれも美味でありたいへん安価なのだと、このご時世にありがたい限りだよねぇとお通しの酢漬けをつまみながら大吾が語れば丁度乾杯を終えたジョッキを一気に煽った百足が喉の奥から搾り出すような呻きを上げながら天を仰ぐ。
「ッッかぁ〜〜! 俺はとてつもない美食家ですからね、この時を待ちわびておりましたですよ!」
 全身の細胞が一斉に目覚めてざわめき立つようだ。泡との黄金比も完璧な麦酒が身体に巡るのを感じながら『wktkが止まらねえです』と目を輝かせる百足に倣って湖武丸も同意を込めて頷いた。
「大吾のオススメがどんな味か楽しみだ」
 百足は何でもたくさん食べるし、自分よりも長い時を生きた大吾の行きつけとあらば間違いはあるまいと湖武丸も麦酒が注がれたジョッキを傾ける。飲み物と一緒に頼んだ一品料理たちがぞろぞろと運ばれてくるのに感嘆を上げたなら、すっかり料理らしい姿になったそれらをまじと覗き込む。
「実の所、大体のものは油で揚げてしまえば美味い」
「そうそう。この店は特に天麩羅がうまいんだ」
 呑み処くだん。この店に並ぶ料理の殆どは妖たちのお裾分けを主な材料にして出来たもの。三又蛇の生え替わりであったり、幽霊海月の分裂し損ねた『御霊なし』であったり――要は食材適正のある妖たちの一部なのだと。聞いた所で全く動じた様子を見せない百足が躊躇なく大王烏賊の煮付けを頬張るのをふたりは目を丸くしながら見守った。
「むむ……これは……甘だれの香ばしさと弾力のある歯応え、かといって噛みきれぬ訳ではなく歯切れの良い新鮮な身……。……美味!」
 噛めば噛むほどにじゅわと染みる甘辛いたれと肉厚な大王烏賊の身はあと引く旨さ。添えられた里芋のほくほくとした食感も楽しく次の一口がすぐに恋しくなるほどだった。
「四百目兄は本当に何でも食べるな。霊魂の煮込みも食べ応えがあってオススメだぞ、大鯰の天麩羅は揚げたてが一番美味しいんだ」
 ほら、と皿を差し出せば食べ尽くさんばかりの勢いで頬張り始めるものだから湖武丸も慌てて箸を進める。
「魂ってなんだって思うじゃない。あたしも詳しくはしらないんだけどね、癖になることだけは確かなんだよ」
 網とかで掬って取ってるのかねぇ、なんて大吾は首を傾ぐ。煮凝り状に固まっている半透明のそれはつるんとしていて、歯を立てればぷちゅんと出汁が口いっぱいに広がっていった。何とも体験したことのない食感に目を白黒させながら、それでも次々に口に運ぶのを止められない。
「嗚呼……ウマイ酒にウマイ飯……もうあの陰気臭ェ√汎神解剖機関帰りたくねェです……」
「生きていれば次があるさ。それこそ何度でも」
「いつでもおいでよ、四百目のお兄さんなら大歓迎さ」
 飲み過ぎないようにと自制していた湖武丸も百足の健啖ぶりに少しだけ飲むペースを上げれば、あっという間に空になったジョッキがひとつ、ふたつと増えていく。
 気安く気楽に盃を交わして、くだらない話に身を任せて。
 おかわりはいるかいと首を傾いだ大吾の言葉に、百足は勢いよく手を挙げて是を唱えるのだった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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