今宵、またねを唱えて
――√EDEN・池袋。
常に人の溢れるこの街の、日曜ともなればもう語るまでもないだろう。
駅のなか、駅前大通り、五叉路の交差点――まるで人影の大海のような街中の一角、人混みから逃れるように端に寄った面々は、一心にスマートフォンを眺めていた。
「んー……次はこっちじゃないかな」
「今ここ~? もうちょっとかかりそう?」
「いや、あと数分くらい。てかルーメン近い近い」
「ダーリン気にしない気にしない~。着いたらまずはボウリングう? クレーンゲームも気になってるんだあ」
緋月・拓馬(脱法厄災・h00184)の反応は気にも留めず、スマートフォンの画面から貌を離したルメル・グリザイユ(寂滅を抱く影・h01485)は、心なしか浮き足立つ足取りで再び拓馬の横に並んだ。
今日の装いは、タンクトップとスキニー、そしてオーバーサイズのカジュアルなジャケットとハイヒールブーツ。いつものように黒がメインだけれど、差し色のボルドーがよく映えている。同じ色のヘッドフォンは、今日集った皆と揃いのものだ。
その先をゆく拓馬は、白シャツに青パーカーのレイヤード。青色のヘッドフォンに、帽子とパンツはベージュで合わせ、青とモノトーンのスニーカーで足許も軽やかだ。
「ふふ。ルメルさんは初めてなんですよね、複合レジャー施設」
ルメルのすぐ後ろを歩きながら、そうほわりと不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)が微笑む。
今日のコーデは、柔らかな白のシアーシャツと、その首許を飾るレモンイエローのヘッドフォン。靴は同色の靴紐が眩い白スニーカー。ミモザ色のセットアップのスカートは、マーメイド型ながら後ろにスリットもあり動きやすく、この街にもよく馴染んでいる。
「うん。行く機会もなかったしねえ。遊ぶ場所、って言っても漠然としてるしさあ」
「まぁ、そんなとんでもねえもんがある場所じゃねえからな? 普通だぞ、普通」
手許の端末と周囲を交互に見ながら、さも知っています風で返す拓馬だが、実は複合レジャー施設なんぞは無縁の男だ。魔術師であるルメルに比べたらよっぽど行く機会がありそうなものだが、ノリで生きている拓馬にだって色々ある。優しくしてあげてほしい。
片やちるはは、目的地のおおよその場所を知ってはいたが、黙っていた。
待ちに待った、初めての3人での外出。こうして休みの日に一緒に遊びに行くなんて、学校の友人と過ごしているかのようで胸が弾むし――なにより、そんなふたりの微笑ましいやり取りを、もうすこし眺めていても罰は当たらないだろう。
「――あ、見えた。あそこだ」
「え~? どこど――」
♪♪仏説摩~訶~般若~波~羅~蜜~多~心経~観自在菩~♪♪
拓馬の視線を追って顔を近づければ、ヘッドフォンから音漏れした奇怪な曲がルメルの耳を突いた。
般若波羅蜜多心経――“智慧の完成”という意味を持つ仏教における一番短い経典が、テクノポップの曲調に乗って軽快に響いている。
時折、おりんの涼やかな音色が合いの手のように入っているが、場を清めたり邪念を払ったりはもとより、聴いた者は心が落ち着くどころかノリノリになるかドン引きするかの二択だろう。
勿論、ルメルは後者だった。
「…………拓馬くん…………なにこの曲う……」
あんなにも弾んでいたルメルのテンションが一気に急降下し、スン、と顔から感情が消滅する。ちなみに、拓馬としてもわざとではない。偶々、かかっていた曲がそれだっただけだ。
「般若心経ポップだが?」
「般若心経……ポップう……?」
しれっと返す拓馬に、ルメルが露骨に訝しげな貌をする。さもありなん。やはり驚きを隠せない様子のちるはも、過ぎった疑問を口にする。
「お経って、アレンジしても罰当たったりしないんでしょうか?」
「ノリ良くっていいだろ? むしろ有り難み増してる説まである」
「有り難みい……?」
「ルメルさんの表情……無そのものですよ……」
「違う意味で悟りそうになったよお……」
さめざめと泣く振りをするルメルへと、ちるはが眉尻を下げたと同時、ドヤ顔で拓馬が胸を張った。
「――よーし、到着! 皆の者喜べ! 湛えろ!! 俺の黄金ナビが導いたぜ!」
「わ、広そうですね」
「へえ、ここがそうなんだあ」
倣ってふたりが見上げれば、そこには巨大なボウリングのピン――まさにエンタメの権化のような外観を掲げた、巨大な複合レジャー施設が鎮座ましましていた。
✧ ✧ ✧
施設内に一歩踏み込んだ瞬間、がらりと空気が変わった。
眩いばかりの照明に、絶え間なく流れるSE。ゲームマシンのひかりに反射するフロアを、絶えず行き交う人々。天井は高く、音が少しだけ反響する。そこかしこに賑やかな人の笑み声と、ゴロゴロゴロゴロ……ガッコーン! とボウリングの球が転がり、ピンの崩れる音が混じる。
「やっぱり、休日だと人も多いですね」
「本当だねえ。……で、どうすれば良いのお?」
言って、ルメルが拓馬を見た。拓馬はそっと視線を外し、ちるはを見遣る。
「えと、まずはカウンターで受付して、あとは靴とボールのレンタルですね」
「フッ……俺の華麗なるボールさばき、とくと見せてやろう!!」
そうして順番をジャンケンで決めつつ、受付を済ませて。貸し靴を履いて、ボールを選んだら――いざ勝負!
「最初は僕からかあ……」
投球レーンの手前に立ち、ルメルがちらりと左右へ視線を巡らす。
右隣には、「ッシャァ!」と気合いを入れて投球しピンをなぎ倒していく、がっしりとした体格の男。
左隣には、笑い合いながらボールをスマートに転がすカップルらしき二人組。
「ふうん……なるほどねえ……」
ルメルはどこか愉しげに眼を細めると、自分のオレンジ色のボールに手を伸ばした。片手で持ち上げたそれは思いのほか重量があって、一瞬だけ眉を動かすも、
「まあ、いけるかあ」
ぽつりと呟き、そのままふらりと助走に入る。派手な構えや動作はない。猫のように軽やかに、するりと滑らかなフォームで投球すれば――、
ゴロゴロゴロゴロゴロ……カコン!
「すごいです……!」
思わずちるはが――初めてなのに思いのほか綺麗な投球に――拍手と感嘆の声を漏らした。片やボールはと言えば、レーンの中央から右側へと弧を描き、そのままピンの端だけをなめるように通り抜けながら2本倒して奥へと吸い込まれていく。
「……あれえ? 案外難しいんだねえ」
「そりゃそうだろ!? 左のサラリーマンの投げ方と、右のカップルの距離感を足して2で割っただけの動きだったろ!?」
「え~? でも倣うのも大事だよお?」
「ええ。ルメルさんのフォーム、綺麗でしたよ。ぱっと見ただけで真似できるなんてすごいです」
「ちるちるは優しいなぁ。にしても……ククク、ルーメンは所詮その程度か。俺の足許にも及ばねえな!」
そう言って不敵な笑みを浮かべた拓馬が、ボールを手に投球レーンの前へと仁王立った。やはり同じくずしりと片腕に重さが掛かるが――勿論、ボウリングボールがこんなに重いものだとは拓馬も知らなかった――そこは気合いでカバーする。
「見せてやろう……我が黄金長方形のロォォォリィィィィィングッ!!」
渾身の叫び。ちなみに、黄金長方形がボウリングの投球にどう関係するのかは分からないし、言った本人も分かっていない。
ゴロゴロガコン! ガロロロロロロロ……。
「テヘペロ!」
「ねえ今のガーターって言うのなんだよねえ!?」
「ですね……。もしかして拓馬さん……」
「ああそうだよやったことねえよ教えろくださいお願いします」
ずざざざぁぁぁぁスライディング土下座――くらいの勢いで頭を下げた拓馬には、「私も上手いってわけじゃありませんよ……?」と控えめに前起きながら、ちるはがふたりへとレクチャーを始める。
「えとですね、こう持って、こんなかんじで……こうですよ」
ボールを構え、後ろへ引いて――投げる!
「ああ、なるほどお」
「こ、こう!?」
「そうです、拓馬さんならできますよ。ちょちょいのちょいで」
覚えの良いルメルに対し、拓馬の覚束ない様子にちょっと和みながら、ちるはのざっくりボウリング講座もひととおり終わって――そうして巡った、数フレーム目。
改めて手番が回ってきたちるはが、慎重にボールを手に取った。落ち着いた動きで助走し、手許から滑らせるようにボールを送り出すと、カコカコカコン、と静かにピンが連続で倒れてゆく。
「やるな、ちるちる……!」
「わぁい、スペア……嬉しいです」
「ちるはちゃん上手だねぇ。“そいっ”て投げ方、可愛かったよお」
「ふふ、“そいっ”て感じでしたか?」
「うん。――じゃあ、僕もちるはちゃんの“そい”を見習ってえ……」
言うなり緩やかに放たれたボールは、カーブを描きながらもピンの中心へと伸びてゆき――。
――カッシャァァン!!
見事なストライク。レーン後方から高らかなファンファーレが鳴り響く。
「すごいです、ルメルさん! もうばっちりですね」
「やったあ……ふふ、楽しいなあ……」
「なあルーメン、お前初心者だよな? 初心者が出す球筋じゃねだろなんだその回転は!」
「え、ちょっと工夫しただけだよお? 指の角度と手首のスナップを回転に加えてえ、遠心力を利用してえ……」
「全然ちょっとじゃねえ!!」
そうこうして、1ゲーム終了。
結果は――、
「ふふ……勝負ついたねえ
「あのフォームで139点とかありえなくね!?!?」
「わ、ちょうど100点です」
「よ……40点……クッ……これで勝ったと思うなよォ――!!」
がくりと崩れ落ちた拓馬の、悲痛な叫びがボウリング場に響いた。
✧ ✧ ✧
ボウリングで適度に躰が温まったところで、次のアトラクションへと移動する3人。
煌びやかなゲームコーナーへと向かうと、色とりどりのライトが視界を刺激するなか、ひときわ高揚感を煽る電子音が聞こえてくる。
そう、そこは――マ○オカート筐体群!
「さあ、いよいよマ○カーだ! お前らついてこいよ!!」
やたら気合の入った拓馬が、すでに1台の筐体の前で仁王立ちしている。顔には自信満々のドヤ笑み。どうにも既視感が拭えないが、今回は確りとゲーム経験者の余裕に満ちていた。
「拓馬さんは歴戦の猛者っぽいですね……そういう私も、そこそこおうちでやってました」
「ふふ……これも僕は初めてなんだよねえ。へえ、コースもたくさんあるんだあ」
「コースはどれにしましょう? 私はどれでもよいですよ」
「ちるちるもいるしな。『むずかしい』あたりで赦してやろう! 行くぜ、今度は吠え面かかせてやるからな!!」
ボウリングでの屈辱を晴らさんと勢いづく拓馬。
ぽちっとコースを選択して、3、2、1――GO!
まずは、様子を窺うように画面のあちらこちらへと視線を移しながら、ルメルは最後尾をスロー運転。
「ちょ、何その安全運転!? どんだけ慎重派!?」
「初めてだしねえ。まずは観察のターンだよお」
そんなルメルを尻目に、拓馬は加速。スタートダッシュを決めて先行するちるはを、猛然と追いかける。
「どぉらぁぁぁぁぁ!! 今宵もこの戦場に散る者たちよ! 哀れ! 無惨! ひゃっほぉぉぉぉぉ!!」
「わ、やりますね拓馬さん……私も負けませんよ」
そうこうして、ちるはと拓馬の一騎打ちで終わった1セット目の順位は、1位拓馬、2位ちるは、3位にNPC、そして4位にルメル。
休憩もそこそこに2セット目へ突入すると、ハンドルを静かに握ったルメルの双眸がすうと窄んだ。
「……ふふ……理解したよ……要するに、これは“敵を蹴落とすゲーム”なんだねえ……」
「お前、絶対違う意味で理解してるだろ!? もっと夢のある世界なんだよマ○カーは!!」
隣で騒ぐ拓馬を尻目に、画面上のルメルカーがアイテムブロックに触れる。
出たのは、トゲゾー……ではなく、赤い甲羅。
「さあて……誰から狙おうかなあ……」
「流石ルメルさん、覚えるのが早いです。……どうぞお手柔らかにお願いしますね」
「ちょ、待てってルーメン! 眼が! 眼が完全に“面白がってる人のそれ”なんだけど!」
「ふふふ……余所見してて良いのお? ダーリン。ターゲット、ロックオン……ってねえ」
「その言い方やめい!! サイコ感が増す!!!」
そのままレースは中盤に差し掛かり、ルメルと拓馬は熾烈な2位争いを繰り広げていた。
ショートカットポイントに差し掛かった拓馬が、やたら芝居がかった叫び声を上げる。
「うわぁぁぁ! ハンドルが――――!!!」
「え、ここでミスう?」
そうルメルが眉を顰めた瞬間、
――ヒュン!
「なっ……!? はあ!?!?」
拓馬のカートが草むらの“裏道”を爆速で駆け抜け、次のチェックポイントでルメルを華麗に追い越してゆく。
「ヒャッハァ――!! 勝てると思ったのカナァァァァン!? 愚か者めぇぇぇぇ!!」
「嘘だろ……クソが……ショートカットって何だよ……説明なかったじゃん……!」
ルメルの眼が座った。演算不能。今この瞬間、脳内で計算されていた走行理論がピクセル単位で崩れ落ちた。いつもの笑顔は剥がれ落ち、眉は吊り上がり、口元が引き攣る。
「ルメルさんの気迫がすごいですね……――あっ」
ちるはのカートがNPCに弾き飛ばされたその隙を狙って、拓馬がスッとカートの向きを変える。
「よし、今がチャンス――追い打ちっっ!!」
「わ、やっ、ちょっと……」
――ボム兵投下!
「……やってくれましたね、拓馬さん……実は私、赤い亀さん持ってるんですよ」
にこにこ笑顔で放った赤甲羅の標的は、勿論拓馬。追尾からは逃れられず、ゴール手前で盛大に爆ぜる。
「ぎゃあああああああ!?!?!? 俺、天罰喰らったぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「……因果応報、ですね……」
「ちるちるがこわいです!!!」
そうして迎えた3セット目。さすがにゲームに慣れたルメルを始め、皆の視線に本気が滲む。
「甲羅シュートォ! アタック! アタック! アタァ――ック!!」
拓馬がルメルのカートめがけて甲羅を乱射。命中率こそ低いが、圧と音と煽りだけでプレッシャーはMAXだ。
「はあああ!? てめっ……狙いすぎだろ!? 完全に俺だけ狙ってんじゃん嫌がらせか!」
「今さら!? 何なら1セット目からやってるよ!!」
「……うっざ……」
ぼそりとルメルが吐き捨てた瞬間、その手許にスターアイテムが降臨する。忽ち発動すると、ギラギラに煌めくエフェクトとともに光を纏った車体が、後方から猛スピードで迫る。
「……あははははははっ!!!」
「ひぃ!? なんか後ろから来たぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ね~え待ってよダーリン……どうして逃げるのお? こんなにキミを愛しているのに……」
「やだやだやだぁぁぁぁ!!! 背後からストーカーがにじり寄って来るんですけどぉぉぉ!?」
「お願いだからあ……ずうっと僕の傍に居てよお……!!」
「助けてお巡りさぁぁぁぁぁん!!!!!!」
拓馬の絶叫がレーンに響くその刹那、スター状態のルメルは煌めく愛の奔流と化し――、
「ふふ……見~つけたあ」
カートの進路をクイッと逸らし、最短ゴールルートをわざわざ捨てながら拓馬のカートへとぐるり回り込む。
「ちょ、なんでカーブ切った!? 今の直進でゴールすりゃいいだろ!?!?」
「だってえ……ダーリンの背中、さみしそうだったからあ……」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 俺が何したってんだよ!!! いやまあ煽ったけど!!! でもその愛、ノンブレーキはおかしいだろ!!!」
(ルメルさんの愛が重い……!)
ふたりの微笑ましいやり取りを聞きながら、それでも私はルメルさんを心から応援します――なんて、ちるはが思った矢先。
ブンッッッ!! とボディタッチ判定が炸裂し、拓馬のカートが宙を舞った。そのまま回転しながら吹き飛び――その巻き添えを食らったのが、数メートル前を走っていたちるはだった。
「わ、ゎ、うわっ……」
スターの回転に巻き込まれ、避けきれず横から弾かれるちるはのカート。スピンエフェクトが可愛く弾けるなか、ちいさな困り声が洩れる。
「……巻き込まなくて、よいですから……!」
「俺もそう思いますちるちる!!! 真っ先に巻き込まれるのが常に俺なのどう考えてもおかしいだろ!!!」
「ふふっ、やっぱりみんな一緒じゃないと、つまらないからねぇ……♪」
「お前の“愉しい”に他人の尊厳が存在してねぇっっ!!」
カートの衝突音と甲羅の炸裂音が交錯し――コース上に、混沌と歓声と地獄が渦巻いていた。
✧ ✧ ✧
マリカーで炸裂した、愛と執着と爆笑が落ち着いたあと。
クレーンゲームコーナーへと移動した3人は、UFOキャッチャーがずらりと並ぶ一角で視線を止めた。
ぬいぐるみ、フィギュア、スイーツ、お菓子。更には、何故ここにあるのか不明なライフサイズのクリーチャー系グッズまであるのを見留めると、拓馬とルメルがそろりと顔を見合わせる。
「……ねえ、拓馬くん。どっちがちるはちゃんの喜ぶものを取れるか、勝負しない?」
「フッ、ルーメン……自ら死地へと赴くとは……その勝負乗ったァ!!!」
「え、よいのでしょうか……?」
恐らくは、ふたりに贈った誕生日プレゼントのお返しも兼ねているのだろう提案に、ちるははすこし恐縮した。それでも、UFOキャッチャーへと挑み始めたふたりの横顔は愉しそうで、じんわりと感謝が裡に広がってゆく。
「よし、俺はこのタコの顔した枕サイズの謎クッション狙うぜ!」
「それ、兄さんが好きそうですね」
「うーん、これなんかどうかなあ……ミケネコのぬいぐるみ。ちるはちゃんに似合うと思うんだけどお……」
「あ、猫ちゃん可愛いですね」
言いながら隣を見れば、早速挑み始めた拓馬の姿。けれど、重すぎるクッションに対しアームが上がりきらず、あえなく撃沈。
「ぐぁぁぁぁ!? 現実世界の物理が俺を阻むぅぅぅぅ!!!」
「ふふ、じゃあ僕のターン……――やったあ、取れたあ」
まさかの1発成功を華々しく決めたルメルは、ガコン、と落ちた箱ごとちるはに差し出す。
「お返しができて良かったよ。ちるはちゃん、受け取ってくれる?」
「お……俺も取れたぞ受け取れちるちる!! ゴ○ラもあるぜ!!」
「わぁい。おふたりとも、ありがとうございます」
ずい、と出されたタコのビッグ謎クッションもゴ○ラのフィギュアも、勿論喜んで受け取って。
「とても……とっても嬉しいです。ふふ、両手に花ですね。おうち帰ったら、並べて飾ります」
ふたりの気持ちを想えば、部屋の統一感なんて二の次だ。
そうほにゃっと微笑むるちるへ、ルメルと拓馬もつられて眦を緩めるのだった。
✧ ✧ ✧
暮れ泥む空を背に、駅へと向かうみっつの影。
「いやー……今日はマジで、俺、MVPだったな!? な!? なぁ!?」
変わらぬテンションのままに武勇伝を――失敗談? そんなものはなかった――語る拓馬へと、ちるはもほわほわと柔く笑む。
「ふふ。拓馬さん凄かったです。……本当、今日はすごく愉しかったですねー」
「そうだねえ……」
ふたりの隣を歩くルメルはすっかりいつもの飄々とした空気を纏っていたけれど、内心は後悔――いや、羞恥が渦巻いていた。拓馬に煽られるままについペースを乱されて、はしゃぎすぎてしまった。
ふたりへ「忘れてくれ」と言っても無理だろう。
それになにより、笑みの絶えないふたりの様子を眺めていれば、こういう感じもたまには良いか、とまんざらでもない苦笑を滲ませる。
「でもさあ……今夜、帰ったら筋肉痛すごそうだよねえ……」
「いや、あれだけボウリングボール振り回してスピンかけたお前が言う? ついでに言うと、俺は精神が痛い。主にお前からの愛の重さで」
「ふふ、“スター”の影響――でしょうか?」
「おいちるちる、それダメージ技だぞ!? 微笑みながらスパッと刺すのやめよう!!」
思い出してしまった狂気の一幕に、わざとらしく身を震わせる拓馬。その様子にふたりも笑みを重ねると、一歩踏み出したちるはが身を反転させて向き直る。
「私、おふたりとこうして“普通の休日”を愉しめて、嬉しかったです」
今と同じように、ちょっと一歩踏み出せば、容易く別の√へ――戦場へと脚を踏み入れることもできてしまう身だからこそ、争いに無縁のこうした時間が愛しく思えて。柔らかに笑うちるはへと、拓馬とルメルも頷いた。
「……それもそうだな」
「うん。……僕もそう思――」
♪♪仏説摩~訶~般若~波~羅~蜜~多~心経~観自在菩~♪♪
「…………拓馬くん…………」
「違う違う違う! これは事故! たまたまBluetoothが勝手に繋がっただけ! 拾ったの! 般若拾っただけだから!!」
「般若拾わないでいいよお……」
「はいはい、落ち着いてくださいね。おふたりとも、心穏やかに……なむ……なむ……」
そう手を合わせて拝むちるはに、拓馬が吹き出し、ルメルが一層眦を緩ませて。
――また遊びに行こう、3人で。
夜の帷に染みゆく街へ、互いの笑み声が溶けていった。
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