三度目の正直
十束・新貴は二度死んだ。他の√でのことである。
どの様な最期だったか、その仔細を今は未だ思い出せぬが、直に解るとも知っている。そうして、死んだと言う事実と悔しさだけは鮮明に解るのだ。それは教えられた、託された、と言うのが或いは正しかろうか。
一度は√ウォーゾーン、一度は√汎神解剖機関で、新貴は死んだ。いずれも共通していることは、成す術もなく抗えもせず殺されたのだという一事。どちらの世界での新貴も√能力者ではなく、戦う力を持たないただの高校生だった。この世界での、あの日までの新貴と同様に。
人類の滅亡の危機を目の当たりにしていながら、或いは黄昏めいた閉塞感に満ちた日々を送りながら、何も出来ずに無力に生きて、家族親族友人縁者の誰ひとりとして守れずに、当然の様に無力なままに殺された。異なる√のどちらもが凡庸で惨めなそんな末路だ、√EDENに生きている今の新貴とていずれそうなる筈だった。それを阻止してくれたのはふたつの√で死んだ新貴たちの祈りであって無念である。
あの日、珍しく一人で下校していた新貴にそれは唐突に訪れた。走馬燈めいた白昼夢、言葉ではない断片的な記憶が、感情が流れ込んで来た。そうして、どう言葉にして良いのかすらも解らぬやり切れない無念の類と共に√能力に目覚めて、それを自覚した。自分の頬が濡れていることに気が付いたのはその後だ。
あの日を境に世界が変わった、などと言うことは決してない。変わったのは新貴一人だ。インビジブルが蔓延って簒奪者たちが跋扈して日夜侵略を繰り返す、世界とは元々そうしたものである。それを新貴は何も知らずに、己が無力であることさえも知らないままで生きて居た。真実は、ただ偶然に綱渡りの様にして紙一重で禍を回避して、或いは知らず知らずに忘却の内に√能力者達に助けられ生かされて来ただけだ。それに気付いて、膝が震えた。こんな能力、こんな真実、知らずに生きて居た方がどれだけ楽であっただろうか。
寝ても覚めても折に触れ、別の√の新貴の記憶がひとつずつ蘇る。いずれ己の死の場面を目にする時も来るだろう。己を殺した仇の姿も知ることになるだろう。だが、それは今更新貴に大きな動揺を与えはしないかもしれない。
新貴が無力であったが故に、大切な少女も死んでしまった。それも二度もだ。その場面の残酷さ、それをただ眺めるしかない無力さに比べれば大概のことは些事だろう。
故に、三度目を防ぐべく新貴は√能力者として簒奪者どもに対峙する。しようとしている。逃げ出したくなる瞬間には彼女の微笑みを脳裏に浮かべ、強敵を前に膝が笑いそうになるのすら武者震いだと己に言い聞かせながら、√能力者としての使命を全うしようと努めている。
√能力者として、である。彼女への想いが所詮所謂片想いでしかない以上、それ以外を名乗るべくもない。
今日、星詠みからの出動の要請を受けたのは本日最後の授業の終わりのことだ。放課後、古書店巡りを約束していた彼女へとドタキャンの連絡を入れて、愛用の拳銃ひとつを携えて新貴は学校を飛び出した。
平咲・鳴衣は悩んでいた。
憧れの先輩の様子がこの頃何処かおかしい様な気がする。何処がと言われても定かに言葉にはならぬ。鳴衣はそれを、直近読んだ戦後の作家の作中あたりに相応しい表現を求めようとして、諦めた。唯美的な表現で知られる彼の物語は――今回読んだものもだが――往々にして悲劇性を帯びて居るから縁起が悪い様な気がしたし、あまり詩的な表現で彼を表すことは何処かむず痒く、気恥ずかしいことに思われた。嗚呼、後者は即ち、自分は彼をそれなりに「意識して」いるのだと鳴衣は噛み締める。
件の先輩――一つ上の学年の十束・新貴は今でこそ憧れの先輩ではあるが、第一印象は、良くも悪くも平凡な少年だった。図書委員会をしている鳴衣の作った広報用の季刊誌のとある特集、それへの好意的な感想を伝えてくれたのが初対面。成る程、よくある口実だ。即ち、鳴衣に話しかけたい少年少女はこの学園の内外に履いて捨てる程に居る。
周りの女子らがクリスマスコフレに浮き足立つのを尻目に、それよりも、好きな女流作家のエッセイの新刊にこそ心が躍る。鳴衣はそうした文学少女だったが、周りの少女らが羨む程度に美しかった。だからこそ、年頃の少女にありがちな同調圧力に迎合することなしに己の世界を保てて来たのだとも言える。
兎も角、鳴衣は美少女だ。染めたことのない黒髪は濡羽色の言葉こそ相応しく、化粧っ気のない肌は、そも、化粧を必要ともしていない。透き通る様な肌の肌理も張りも、顔の造形はその陰影までも含めて何ら足し引きを要さないから、淡い色のリップひとつをひいて完成形である。芸能界に身を置かぬのが不思議だと言われる美貌を鳴衣自身は鼻にかけることなどないが、全く自覚せぬほどに愚鈍ではない。故に、己に惹かれ関わりたがる者たちを至極冷静に眺めている。
例えばクラスのヒエラルキー上位の男女は割と臆さず、或いは殊更に平気なふりをして見ず知らずの鳴衣に気安く話し掛けて来る。話したいから話しましたと知れても全く構わずに、寧ろ望むところと言った調子か。対照的に、卑屈で大人しい者たちはちらちらと窺う視線を寄越しつつ、鳴衣の視線を意識した振る舞いをして鳴衣の視界をうろつきながら、声を掛けられるのを待っている。鳴衣がそうするか否かは気分次第、読んでいる小説があまりにもつまらなければ気紛れを起こすこともあり得るか。
そうしてそれらに比べて圧倒的に多いのが、尤もらしい口実を設けて話しかけて来る者だ。最もありがち、常識的であるとも言える。故に、新貴の第一印象はよくいるタイプとの評にはなるが、それでも、鳴衣の特集をよく読んでの気遣いに満ちた言葉は心地の良いものであったし、彼の誠実で真摯な人柄を思わせた。
実際、彼は優しかった。それを実感したのは、見かければ挨拶を交わす程度の仲になり、やがて稀に昼食や下校を共にする様になり、徐々にその頻度が増えてゆく頃に、放課後の遅くまでクラスメイトの課題か何かを手伝ってやっている彼を見た時だ。嗚呼、誰にでも優しい人なのだと、納得半分、残念半分で思ったことを覚えている。
話は逸れたが閑話休題、その彼がこの頃何か「違う」のだ。受けたままの印象を言うならば、お人好しだの優しいだのの言葉が一番に浮かんでいた彼が、何処か精悍になった様な気がする。それだけならば良い変化だが、一方で、何処か憔悴している様な、諦念めいた消極的な達観が滲んでいるかの様な――嗚呼、この辺りを言い表せない。
何かあったか、もういっそこの後直接本人に訊いてみようかと思ったところで、スマートフォンが振動した。メッセージアプリからの通知は新貴からの、今日の放課後の約束のキャンセルを告げていた。
嗚呼、これもだ。元々はこんな風にドタキャンをする人だっただろうか? 前回もそうだった気がするし、その前も——いや。その時は予定通りであったと思うのに、何故だろう? どう過ごしたか、不思議なまでに思い出せない。
ともあれ、落胆が字面に出ない様に意識しながら、鳴衣はメッセージを返す。
「解りました、また別の日にしましょう。でも、次はドタキャンは無しですよ」
二度あることは三度あるのか、それとも。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功