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思い出の欠片を、拾いに行ってみない?

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「誰かいる? すごーい物を見つけたわ!」
 チリン
 元気な声とともに、涼しげなベルが鳴る。この画廊が、元は喫茶店だった名残だ。
 画廊『カゼノトオリミチ』のドアをくぐって進むのは、赤い髪をなびかせたミニスカゴスロリの少女、リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)。正義の|ドラゴンプロトコル《ドラプロ》を自称する|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》である。
「うん? おお、リリンドラよ、ご機嫌よう。すごーい物とは?」
 画廊の奥、キャンバスから顔を上げたのは、金髪おかっぱが特徴的な少年……ではないのだが。数世紀を生きる吸血鬼、治部・亞比栖(紅玉の貴人・h00488)だ。変声期前の高い声で、リリンドラに応じる。
 リリンドラは、目をパチパチ。もっと人がいると思ったのだが、いるのは亞比栖一人のようだ。
「さっき野草採取してきたのだけど、これ見てアビィ! 蝉花虫草♪」
「せんか、ちゅうそう?」
 リリンドラはじゃじゃんとそれを出して見せ、亞比栖――リリンドラに倣ってこの先はアビィと呼ぼう。アビィはキャンバスから離れ、見に来た。
「ほぅ。これは幼虫かな?」
 蝉花虫草は冬虫夏草の一種である。蝉の幼虫の頭から、キノコが数本伸びている。
「そうそう。って、もしかしてお邪魔だった?」
「ああいや、ちょうど我も集中を切らしておってな。だが、作品制作に戻るよ。珍しきものを見せてくれてありがとう、リリンドラよ」
「どういたしまして」
 朗らかで社交的な会話を交わし、アビィはキャンバスに戻っていく。
 リリンドラはあまり芸術のことは分からないが、制作の邪魔をしては悪いと思い、少し離れた場所から見学することにした。
「…………」
「…………」
 キャンバスはまだラフ画のようだが、アビィは描いては消し、描いては消し。うーんと首を傾げている。行き詰っている様子だ。
 それを見て取ったリリンドラに、ピン♪と、アイディアが浮かんだ。
「ねぇアビィ、気分転換しない?」
「お、おお。気を遣わせてしもうたな。しかし……それも必要やもしれぬ……」
 ぐぬぅ。顔をしかめるアビィへ、リリンドラは快活に提案する。
「ここに来る途中に、蚤の市があったわ。思い出の欠片を、拾いに行ってみない?」
「……ほぅ、洒落た言い回しをする。それに、よいなぁ、インスピレーションも湧きそうだ」
「へぇ、そういうふうに思うのね。うんうん、そうと決まればさっそく出発!」
「おお、せっかくの蝉花虫草は置いてゆくがよいぞ」
「あっそうね」
 ちろっと舌を出すリリンドラ。それを見てアビィが小さく笑い、リリンドラの傍へ。そうして、二人はともに画廊を後にするのだった。
 チリン
 ドアをくぐれば、天気は快晴。√ドラゴンファンタジーのレンガ敷きの道沿いには、出窓のプランターに色とりどりの花が咲いている。
 その道を、広場へ向かいながら、リリンドラはなにげなく話しだした。
「蚤の市ってけっこう好きだわ。大事にされた物がいっぱいあるから」
「それは初耳だ。リリンドラは物を大事にするのだな」
「できてるかは分からないけど。壊れてても、大事にされたんだなって分かる物は、素敵だと思うわ。……うんとね」
「ふむふむ……うん」
 少し言いにくそうにしたリリンドラに、柔らかく相槌を打つアビィ。大丈夫だと言うように。
 それにちょっと困り笑いをしてから、リリンドラは言葉を続けた。
「わたしが欠落者だからかもね。そう思う理由」
「なれば、欠落者も悪いばかりではないな。何かを素敵だと思うことができるのだから」
「そうかもしれない。ありがと、アビィ。あっ、見えてきたわ!」
 リリンドラの目線の先。広場いっぱいに蚤の市が開かれていた。
 めいめいが地面に布を広げ、『店』を出している。布の上には懐かしい楽器や古道具、アンティーク小物が雑多に置かれ、売れるでもなく、のんびりした時間が流れている。
 広場入口の簡素なアーチをくぐると、二人はすぐ前にある店にふらりと立ち寄ってみた。アクセサリーの店だ。指輪やネックレスが並び、おっとりした女性店主が会釈する。
 と。
 指輪ケースの、指輪を挟むクッションの間。何かが光った。
「何かあるわ」
 リリンドラが指を伸ばし、クッションの間から取り出したのは……
「……何これ!」
 コインだ。半分に割られたような、故意に壊されたコイン。
 店主もそれを見て驚いた様子だ。
 言葉を失うリリンドラに、アビィが声をかける。
「お嬢さんがこの店を見たいようだ。リリンドラよ、それは元の場所に戻すがよいよ」
「えっ。うん」
 見れば、紫髪の女性が、少し苛立った様子で二人を眺めていた。
 リリンドラは壊されたコインを指輪ケースに戻し、女性客に小さく頭を下げて、先導するアビィについていく。
「……ねぇアビィ。どう思う?」
「あのコインか? そうさなぁ、自然に割れたものではあるまいよ」
「そうよね。わざと壊したんだわ。そういうのって嫌な感じ」
「なれば……、おお。あれなどはどうだ?」
 アビィがスタスタと、少し先に見える店へ歩みを進める。
 ひときわ目につくのは、抱えるほどの竪琴。ほかにも、ハンカチ、小物入れ、財布……いわゆる雑貨店だろう。
「店主よ。その竪琴、音を試してもよいかな?」
「いいスけど、糸切れてっスし、ぽよぽよした音しか出ないスよ」
「そのようなはずはあるまい」
 一応は許可が出たので、アビィは竪琴を手に取った。
 片側の色が完全にはげ落ち、弦も三本切れている竪琴だ。アビィは手慣れた調子で、弦を張るためのネジを締めていく。一本一本音程を確かめながら。
 その手つきがまるで職人のようで、リリンドラは思わず見入る。
 最後の一本まで調律し、すぐさまアビィは演奏を始めた。
 ポロン……ポロポロ、ポロン……
 沁み入るような、温かな音。
 音楽的にいうと、特定の音を抜かしたメロディーは民族的な響きを帯びる。
 懐かしく、切ない曲を奏で終え、アビィは流麗にお辞儀をした。
「アビィ、すごいわ!」
 すっかり機嫌を戻したリリンドラが、心からの拍手を贈る。
「その切れてる糸を直して、色を塗ったら現役で使えそうね」
「いや」
 竪琴を元の場所に置きながら、アビィは緩く首を振る。
「竪琴のこちら側は、胸に当てる部分だ。多くの演奏を重ねて色が落ちたのであろうよ。そなたの言う、『大事にされていた物』の証だ。その証を、真新しい色で塗りつぶしてしまうのは、惜しいと思うてしまうよ」
 それを聞いてリリンドラは、……すぐに言葉が出てこなかった。
「ス……、これ……そんな大事にされてた物だったんスね……」
 店主もまた、どこかポカンとした様子だ。
「ここにある物なんスけど、亡くなった方の所持品を、家族の方が売りにきたやつで……」
 リリンドラが、ハッとする。
「それなら、手放したくて手放したんじゃないんだわ」
「そうであろうなぁ。ここまで使い込まれた楽器だ」
「ねぇお店の人! これ、大事にしてくれる人に売ってあげてね」
「っス! 任せるっス!」
 笑って応える店主に、リリンドラもまたいっぱいの笑顔になるのだった。
 一方のアビィは、別の品を手に取っている。革製の、折りたたみ財布のようだ。
「ふむ。この風合い、長く使わねばこの色にはならぬぞ」
「物を大事にする人だったってわけね」
「そのようだ。おや?」
 アビィが財布を開くと、何かがコロンと転がり出る。
 中に挟まっていた根付けだ。紐に繋がった先、その本体は――
 ――半分に割られたコイン!
「それって! アビィ!」
「ああ。コインの片割れを互いに持ち、愛情や友情の永遠を誓うことがある。持ち主が亡くなり、家族に売られてしもうたのであろう」
 弾かれたように、リリンドラは走り出していた。
「リリンドラ!」
 ごめんね! 壊したなんて思ってごめんね! 嫌な感じだなんて言ってごめんね!
 だからリリンドラは、どうしても、二つのコインを合わせて――いや、|会わせて《・・・・》あげなければならない衝動に駆られた。
 走り去るリリンドラを見送り、呆気に取られていたアビィだったが、ふいにふっと笑みを零す。
「正義のドラプロ……か。なぁ店主よ。こちらの財布はお幾らかな?」
 リリンドラが最初の店に着いた。指輪ケースが、無い!
「さっき、ここに指輪ケースがあったと思うのだけど」
「あ……そのケースならついさっき、売れてしまって……」
「どんな人?」
「え、えっと、紫の髪の女の人で……」
「場所を譲った人ね! ありがと!」
 周囲をサッと見れば、今しもアーチをくぐって帰ろうとする、紫髪の後ろ姿があった。
「待って!」
 リリンドラはさらに走り、女性の前へ。
「なっ、なによアンタ」
「お願い! 半分に割れたコインを譲ってくれない?」
「はァ?」
 身振り手振りで、女性に説明をするリリンドラ。
 女性は指輪ケースからコインを取り出したが、まだいぶかしげだ。
「リリンドラよ! ここにおったか。これが必要であろう」
 アビィが追いつき、革財布を差し出してくる。
「アビィ、ナイスプレー! お姉さん、コインとコインを合わせてみてくれない?」
「い、いいけど……」
 女性は疑心暗鬼ながら、コインを出した。二人の半分のコインがピタリとひとつになると、女性は目を丸くする。
「えっ。本当のことだったの?」
「ふふふ、信じてくれる?」
「……信じるしかないじゃない。悪かったわよ。これ、アンタにあげる」
「ほんと! なら何かお返しをするわ。あっ、ちょっと待っててくれたら蝉花虫草を渡せるわよ」
 蝉花虫草が何なのかは分からないが、やや面食らった顔をする女性。
 アビィがすかさず助け舟を出す。
「リリンドラよ。お嬢さんは物が欲しくて譲ってくれたわけではないのだよ。お嬢さんの優しさを、物に貶めてはならぬ。思いには、思いを返すものだ。お嬢さん、本当にありがとう」
 アビィが品のあるお辞儀をする。
 女性はほっとして、いいのよ、とばかりに頷いた。
 リリンドラは目をパチパチ。だが、そういうものなのかと、気を取り直して。
「ありがと、お姉さん! このコインも、一緒になれてきっと喜んでるわ!」
 リリンドラの明るいお礼を聞いて、女性は満足そうに笑い、背を向けて帰っていく。
 女性を見送り、アビィがリリンドラにあらためて向き直った。
「さて、リリンドラよ。その財布は我が買ったものゆえ、我に返してくれぬかな?」
「え。でも」
「リリンドラが我を信じてくれるなれば」
 ピッと指を立て、アビィはリリンドラの言葉を遮る。
「我がそれらのコインと、使い込まれたその財布を大事にしよう。どうであろう、信じてくれるかな?」
 真っ直ぐに見つめる、アビィの赤い瞳。
 元からしっかりした人だとは思っていたが、その瞳を見れば、リリンドラもあれこれ考えるのを断って、うんと頷いた。
「分かった。信じるわ」
「なればその信頼に、思いに、思いを返そう。ありがとうリリンドラよ」
「うん。それじゃあこれね」
 リリンドラがコインと財布を差し出し、アビィがしっかりと受け取る。
「これで我が、リリンドラの信頼の礼に、小遣いを渡すとでも言うたらどう思うた?」
「ちょっ、と、それはね。……あっ。だからだから思いには、思いを返す、ってことなのね」
 これはアビィの『レッスン』。
 「信じてくれるかな?」という言葉を使って誘導し、リリンドラに学習の機会を作ったのだ。社交的なアビィだが、ここまで気にかける相手はそう多くはない。
 そして続けて、最終確認のための『レッスン』を仕掛ける。
「リリンドラよ。今日の礼に、なのだが」
 アビィが、手のひら大の小さな小物入れを差し出した。細かい装飾がついており、深みのある金属の色から、長く大切にされた品だと分かる。
「先ほどの店で買うた物だ。カゼノトオリミチにて、ティッシュを緩衝材にすれば、蝉花虫草を安全に運べるのではないかな?」
「いいの?」
「これは我の礼の気持ち、思いだよ」
 そう聞けば、今こそ、リリンドラにはどう返せばいいのかがハッキリと分かる。
「うん! ありがと、アビィ♪」
 ギザ歯の弾ける笑顔で、リリンドラは小物入れを受け取った。
 アビィもつられて笑顔になる。
「どういたしまして。どれ、上蓋を開けてみるとよい」
 言われて、リリンドラが上蓋を開ける。オルゴールの曲が流れ始めた。
 だが音痴な演奏だ。音もところどころ飛んでしまっている。
「ああ、よき音よな」
「……?」
 リリンドラがその意味を理解できずにいると、アビィは微笑み、優しく説明する。
「その曲は愛の歌だ。コインの相手を思い、幾度となく聞いたからこそ、その音になったのであろうよ」
「……そうか。そうね。いい音だわ。アビィ、これ聞きながら帰ってもいい?」
「もちろんだとも」
 リリンドラは満面の笑顔で、小物入れを両手に乗せて歩きだす。
 アビィも一緒に歩きだした。
 天気は快晴。√ドラゴンファンタジーのレンガ道。
 音痴なオルゴールを響かせながら、二人は来たときよりも距離が近く、来たときよりも明るい笑顔で雑談し、|カゼノトオリミチ《いつもの場所》へと帰っていくのであった。
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