シナリオ

夏と洒脱に踊ればよろしい

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「ごきげんよう、わたしカタツムリさん!」
 知っている。致命的なまでに。ドアを開け視界に入った瞬間に少しだけ天を仰ぎ、そして頭を抱える程度にはご存知であった。
「今日も必ず良い日になるわ」
 なるかな。本音を口の中でごにょごにょと咀嚼して、「そうか」という一言にして吐き出すはディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ――長い! 錬金賢者・メルクリウスである。この怪人、どうにも『その他の人類』に縁がある。その中でもとびきり別格その他筆頭、それこそがこちらの自称カタツムリさんことルトガルド・サスペリオルムであった。きらきら日差しを受けて輝いている真白いその姿、忘れるわけもなく。

「ルルド嬢。何か御用かな」
「ねぇ羽根つむりさん、もうすぐ夏よ」
 食い気味。
「ああ夏だな、ところでこの|研究所《ラボ》をどこで知っ」
「水着をさがしに行きましょう!」
「なぜ」
 羽根つむりさんの頭の中がクエスチョンマークで山盛りだ。脳に詰め込まれている|怪人指令装置《【メルクリウス】》が窮屈そうにばちりと文句を言っている。

 夏である。常夏といって差し支えないほどの猛暑が人々を襲っている最中、そんなご提案。もはや暑すぎるという理由で海に入ることを推奨していない地域すらあるというのに。解せぬ顔をするメルクリウスを見てか見ていないか、お花畑への視線か、ルルドはご機嫌に。
「え? だって、夏なのよ。えっと、今も服とかを着てるのか着ていないのかよくわからない格好だけれど」
 視線は上から下まで。見る限り――事実限りなく全裸に近いが、隠すべき場所はすべて隠れているのだから問題はない。だろう。そのはず。
 ともあれ来客が誰であろうとここは√EDENにおける彼の研究所、そのひとつ。今更彼が『怪人』としての姿で客を出迎えようとも問題はないとその姿のままでドアを開けたが、一瞬『これからは人間態で開けるか』と思わせるまである言葉。

 からの。
「あなた、水着は着るのでしょう?」
 ……着るよね?
 圧か疑問か。メルクリウスの脳圧は確実に上がったが。確かな頭痛と共にふむと己の顎を揉む。
 水着。夏といえばの代表、海に川にプール――インドア否陰キャと呼ばれかねない生活を送るメルクリウスにとって水着とは陽の象徴だが、悪い気はしない。そりゃカフェーに入り浸る程度には社交性がありクラブでモテるタイプ。自分が着るかどうかは別として、と口に出そうとして。
「それならわたしに付き合ってくれたって良いと思うわ!」
 こう遮られ「あ~」とまた天を仰ぐのである。自由の象徴くるくる、くるくる。優雅にまわるカタツムリさん、眼の失い水銀も目を回す所業!

「海辺で飲むお酒はなにが良いかしら? わたし、普段は飲まないけれど、浜辺でだけはビールも美味しいなって思うのよ」
「ああ、わかった、わかった……」
 どうどう掌を前にして案に止まれとハンドジェスチャー、だがそんなものルルドは一切見ていない。
「でもトロピカルなカクテルもとっても素敵よね! ピニャコラーダが飲みたいわ!」
「ピニャ……なるべく選択肢は絞ってもらえないかね。金銭的余裕というものが」
「えっ? お金がない? まぁ! それは大変!」
 言葉にされると喉も息も詰まるというものである。普段おしゃべりなはずのメルクリウス、彼女を前にすればペースを完全に持っていかれてしまう――加えて、下手に刺激する言葉を言いたくないのも本音だが。
 相手は人間災厄。怪人たる自身で制御できるか。できないからこうなっている。機関にも制御できるか。できないから『ああなった』りしたのだ。様々積み重ねられてきたあれこれ、彼女のお花畑からは|枯れたお花《・・・・・》のように丁寧に摘み取られ、記憶にも残らぬものが数多。機関の書類には何枚あるのだか。

「でも羽根つむりさん、ラッキーね! わたし偶然、ソクジツユウシをしてくれる金融やさんとちょうどさっき知り合ったのよ」
「さっきとはいつのことだ」
「だから紹介してあげても良いわ! そうしたらわたし、金融やさんから紹介料をもらえるから、お酒を一杯奢ってあげる!」
 たのしいわ! たのしいかな。紹介料は包み隠さず即日融資はよくわかっていないご様子、頭痛はどんどんひどくなる。それでも笑い爆ぜている【メルクリウス】。ご機嫌なのだ、困る己のようすをみて笑っているのだ、ならばいいか。我が弟がご機嫌ならば。いや、いいのだろうか。ともあれ――人間態へと姿を変えた彼、少々渋々といった様子でようやく外へと出た。

「構わんよ。気に入りのものを選べばよろしい、財布も大丈夫だと言っている」
「まあ! 羽根つむりさんのお財布はお喋りをするの?」
「例え話というやつだ」
 階段を下りるにあたり差し出されたメルクリウスの手、その手を取る所作は実に優雅なカタツムリさん。怪人と共に歩き出す。
「立派な体をしているのだもの、水着もきっと似合うわ!」
「あなたは何を着ても似合うのだろうね」
「だってわたしはカタツムリさん! わたしに似合わない水着を選んだひとが悪いのよ!」
「似合わなかったらわたくしが悪くなるわけだな」
 さてはて気に入りの水着は見つけられるだろうか、移り変わるゴキゲンによっては後になって「あちらのほうが良かったわ!」も有り得るとメルクリウスは考えていた。財布、ほんとに大丈夫かな。二択にしてどちらも買えばよろしいか……。ともあれ精神性は置いておいて、このルトガルド・サスペリオルムという女性は、美しいことこの上ない|存在《・・》なのである。
 半端な店を選べば「気に入らないわ!」という言葉も飛んで来るか。ならばと「きちんとした店」へと歩きながら――夏の日差しに日傘をさして、かろうじて干からびていない水たまりを丁寧に踏んだりしながら、二人は歩いていく。

「あ、ところで……」
「うん?」
「この前、羽根つむりさんが公園で|小娘《・・》とじゃれているのを見たわ」
 ――小娘。首を傾げる怪人。公園。公園で? 子供とマトモに遊んでやるほど優しい『怪人』ではない。そもそも人間態のほうが子供が近寄ってこない。どうみてもカタギの方ではない姿、怖いですからね。となればそこそこの年齢の女性を指している。そうなると必然、誰かというのは絞り込まれた。
「羽根つむりさん、そういうボランティアもしているの?」
 言葉が喉に詰まった。詰まってしまった。ボランティア――慈善――それ以上の意味があった。はずなのだ。困った。どう表現すべきだろう。彼女に『教えて』いいものだろうか。ただ――名前は出さずとも、関係性くらいは言えるだろうか。

「患者だよ」
「ふぅん……」
 信じていないのか、それとも。いつの間にか先を行くルルドが足を止めた。困った様子で眉根を寄せるも、それが彼女に見えているかどうかはわからない。
「ふーーん……」
「主治医として大切な、患者だ」
 やや唇を尖らせて。つまらなそうな、あるいはじと、と様子を見るような。この言葉、信用されているのか否か。
 愛らしい双眸、日傘の影の下にあろうとも輝く宝石、きらめくのはインクルージョンか鮮やかな花々。

「わたし、カタツムリさん!」
 伸ばされた手が|羽根つむりさん《メルクリウス》の腕を取る。半ば強制的に引き寄せられて、その場でくるり。道の真ん中、くるくる回転する。踊るというにはふらつくステップで。無駄に重い体重にしっかりとした体幹ゆえ、ブレることがないのが逆に滑稽に見えるほど。視線が集まることも気にせず、ルルドは無邪気に――そう、無邪気に笑う。
「羽根つむりさんはわたしと遊んだほうが最高に楽しいと思うのよ!」
 さながら子どものような、独占欲ともとれるような。困った様子の羽根つむりさんのことは気にしてなどいない、気にする必要はない、だって彼女はカタツムリさん!

「なによりわたし、羽根つむりさんの見た目がとっても好きなんだもの!」
 ――整った見目が真っ先に出るのは、どうなのやら。それでもああ、そうだ、|ひと《・・》は正直なほうがいい、と。ふうと息を吐いた怪人。
「わたくしも、あなたの見目は大変うつくしいと思うがね」
 当然、とばかりに柔らかな唇が微笑む様、ひとびとはこれに魅了され、そうしておちていったのだろう。
 ああ、おもしろい。踊るつまさきがようやく止まって、手を取ったまま歩き出す。面白ければ、愉快であれば、それでよし。
 何故か? 当然、【メルクリウス】が。
「あら、また音」
 爆ぜる音にカタツムリさんは瞬きを。そうだとも、彼がこんなにも、お喜びだから――それでよし。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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