はしたの夢
「おにいさん、一緒にきて」
嗚呼、|憑かれて《ヽヽヽヽ》いる。
街角で突然そう叫んで服の裾を掴んできた子供を見下ろした|楸《ひさぎ》・|清暎《きよあき》(朝まだき・h04562)はそう思った。
「誰でもいいから、連れてきてって言われてるんだ。だから」
その怪しげな指示を出したのは十中八九、古妖だろう。子供の情念を手玉に取っているのだと想像がつく。当然子供自身にその自覚はないけれど。
よくある光景だ。
「……」
妖が叶えてくれると云ったの。
無駄だよ。叶う前に君が喰われて終る。
やめておくことをお勧めするよ。
……なんて言ってこの子供を驚かせ、止めるだけでも充分なひと|扶《だす》け。厄介ごとには触れない方が吉。己には関係のない話だ。
「……」
「お、おにいさん……?」
判っているのに。
「……うん。場所だけ、教えてくれる?」
腰を折って視線を合わせ、清暎は子供へ問うた。ちゃらりと耳のピアスが揺れる。「え、でも、一緒に」指示された内容と異なる清暎の提案に、子供は露骨に狼狽えた。
清暎は薄く唇に笑みを刷いた。
「いいこだから、ね」
半人半妖の美貌。あらゆる種族を魅了するとされるその魅力を倍増する、此度の√能力の効果はそう働いた。月の満ち欠けのように種々に効果を変じるそれは、はしたであるからこそ得た|はんぶん《うらがわ》の力だ。
瞬く間に指示が上書きされた子供は容易に彼へ約束の場所を伝え、彼の願い通りに自身はまっすぐに家路に着いた。
己の力へ対する複雑な想いを肚の底へ押し込めつつも、清暎はショルダーポーチから符を一枚取り出した。口の前にかざして力を注ぎ、そこに籠めた力を起こす。
鮮やかな|紅葉《こうよう》の色した錦の衣が現れて彼を包む。幻影のそれは清暎の身を『|秋《とき》』へと踏み込ませて|現《うつつ》を緩やかにし──即ち彼の足を速めさせた。
ふわと紅の着物の裾を躍らせ、清暎は件の場所へと駆けた。
そこにあったのは想定どおりの古びた祠。既にその前に顕現している古妖は、蛇だろうか。明確に大きいと判るのに姿形は靄が掛かったようにはっきりとしないけれど、構わなかった。
「お前か」
「おや、招かれざる客だねぇ」
古妖が嗤う気配があって、駆けつけた勢いのままに清暎はすらと刀を抜いた。とん、と地を蹴り跳ぶ。
満月の光のように翳りなく一閃したその斬撃は、古妖の鱗をも易々と裂いた。
耳障りな悲鳴を上げ、古妖の大きな身体がのたうち回る。巨大な尾が予測を超え、清暎の身体を強かに打ちつけ吹き飛ばした。地に叩き付けられる寸前でなんとか受け身を取った。符を放つ。
「おのれ、私が貴様になにをしたと言う」
「確かに、俺にはまだなにもしてないかもね。でも」
子供を唆した。
顕現した。
この世界、あるいは他√への侵攻によって、今後清暎の生活を害す可能性がある。ならばその芽を今摘んでおけば、清暎の生活を守ることになるはずだ。
これは、合理的な判断だ。
「──是は必定だ」
符は古妖の腹に貼りつくと同時、あかあかと爆ぜた。
次いで、清暎の身より先の尾の襲撃による打撲や擦過傷も、綺麗さっぱり消え失せる。
古妖がなにかを喚いた──。
ぱちり、冴月色の双眸が瞬く。
──目が醒めた。
夢。であったらしい。視線を巡らせれば鶴瓶落としの合っているのだかいないのだか判らない目と、合った。
「道理でらしくないと思った」
ぽつりと告げる。
夢の内容など知るはずもない鶴瓶落としが『そんなこともないのでは』とでも言いたげな眼をしている気がして、清暎は腕で己の瞼を覆ったのだった。
●提案
・POW 元『デッドマンズ・チョイス(No.2102)』
【盈虚が如く(エイキョガゴトク)】
知られざる【|はしたの月《つきのうらがわ》の血】が覚醒し、腕力・耐久・速度・器用・隠密・魅力・趣味技能の中から「現在最も必要な能力ひとつ」が2倍になる。
・SPD 元『サヴェイジ・ビースト(No.4104)』
【空鏡の呪(ソラカガミノシュ)】
敵に攻撃されてから3秒以内に【|呪《まじな》い綴った符】による反撃を命中させると、反撃ダメージを与えたうえで、敵から先程受けたダメージ等の効果を全回復する。
・WIZ 元『古龍降臨(No.3203)』
【仲秋夜(チュウシュウヤ)】
【符術による、紅葉に染む錦の衣の幻】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【|望月《ぼうげつ》斬】」が使用可能になる。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功