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Fleeting Crimson

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●Trigger
 搭載AIの性能は凡庸。予めプログラムされた行動原理に従い殺戮を繰り返す戦闘機械群――それが火炎機械虫だ。
 その日、珍しいエラーが発生した個体があった。復旧の為の再起動を繰り返すうち、活動範囲から|はみ出して《﹅﹅﹅﹅﹅》いた。
 データベースに存在しない地形を感知したと同時に、センサーが反応した。生命体だ。全処理の強制中断、即時必殺の優先コマンドが自動入力された。
 ――命令を遂行する。

●Vanishing
「にいちゃ~ん、まって~!」
 きゃっきゃと笑いながら追いかけっこをする兄弟を見守って、妻は穏やかに微笑んでいた。ファインダー越しの幸せを享受して、刹那を切り取る。
 静かな公園には、空知の家族しかいなかった。子供たちが安心して遊べるような、手入れの行き届いた広場だった。屋根のあるベンチに妻は腰かけて、ふうと息をついた。
「少し休ませてね」
 言った彼女に肯いて、持っていた荷物番を頼み、首から下げたカメラだけを持って、子らを追いかけた。小さくて儚くて優しくて、どうしようもなく愛しい、ありふれた幸せを噛み締めながら。
 二人の遊びは鬼ごっこからかくれんぼへと変わっていった。兄を見つけて喜ぶ弟――ベンチの裏、遊具の隙間、徐々に難易度を上げていく海斗が「ばあ!」と飛び出すたび、彼は楽しそうに笑った。
「たくさん遊んでくれて嬉しいね」
「にいちゃ、だいすき!」
 溌剌と笑って、海斗を追いかけて走り出した。その無邪気さにつられて笑んで――さて、海斗は今度はどこに隠れただろうか。

「お父さーん。これ、なんだろう? あそこに落ちてたんだ」

 ひょっこり戻ってきた海斗に渡されたものは、ラグビーボールほどの黒い鋼の塊だった。重量感のある見目に反し意外なほど軽い。表面には細かな無数の傷と、高火力で炙られたような焦げ跡が刻まれていた――それがどうにも不安を煽る。こんなものは初めて見た。
「どうかしたの?」
「海斗が見つけてきたんだ。公園の事務所ってどこだったかなあ」
「向こうにあったわよ」
「そうだっけ」
 妻と笑い合う。写真を撮ることに夢中で見落として来たらしい。
「かして!」
 あっと思ったときにはすでに地に落ちていた――その瞬間の無邪気な次男の姿をもう思い出せない。

 ◇

 かくれんぼの最中、茂みの中で見つけた黒いそれは、煌と紅く光って、とても綺麗だと思った。こんなに大きなものなら、きっと誰かの忘れ物かもしれない。持ち主に届けてあげなきゃ――そう思う一方で、遊んでみたいという思いも湧く。海斗の幼い心は自益に振れた――しかし、勝手に遊ぶには良心が騒ぎすぎた。だから海斗は父に助けを求めた。
 奇妙な触り心地のそれを父に手渡して――世界は赤に塗りたくられた。
「あ」
 弟の間の抜けた声。そして、目玉を焼く赫然たる閃光。激しい爆発音は、自分の腹が爆ぜた音ではないかと思った。驚きは恐怖へと変わる。血の気が引く経験は初めてだった。
 熱くて冷たい――悍ましい赤の真ん中に、弟が斃れている。
 凄絶な母の悲鳴が迸る。喉が破れるほどに叫んでいるのは、本当に弟の名か――海斗の知っている名ではない気がした。
「かいと! 走れ!」
 震え上がった。迸る父の怒鳴り声は、なによりも血を凍らせた。凶弾が撃ち込まれ、父は崩れていった。弟の血肉を搔き集めて泣く母が叫ぶ。
「かいと! 逃げ、」
 瞬間、猛炎に飲まれて、耳を劈く断末魔が海斗を刺す。

「おと、さん……おかあさ、」

 家族が赤くなった。悪魔だ。海斗が玩具だと思わなければ――猛烈な後悔で吐きそうだ。
 手刃が排出され、鬣のような炎が上がり、不吉な駆動音を上げる。まるで虫――授業で書いた観察スケッチそのものだ。極限の恐怖に晒されて不思議と思考は冴え渡る。家族は無惨な肉塊と化し、焦げた肉の匂いが悲しみと絶望を纏って漂って――混乱し否定し絶望した。
 振り上げられた赤い刃を避けなければ海斗もここで終わる。力の抜けた体では逃げられるとは思えない。手だけが地を這う――ふいに壊れた父のカメラが指先に触れた。びりっと痺れて、指先を通して流れ込んでくる誰かの意志に驚いた。記憶にこびりついた声が、海斗を叱咤する。
 立て、動け、動かなければ死ぬ。
「なに…?」
 奇妙な力はごぼりと溢れ出し、剣を形作る。疑問しかない。理解できない。まるで失った分の補填だ――慟哭恐怖孤独が収斂した剣が海斗の手に握られている。生き残る唯一の術だと直感した。
 強烈な復讐心が幼い海斗に宿る。家族を奪った蟲は、赫々たる炎を上げ、海斗に狙いを定めて揺れていた。
 瞬間、蟲の脚の一つがこちらを向く。家族を崩した銃口だ――咄嗟に走る。銃撃される。燃やされてしまう。握る剣は、不思議と重さを感じない。海斗を穿った穴を埋めた|力《﹅》は悲しくて冷たいものだが、底知れない何かが湧き出てくる。
 やってやる。仇討ちだ――やみくもに剣を振り下ろす。奇跡的に発砲よりも速かった。幸いにして最大の好機となる。銃口が割れた。しかし別の脚刃は海斗の軽い体を薙いで吹き飛ばした。ごろんごろんと転げて、体中を擦りむいて打ちつけて、衝撃と激痛で目が回る。
 それなのに、海斗の手から不可思議な剣は消えない。
 なぜ剣が現れた、なぜ襲われた、なぜいない家族の声が聞こえる――どうして。判らない。目玉が溶けそうだ。声は海斗を激励し案じ続ける。まるで自我を通り越えた感覚――鎌のような脚刃が迫ったが、どう躱せば殺されないかを直感して、走る。
 躱した先で、体を捻る。じゃりっと靴が小石を潰した音がやけに大きく聞こえた。海斗はそれを掻き消すように叫んでいた。頭の中で響く鼓舞に押されて、機械虫の脚の付け根へと剣を突き刺した。直後、渾身の力で振り下ろす。勢い余って剣先は地を叩く。機械虫がガシャリと鉄屑に成り果て、駆動音が消えた――終わった直後、本能的に走った。ここにいるべきではない。極限状態だったからとしか説明できないが、それでも海斗の判断は最良だった。
 爆ぜた。
 閃光、爆音、衝撃波――ほとんど同時に海斗に襲い掛かる。目を焼かれ、耳を潰され、四肢が散り散りに壊れてしまったと疑うほどに体は吹っ飛んだ。転がされ爆心地から離れたとはいえ、熱波に焼かれて思考は止まる。
 混乱する。心臓が爆発しそうに跳ねて、呼吸が突然下手になった。燃えた。燃えた――|全て《﹅﹅》が。
「やだ…! やだよ、いやだぁっ!」
 炎は全てを飲み込む。悲痛な叫びは届かない。なくなっていく。それならいっそ何もかも――痛みも哀しみも苦しみも寂しさも怒りも一切合切が消えてしまえばいい。失う悲しさなんて知りたくなかった、痛みもいらない嫌だ。こんなのは嘘だ。流れる涙の熱もなくなれ。なくなれ――助けて――お願い――ごめんなさい――消えて、消えて…。
 海斗の口から漏れ出る言葉は、呪詛のように世界に染みていった。

 だから、その通りになった。

 かいとは、ひとり。
 判らない。忘れてしまったから。知らないから――痛くないし、怖くないし、寂しくもない。後悔も恐怖も立ち上がる力もない、ただ座り込んで何もなくなった地面を見るしかなかった。

●██
 身元が分かるものは持っていませんが、靴に「そらち かいと」と記名があります。着衣の様子から近所に住んでいると思われます。照会をお願いします――

 ――Not found…
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