√泣かない蒼鬼『相違なれど源を思う』
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√妖怪百鬼夜行の往来はどこか騒々しい。
賑やかだと言えば、そうなのかもしれないが雑多な印象の方が強いように思えてならない。
けれど、そうした喧騒が嫌いかと問われれば、 櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)はそうではないと答えただろう。
むしろ好ましいとさえ思える。
まるで誘蛾灯の蛾だ。
その熱で身が焼かれるとも知らず、ひらひらと誘われて飛び込んでしまう。
「わあ」
縁日とパレードと後なんだかよくわからないハイカラさが入り混じった催事が往来で行われている。
彼にとって物珍しいものであったし、周囲の楽しげな雰囲気は好ましいものだた。
「おい、櫃石の半端坊主」
「一体全体こんなところで何をしている?」
そう声をかけてきたのは、己の素性を知る妖怪たちだった。
いずれもが体が大きく、力が強い。
鬼としては身の丈が足りぬ湖武丸を認めて絡んできたのだ。
湖武丸は、しまったと思っただろう。
別に自分がなにかやましいことをしていたわけではない。だが、なにかに付けてこのような輩というのは自分に難癖をつけてくる。
そういうものなのだ。
「……」
だから、黙ってやり過ごそうとしたのだ。
それは消極的に過ぎる行為であったが、こうするのが最も良い方法だということを彼は学んでいたのだ。
そのうち飽きて何処かに行く。
そう思っていたのだ。
「ひ弱な鬼は何も言い返せないと見る」
「やれ、情けなや。少しは言い返してみたらどうだ」
そう嘲る言葉に反論らしい反論もなく、湖武丸は通り過ぎようとしたが、その髪を掴んで地面に引きずり倒される。
背中を打ち据えても湖武丸は、構うこと無く立ち上がり去ろうとするも、足をかけられ転ばされ、さらには背中を椅子にするようにのしかかられてしまう。
肺が潰れるような思いだった。
息ができない。苦しい。
もしも、己が半端ではなければ、このような仕打ちなど真っ向から抗することもできたはずだ。
だが、それもできない。
面を上げようとするも、その顔すら地面にこすりつけられる。
「角を折ってやろう。どのみち、半端者には過ぎたものだ」
「……ッ!」
それは、嫌だ。
蘇る記憶に湖武丸は身を捩った。
だが、どうにもならない。
己が角に手をかけられる。恐怖が、不安が、悲しさが、あふれかえる瞬間、彼を押さえつけていた妖怪の身が空へと打ち上げられていた。
轟音。
まるで鉄と鉄とを打ち合わせた課のような強烈な音。
その音に取り囲んでいた妖怪たちは目を見開いた。
何が起こったのかわからない。
だが、見開いた目が見下ろす先に湖武丸の姿はもう何処にもなかった。
「やれ、なんとも情けないことだ」
その声は、自らの体に対して言ったことでもあったし、弱者をよってたかっていたぶる妖怪たちにも向けられた言葉だった。
「……な、何を」
風が奔った。
瞬間、大柄な河童の体が吹き飛ばされ、壁にめり込む。
危機を察知して逃げようとする猫又の尻尾が掴まれ、その身がまるで毬か何かのように地面に何度も叩きつけられはね飛ぶ。
周囲にあった妖怪たちがことごとくねじ伏せられていた。
「ひ、ひぃ……」
「殺しはせぬ。お前、もう一度言うてみよ。オレが何だと?」
湖武丸だ。
だが、違う。先ほどと打って変わって様子が違いすぎる。
見た目も、違う。
どこか名残がある……いや、違う。
これは、と妖怪たちは思った。
逆、だと。
「ま、まさか……その、お姿は……『悪路王』のダンナでは……!?」
「馬鹿なっ、そんな……!」
慌てふためく妖怪たちの姿に湖武丸は一つ頷いた。
「オレは見ている。|湖武丸《俺》を通し、お前たちを見ている。今の悪意、行い、見過ごすことは出来んなぁ」
「で、でまかせで言っているだけだ! 見た目だけ誤魔化して、騙されるものか!」
「そういうお前は化け狐か。その毛色、幾内の質屋の息子だな? お前は西の土蜘蛛。それから、そこに隠れてみているのは、昔オレの世話焼きだった磯女か? そこのお前はのっぺらぼうだな? まだ人間を驚かせて楽しんでいるのか? ほどほどにしろと言ったはずだが? そこのお前は天狗だな。飲みすぎてオレの顔すら忘れたか?」
その言葉に妖怪たちは皆、硬直するしかなかった。
全てが正しかったからだ。
そう、湖武丸に常日頃から絡んできていたのは、全て『悪路王』を慕っていた妖怪、もしくはその血族であった。
過ぎた憧れは、末裔である湖武丸に対しての落胆を強めた。
その結果がこれなのだろう。
だからこそ、『悪路王』は息を吐き出す。
「オレはお前たちを覚えている。忘れることはない。だからとは言わん。これもまたオレなのだ」
そう告げた言葉に妖怪たちは涙する。
それはもう取り戻すことのできないはずの栄光の光景であったからだ。
けれど、あの日と同じように妖怪たちは己たちが慕った『悪路王』の前に膝を折り、その言葉に頷くのだった――。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功