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ささやかな幸福

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 薄いカーテンの隙間から光が差し込み、朝の訪れを告げる。朝と言えば誰もが目を覚まし、学校や仕事に行く支度を整える時間だ。
 瀬条・兎比良(|善き歩行者《ベナンダンティ》・h01749)も警視庁異能捜査官、通称カミガリとして仕事に向かうべく、ネクタイを締めていた。
 つけたままのテレビからは、√汎神解剖機関特有の後ろ暗く湿り気の多いものばかりが流れ、爽やかな朝の空気を重く濁らせる。兎比良はそんなニュースを真剣に眺め、一寸の狂いも無い懐中時計で現在の時刻を確認した。出勤まではまだ少し時間に余裕がある。しかし、最近は多忙を極めている。早めに家を出て、書類に目を通すのも良いかもしれない。もしかすると出勤の途中で事件が起きるかもしれない。
 懐中時計を懐にしまいこみ家を出ようとした所でふと、小さな鉢に小さな身を落ち着けるポトスが目に留まった。
(そう言えば、昨日は水を与えていませんでしたね。そろそろ与える頃でしょうか。)
 初心者も簡単に育てることが出来ると知り合いにオススメをされて購入をした物だが、これでもう何鉢目だろうか。手頃な値段で購入出来る物で良かったと思うべきか、それとも何度も枯らしてしまう事に首を捻るべきか。玄関扉へと伸ばした手を引っ込め、兎比良はリビングへと戻った。
 リビングでは双子の妹が、静かに差し込む光の中で穏やかな食事を摂っている。戻って来た『使用人さん』に微笑み、席を立つと兎比良がいつも使用をしている如雨露を手渡した。
 なぜ自分がそれを取りに来たのだと理解をしたのだろうか。小さな疑問が浮かび上がるが、仕事前の限られた時間だ。今は水やりを優先させよう。
 まずは如雨露に水を汲む。少し前までは、如雨露に水を入れることすら慎重に行い、如雨露に描かれたメモリからぶれることなどないように気を遣っていたものだ。水を与えすぎて土が腐った時にはメモリを下げ、水やりを忘れた日にはメモリを上げた。それが観葉植物に対しての一種の指針でもあったからだ。
 兎比良は良く言えば生真面目で、悪く言えば堅物な男である。その性格のお陰か、時間にだけは遅れることはなかったが、植物を育てることは苦手としていた。
 一寸の狂いも無い秒針のごとく、毎度毎度メモリを確認しては水をやっていたためか、土の調子や天気、気温や湿度によって水の量を変えるということも、感覚的な世話もしてこなかった。挙句の果てには警視庁異能捜査官という仕事上、常に多忙を極めている。多忙ゆえに、水やりを忘れることなど多々とあった。人間でいえば、食事を摂らないことが致命的であるように、植物もまた水がなければ枯れ、逆に与えすぎても致命的になるのだ。
 さあっと流れる水の音を聞きながら、兎比良は適当な所で水を止めた。メモリの確認は、もうすっかりと癖になってしまった。

 水をこぼさぬようにと慎重に玄関へと向かい、置かれたポトスに如雨露の先を添える。左腕の義手を添え、そっと鉢に水を流し込んで行くと土が湿り気を帯びる。
 砂漠に水を。人間で言うならば、炎天下の太陽の下で冷たい水を飲んだような。そんな感覚だろうか。褪せた茶色が濃く染まり、細い線が渇いた土を潤す。文字通り、生き返る。
「……このくらいでしょうか。」
 如雨露の中身はまだ残っている。しかし兎比良は、その水を全て与えることなどなく、今もそこに鎮座をしているポトスへと小さく頷いた。以前であれば如雨露の中身は全て注いでいた。それが自身の目安であり、指針であるからだ。けれども最近はそうすることも減った気がする。兎比良自身は、観葉植物の世話をすることに慣れて来たのだと最初こそ一人で納得をしていたが、双子の妹は違った。
 ある日の朝、ポトスへと水をやる『使用人さん』へと、双子の妹は穏やかな眼差しを向けたままこう告げたのだ。

『最近良いことがありましたか?』

 最初こそ、なぜそのような事を問われるのかが分からなかった。会話の途中で仕事の電話が入り、それを問う時間も、如雨露を片付ける間もなく、今の今までそのままとなっていたが、今思えば最近は仕事関係でも、それ以外でも人と接する機会が増えている。以前に比べて人との交流も増えた。
「……もしかして。」
 顔を上げた拍子に、如雨露の中では余った水が波打つ。兎比良は一度だけポトスを見つめて、すぐにリビングへと踵を返した。
 そこには、この世界特有の重たい朝の空気らしからぬ光景が広がる。カーテンの隙間から差し込むやわらかい光と、どこかの世界で見た朝特有の澄んだ空気。深呼吸をして口を開いた兎比良の後ろ姿を、湿った土に身を浸し深く呼吸をするポトスが見つめていた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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