シナリオ

屋台の湯気に誘われて

#√EDEN #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。


 吹き抜ける風は冷たく奔り、空は星を湛えて暗く遠く。日が落ちる速度が随分と早くなった冬の日に、緇・カナト(hellhound・h02325)がふらりと当て所なく街中を歩く。いや、正確に言えば目的が無いではない。体の訴えに従うならば、今足が向かうのは必然と、そう――こうして鼻先を掠める湯気を追うこと。出汁の効いた香りにふらりと通りを下っていけば、公園に程近い道端に赤提灯の屋台を見つけた。
「…こんばんは、もうやってる?」
「らっしゃい!ちょうど開けたてだ、アンタが一番客さ。」
 興味のままに声をかければ、屋台主の威勢の良い声が飛ぶ。売り物はどうやら『おでん』らしく、こんな冷え込む日には持ってこいだ。狭い三席の端を借りて座ると早速注文を促された。
「にぃちゃん初めてみる顔だな。うちはタネが日替わりなんで苦手がなけりゃこっちで適当に盛るよ。平気かい?」
「大丈夫、大体なんでも食うよ。ただ腹に溜まるのだとありがたいな。」
「なんだ腹ペコか?若い奴はそうでなきゃな!待ってな、それじゃあコレとコレに……、こんなもんか。はいお待ち!」
 ヒョヒョイと手慣れた手つきで什器から丼鉢に具材を移すと、最後は並々とつゆを注いでカナトの前にドンと置かれた。

――関西風の鰹と昆布が香る透明なつゆに盛られたのは、牛すじにたまご、大根にこんにゃくとまずは定番を押さえたもの。更に隙間には竹輪に厚揚げ、餅巾着にじゃがいも、それと…。
「コレは?」
 と、箸で持ち上げたのは何やら半円状の茶色い塊。何かを揚げたようにも見えるが、衣がまた違うようで、はてさて。
「ああ、|魚河岸揚げ《うおがしあげ》ってんだ。知らねぇかな?はんぺんと蒲鉾の間みてぇなやつよ。」
「へぇうまそ。じゃあこれから貰うよ」
 そう言って齧り付くと予想よりも柔らかく、具はあっさりと噛み切れた。なるほど、確かに食感ははんぺんより固く蒲鉾よりやわい。そして汁を吸った旨味と練り物本来の素朴な甘さが両立していて、まさにいいとこ取りと言った味わいだ。優しい風味も手伝ってあっという間に1つを平らげると、次は定番の牛すじに手を伸ばす。噛めば柔らかく蕩ける味わいは、ついつい何本でも食べれそうな気がしてしまう。大根は箸でサクっと簡単に切れて染み込みもしっかりと、たまごは半分にしてそのままとつゆ掛けをそれぞれ味わって。…どうやら当たりの店だったらしく、どのネタも細やかな細工が効いていて美味しいものばかり。所作は丁寧ながら次々と食べ進めて行くカナトの食べっぷりが気に入ったのか、店主がいそいそと何かを用意して――。
「ハイこれオマケ。数が少ないから早いもん勝ち」
「ありがとう…うわ、これは贅沢だね」
 そうして別皿で渡されたのは、大きめのスペアリブだ。持つとうっかりずるりと外れそうな柔らかさを、敢えて骨のままそうっと持ち上げ齧れば、ホロッホロに煮込まれた肉と脂身が口に広がって充足感でいっぱいになる。更に添えられた柚子胡椒をチョンと付けて頬張れば、爽やかな香りとピリリとした辛味が脂っこさがスッと絶って、また次の一口が恋しくなる。――例え空腹が完全に満ちきることがなくとも、食べるたびふわりと腹の底が温もる感覚は嫌いじゃない。なによりこうして飢えを知らずにいられる日常は、幸いの象徴と言えるだろうから。
「兄ちゃん良い食べっぷりだなァ!おかわりどうだ?」
「頂くよ、まだ食べてないネタあったら入れてくれる?」
「任せな!」
 笑顔を咲かせた店主の快活な返事に、カナトが笑って次の鉢が来るのを待つ。

 なんて事はない、ただの日常のこと。けれどこうして湯気越しに見る平穏は――好ましく思えるんだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト