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禍人形

#√EDEN #ノベル #🕯『廃墟』×『人形』

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 某国道沿いの森の中に、無人の廃墟となった古い屋敷があります。
 遠目にも分かるでしょう。黒々とした木々の間から、まるで幽霊みたいに白く浮かび上がって見えますから。ここに住んでいた人たちは、一家心中だったか強盗に押し入られたのだったか、とにかく悲惨な亡くなり方をしたそうです。
 そんな理由もあってか、たまに地元の不良が肝試しに来るそうですが、それも下火になったようですね。人の気配は全くしませんでした。
 屋敷の中には、家具や調度品も残されていました。二階のアンティークな人形など、すごく雰囲気ありましたので、良かったら行ってみてください。

 ――そんな情報が、ネットの廃墟探索仲間から寄せられたので、ルスラン・ドラグノフ(лезгинка・h05808)は真夜中のサイクリングに繰り出していた。少年がひとりでうろつくには危ない時間帯だが、彼は平然とした様子だ。
 件の廃墟は、ルスランの住んでいる所からも近かった。愛用のマウンテンバイクなら、夜間で往復できる距離だ。なので、体力に自信がないながらも懸命にペダルを漕いで、ひと気のない国道を進んでいったのだが――、
「……おっと、この辺りか」
 ブレーキをかけ、暗いカーブの脇で一息つく。そこから森へと続く道は補装されておらず、雑草が好き勝手に生い茂っていた。これでは、地元の人でも気づかないだろう。
(地元の……いや、不良はいないだろう、多分)
 そこで、ネット仲間の情報が脳裏に過ぎって、ルスランは落ち着かない様子で辺りを見回す――よし、騒ぐ声は聞こえてこないし、灯りが見えたりもしない。
(うん、変なひともいないな)
 深夜の暗がりには顔色ひとつ変えない彼だが、危なそうな人間と遭遇するのは避けたいところだった。万が一出会ったら逃げよう、何されるか分からないし。
「……ふう」
 それにしても、夏の夜は蒸し暑い。森の中は幾分涼しいかと思ったが、立ち止まっていると首筋を次々に汗が伝っていく。肌に張りついた月白色の髪を無造作に拭うと、ルスランはかろうじて自転車が通れる道を、かすかな月明かりの下進んで行く。
 ――ほどなくして目当ての廃墟にたどり着いた。まさに「幽霊みたいな」という喩えが相応しい、くすんだ白壁が目を惹く洋風の建物だ。
「……では失礼して、邪魔させて頂くぞ」
 入る際には、挨拶とノックを忘れずに。そうして彼が一歩を踏み出すと、音もなく背後に現れた一匹の黒猫が、のんびりと尾を揺らして後ろに続いた。イヴァンという名の、ルスランの使役する使い魔だ。
 落ち着いた足音が、廃墟に木霊する。ぎしぎしと音を立てる建物は、何だか笑っているようにも思えた。まるい光に浮かび上がるのは、蜘蛛の巣のかかったシャンデリアに、針が止まったままの柱時計。
「意外と、状態は保たれているようだな」
 探索の合間に、カメラのシャッター音が何度も響く。カーテンの類はぼろぼろになっていたが、テーブルなどはまだ使えそうだった。
 一階をぐるっと回ったルスランは、思う存分スマートフォンで撮影をすると、階段を上がって二階へ向かう。話では、いい感じの人形が置いてあるそうだが。
 ドアを開けると、そこは寝室だ。中央に大きなベッドが置かれていて、その傍には凝った意匠のランプもある。あまり細々としたものはないが、隅のほうに何かがあった。
「これが、話にあった人形か。……確かに雰囲気があるな」
 そこに置かれていたのは、古めかしい和人形だった。おかっぱの黒髪で着物を身に着けている。口元にうっすらと笑みを湛えた少女の人形は、髪と同じ黒色の瞳で、ルスランのほうをじっと見つめているように見えた。
 洋風の屋敷に飾られているという物珍しさもあり、さっそくカメラのレンズを向ける。しかし撮影を始めてすぐに、スマホの調子がおかしくなった。
(……?)
 妙に動作が重い。その内にカメラが反応しなくなって、画面が真っ暗になる。
 怪訝に思ったルスランが、直前に撮影した画像を呼び出してみれば、そちらの表示もおかしなことになっていた。
(データが、ぐちゃぐちゃに……?)
 廃墟を映した写真が、まるで汚染されたように黒く塗りつぶされていた。画面をスワイプすればノイズが走って、ディスプレイが意味不明の明滅を繰り返す。
 日付の表示も、得体の知れない記号が混じっておかしなことになっていた。気になって今までの画像を呼び出してみれば、そちらも同じだ。
 不自然なまでの黒、黒、黒――そうして最後、ルスランが屋敷の前で撮った写真を確かめてみると、そこにはあるはずのないものが写り込んでいた。

 扉の向こうの暗がりに、何かがぼんやりと浮かんでいる。
 黒いおかっぱ髪、真っ白な肌。古めかしい着物と、口元にうっすら湛えた笑み――、

「人形……?」

 じぃっと、ルスランのほうを見つめる黒い瞳には、底知れぬ光が宿っていた。
 そこでようやく、画面を黒く塗りつぶすものの正体に思い至る。
 人形だ。画面一杯に広がる人形の瞳が、じっとこちらを見つめているのだ。

「―――……、」
 そこでスマートフォンから顔を上げたルスランと、和人形の瞳が合った。
 途端に冷気が吹きつけて、辺りの空間が歪む気配がした。霊障か、呪的汚染の類だろうか。人形の髪が逆立って、どこからか次々に呪詛が染み出してくる――。
 イヴァンが毛を逆立てて威嚇する。しかし、ルスランはかぶりを振って、掛けた眼鏡を少しずらすと「やれやれ」といった調子で大きくため息を吐いた。
「僕は廃墟の写真を撮りたいだけだし、迷惑をかけるつもりは全くないんだが――」
 刹那、彼の青い瞳が、煮え立つような赫に変わる。
 ヴィイの呪眼――古き悪魔の呪怨を解放した少年は、その全身から膨大な魔力を迸らせつつ冷然と告げた。
「そっちがその気なら、僕も普通に反撃するから」
 ちなみに、まだ言っていなかったかも知れないが、ルスランは吸血鬼だ。ぱっと見は華奢な少年だが、その正体は実年齢不明の、不老不死の種族なのだった。
 和人形の表情が、心なしか引き攣ったように見える。とんでもない相手に手を出してしまった、と後悔しているのだろう。そうして――。


 後日、廃墟から帰ってきたルスランがSNSにアップする写真を選んでいると、ネットの友人からメッセージの着信があった。
『例の廃墟どうでした? 更新楽しみにしていますね!』
『ああ、情報提供ありがとうございます。お陰でいい写真が撮れました』
『人形も見ましたか? ビスクドールの。洋館の雰囲気とぴったりだったでしょう』
 と、人形の話題になったところで、かすかな違和感があった。ビスクドール、と言えば西洋人形のことだ。おかっぱの日本人形をそうは呼ばない。
『え……っと、人形って他にもありませんでした?』
『それだけでしたけど。えっ、ひょっとして他に何か見つけたんですか!?』
 向こうが食いついたのが分かったが、さてどう返信したものかとルスランは悩む。ついでに、これらの画像をネットに上げてもよいのかどうか。
 画像フォルダの中には、元通りになった廃墟の写真がずらりと並んでいて――その中の一枚には、申し訳なさそうな表情の和人形が、縮こまった様子で暗がりから姿を覗かせていたのだった。

 もし、廃墟で撮った写真の中に、見た覚えのない人形が写り込んでいたら――、
 その時はどうか、あなたも気をつけてください。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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