月影の森
「わぁ……!」
木々の隙間から差し込む光を反射し、きらきらと輝く水面を前に、ミモザ・ブルーミン(明朗快活な花妖精・h05534)の大きな瞳がルビーのきらめきを宿す。
時は遡ること数日前――――。
『そろそろ月影の森のプールが開放される時期ですね。』
『もうそんな時期なんだ~。』
スマホで友人たちの話を見つめながら、ミモザもまた月影の森のプールに思いを馳せる。
月影の森のプールとは「月影の森」と呼ばれる森の奥、木々の開けた場所に位置する泉のことだ。その泉は「|月泉《つきいずみ》」と呼ばれており、夜になるとやさしい月の光が差し込むことから、そう呼ばれていると聞いたことがある。
ちょっとした言い伝えも残っている程で、なんでも水の精霊たちが毎夜、星のかけらとともに水を撹拌しているのだそう。
そんな「月泉」が解放されるのがちょうどこの時期だ。普段は国によって管理をされており、立ち入る事の出来ない場所だが「月影の森のプール」としてこの一ヶ月のみ、足を踏み入れることが出来る。ミモザ自身も何度か遊びに行ったこともあるほどで、妖精の国の誰もがこの「月影の森のプール」を楽しみにしているのだ。
『今年も皆で月影の森プールに行こうよ!』
送信。すぐに既読の文字がつき、皆からの返事が届く。こうしてミモザと友人たちは「月影の森のプール」へと遊びに行くことになったのである。
「早めに来てよかったね……!」
「うん~、ミモザが早く行こうって言ってくれて良かったよ~。」
昨年は友人の一人が寝坊をしたために、大行列に並んでようやっとプールを楽しむことが出来たのだから、今年は備えあれば憂いなし。と、ミモザが早起きの提案をしたのだ。そのお陰でスムーズにプールへと向かう事が出来そうだ。
そうして冒頭へと戻る。水着へと着替えたミモザたちの目には、昨年とは違う月泉の様子が目に留まる。
昨年は家族連れでも遊びやすいようにと子供向けにカラーボールやアヒルの玩具などがふんだんに敷き詰められ、時間帯によっては宝探しといったイベントも行われていた。しかし、今年のプールはウォータースライダーがメインになっているようで、ぐるぐると螺旋を描く木々のウォータースライダーや、ウォータースライダーへと向かう為には蔦のロープを使って移動をするようになっている。カラーボールの流れるプールに大きな木のトンネル。
今年のモチーフは水の精霊のようで、蔦で作った雫や三日月のオブジェ、それから水の精霊が使用をしていると言う水汲み用の小さなバケツや傘などが目立つ。
「今年は水の精霊がモチーフなんだね!」
「あちらのウォータースライダーは、この月泉で月の光と水をまぜている時の様子を再現したのでしょうか?」
「そうかもしれないね~。」
ミモザは、螺旋のウォータースライダーを人差し指で示し、元気よく言葉を紡ぐ。
「なら、あれは一番最後に遊ぼうよ!月の光と泉の水が混ざり合う様子を再現するだなんて、すごくロマンティックだもんね!」
「「賛成!」」
ミモザの言葉に友人たちも賛成を示し、流れるプールへと向かう事にした。
昨年はカラーボールやアヒルの背に乗り、プールの上を優雅に泳ぐことが出来たが、今年は水の流れに合わせてカラーボールが流れているようだ。
「今年は流れるプールになっているんだ!」
「ボールに掴まれば、そのまま流れることが出来そうですね。」
「そうみたいだね~。私たちも遊んでみよう~」
早速と言わんばかりにカラーボールに掴まり、ミモザたちは流れに沿って泳ぐ。この泉の水は冷たく、身体に籠った熱を和らげ、更に月の光を浴びたお陰か水そのものもやわらかかさがあり、触れるだけで肌が月の光を浴びたかのように光るほど清らかでもある。
泉の水に身を浸し、木々のトンネルの下を潜り抜ける。そこは夜空の星をイメージした輝きが散りばめられ、時折さしこむ光が昼間だということを忘れさせる。幻想的な景色にミモザたちは息を飲み、星空のトンネルを抜ける。
すると次に現れたのは、上空を行き交う妖精たちだ。ターザンのごとく蔦に掴まり、プールの端から端へと向かう羽が、日の光を反射して輝いている。
妖精の羽が月の光を模しているのだろう。この流れるプールを泳いで、漸く蔦のロープで反対の岸へと向かう理由が理解出来る。
「わぁ、綺麗……。」
「妖精の羽はこんな風に輝くのですね。」
上空を見上げているといつの間にか一周していたようだ。幻想的な風景に心を躍らせたミモザたちは、名残惜しくもカラーボールから手を離し、蔦のロープの元へと向かった。このロープを使えば、螺旋のウォータースライダーの元へと向かえるらしい。
「ここ、羽が輝く所ですね。」
「そうだね~。」
「あたし達の羽も、あんな風に綺麗に輝くんだね!なんだか不思議な気分だけど、このアトラクションも楽しもう!」
三人は蔦に掴まり、板を蹴って浮遊する。普段は羽を使って飛ぶものの、勢いもあってかそれとはまた違ったスリル感があり、心臓がどくどくと脈打つ。
「わ~!」
後ろでは友人たちも楽しそうに声をあげている。そんなミモザの透明な羽が光を浴びて月色に輝く。友人たちもまた月の光の一部になったかのように煌きを増し、ウォータースライダーの前へと降り立った。
「皆の羽、輝いていたね!」
「すごく綺麗だったね~。」
「まさか月の光の一部になれる日が来るとは思ってもいませんでした。」
その足でウォータースライダーへと向かうと、係員の指示に従って浮き輪をつける。螺旋を描いているため、きちんと浮き輪を着用しないと危ないのだそう。お揃いの浮き輪を着用をすると、指示に従ってウォータースライダーへと足を踏み入れた。
瞬間、木の形に添って水が螺旋を描き、ミモザたちを勢いよく下へと運んで行く。蔦のアトラクションとは比べ物にならない程にスピード感があり、笑いと悲鳴とがまざりあった声が辺りには響いた。ミモザも笑い声をあげ、友人たちへと視線を向ける。
「楽しいね!」
振り返ると、ぎゅっと目を瞑る一人と、ミモザと同じように笑いながら叫ぶ一人が視界にうつり込む。なんて楽しいのだろう。腹の底から声をあげ、笑っていると――。
ザバン!
勢いよく水の中へと投げ出された。投げ出された拍子に浮き輪が外れ、三人ともが水の中へとダイブする。息を止めていたお陰で、水を飲みこむことはなかったが、清らかな水を被った髪の毛は、月の光を浴びた花の色彩へと変化していた。
「「「ふふふ!はははは!」」」
水面から顔を出した三人は、お互いに顔を見合わせては笑い声をあげる。誰がもう一回、と言い出したのだろうか。先走る気持ちを隠しもせずに、何度もウォータースライダーへと足を運んだのである。
夢中になっていたのだろう、気付けばいつの間にか空の色は橙色へと変わっていたようだ。あの後、木々の間に設置された店で期間限定の月影の森アイスに舌鼓を打ち、月光ソーダで喉を潤した。
「今年も楽しかったですね。」
「アイスもソーダも美味しかったね~。」
「皆、また来年も一緒に行こう!」
ミモザからの来年の提案に全員が嬉しそうに頷いた。
また来年。そんな話が出来るのも嬉しい事だ。今日の出来事を話す三人は、月の光のようにやわらかなきらめきをふんだんに含んだ髪を靡かせ、夕日の中を飛びながら帰るのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功