white dress
「うちの館で一緒に暮らすことが決まったのはいいけれど、館には私の分以外の日用品がないからね……。」
バルザダール・ベルンシュタイン(琥珀の残響・h07190)は顎髭を撫でながら下を見る。そこには、バルザダールのマントを握りしめ、周囲を見渡す継歌・うつろ(継ぎ接ぎの言の葉・h07609)の姿がある。
親と子、或いは祖父と孫。第三者がどう定義付けるのかは分からないが、少なくともどこかの誰かにはそんな風に見えるのだろう。今日も綺麗に身を整えたバルザダールと、少しだけ煤の残る服を身に纏ううつろは√EDENへと来ている。
「うつろ君の|廃墟《おうち》にも幾らか荷物はあるだろうが……。」
赤信号で立ち止まる。顎髭を撫でる手は止まらない。
「いろいろ確認はしてみたけれどやはりうつろ君用の日用品が必要だな。」
「にちようひん……?」
「ああ、うつろ君が生活を指していく上で、必要になる物だ。」
「例えば、食器や歯ブラシに……あぁ、うつろ君はお勉強もするだろうから文房具も必要かな……。」
「わたし、必要な分は、おうちにあるけれど、琥珀おじ様は、もっとあっていいよ、って……?」
指折り数え、うつろはバルザダールの瞳を見上げる。バルザダールは瞳の色に応えるかのように頷き、早速と言わんばかりに目的の場所を目指す。
「琥珀おじ様と、おかいもの……!」
√EDENは人も多い。交差点を渡るだけでも知らない誰かと身体が当たりそうになる。迷子にならぬようにとバルザダールのマントを握りしめたままのうつろは、周囲に花でも飛んでいるかのような柔らかい空気を纏い、軽やかな足取りでバルザダールの隣を歩む。そんなうつろの空気に気付いてか、バルザダールもつられるようにして微笑み、うつろが誰かとぶつからぬようにとさり気なく人を避けながら目的の場所へと向かった。
生活に必要な物を揃えるには、大型ショッピングモールが手っ取り早い。この店舗は一階から四階まで充実しており、一階は食料品や食遊館と親子連れをメインにしたフロア。二階はメンズやレディース服、子供服などが豊富に取り揃えられており、三階はゲームセンターに映画館等の娯楽が中心となっている。四階はと言うと、音楽ショップや本屋、日用品がメインのフロアとなっており、今回二人が目指すのは四階のフロアになる。
さすがは休日と言った所だろうか。エレベーターに乗るだけでも並んでしまうようで、いざ乗り込むと人に挟まれて少しだけ息苦しい。
うつろはバルザダールのマントを握りしめたまま、ガラス張りのエレベーターから外の景色を見る。√汎神解剖機関とは違い、明るい景色に人々。下を覗けば、前を向いた人たちが軽やかな足取りで横断歩道を渡っている。
「……わぁ。」
人が沢山いることを忘れていた。うつろは慌てて自らの口を塞ぐと、隣に並ぶバルザダールと視線が重なった。優しく緩められた眦をとらえると、照れ臭そうにうつろも笑い返した。
そうこうしているとエレベーターは四階に着いたらしい。エレベーターから降りて真っ先に向かったのは家具の展示されている店舗だ。
「あれもこれもと思い浮かびはするのだけど……。」
「私の好みよりうつろ君の好みを優先しないとね……気に入った物があったら教えておくれ。」
とは言ったが、ベッドや勉強机はさすがにうつろは選べないだろう。自身ですら悩んでしまう代物だ。見慣れぬ家具たちに戸惑いの表情を見せるうつろへと、バルザダールは視線を合わせては優しく言葉を告げる。
「大きな買い物自体が慣れていないから少し困ってしまっているね。」
「色々、あるから……えらぶの、むずかしいね。」
「そうだね……私の好みになってしまうが代わりに幾つか選んであげよう。気に入った物が見つかったらまた買い替えても構わないしね。」
「あ、うん、琥珀おじ様にえらんでほし……。」
「もちろんだよ。ベッドや勉強机は私が選んでおこう。代わりに、うつろ君は他の物を見ておいで。」
バルザダールの館に合い、なおかつうつろにも合いそうな物をバルザダールが見繕い、注文をしておく。その間にうつろはディスプレイされたうさぎのぬいぐるみとにらめっこをしていたらしい。バルザダールがうつろの元に戻るやいなや、うつろはうさぎのぬいぐるみに名残惜しそうな視線を向けている。
「うつろ君。その子はベッドに置こうか。」
うつろの表情が一気に明るく染まる。持って来たカゴの中にうさぎのぬいぐるみが一つ。
「それからうつろ君に必要な物は……ああ、そうだ。うつろ君専用のマグカップも必要だね。それから夏場には水筒がいる。あとは弁当箱に、カトラリーの類もうつろ君用に新調をして……。」
「マグカップ、すいとう……おべんとう、琥珀おじ様?」
「レディならば身だしなみにも気を遣いたい所だよ。」
「それも、あった方がいいなら……?」
これも、あれも。ああ、こっちも必要だと、バルザダールは目に留まる物を片っ端からカゴの中へと詰め込んで行く。キャラクター物の弁当箱よりも、音符の描かれたかわいらしい弁当箱を。カトラリーの類もバルザダールの館にある物よりも小さくて使いやすい物を。うつろの手のサイズに馴染むようにと自らの手と見比べてはカゴに入れていると、いつの間にか一杯になっていたらしい。
「あれ?えっと、えと、琥珀おじ様?カゴの中、山みたいになってるよ……こんなに、いるの?」
「まだまだ足りないようつろ君。」
「えっ……まだまだ……カゴ、ふえるの?」
二つ目のカゴを持って来たバルザダールは身だしなみを整えるためにとヘアゴムやピンなどの小物を片っ端から入れて行く。それに加えて、お菓子やちょっとした玩具も入れて行くものだから、うつろの瞳に困惑の色が浮かび始める。
「これって、わたしが、みにまりすと?だったのかな……?」
小さく零した所で、漸くバルザダールは見繕い終わったらしい。やりきった表情でうつろを見下ろした。
「さて――おっと、いけない。大切なことを忘れる所だった。」
「えっと……琥珀おじ様?」
「うつろ君。これは一旦預かってもらって、下のフロアに行かないかい?」
「琥珀おじ様、あそぶの?」
「行ってからのお楽しみだよ。」
うつろの瞳へウィンクを投げる。二人は購入予定のそれらを、一度預けるとそのまま下の階へと降りることにした。
バルザダールのマントを握りしめたまま、うつろは慣れぬ景色に瞳を左右に動かす。ディスプレイをされた服はいわゆる大人サイズで、今のうつろにはとてもじゃないが大きい。それらを横目に、バルザダールは目的の場所へと足を進める。
「さあ、うつろ君。どれでも君の好きな服を選ぶんだ。」
「好きな、服を……?」
「そうだよ。」
そこは、うつろのような年頃の子が選ぶ店だろう。ディスプレイされた服は、先程までの大人サイズなどではなく、うつろにもぴったりのものばかりだ。丁度良いタイミングだったのか店内には客はおらず、じっくりと見ることが出来そうではあるが、いざ好きな物と言われても悩んでしまう。
「ええっと……。」
おずおずと店の中に足を踏み入れ、うつろは控えめに服へと手を伸ばす。
「琥珀おじ様は……どんな服が、好き…?」
うつろからの言葉に、バルザダールは瞬きを繰り返す。
「服……気付いたら、やぶれていたり、よごれていたりする、から……。」
「琥珀おじ様が……すきな服は、よごしたくない……。」
やわらかい言葉がぽつぽつと落とされる。今着ているそれも、先の戦いで煤が付着してしまったのだ。バルザダールとうつろが共に生活をするきっかけとなった戦場でも、うつろは服を一着駄目にしている。だからこそ、バルザダールが選んでも良いと言った服だけは、汚したくない。
「うつろ君。君の好きな物を、好きなだけ選んで良いんだよ。服は沢山あっても困らないからね。」
うつろは首を横に振る。
「たいせつに、したい、から……。」
そんなうつろの言葉に、バルザダールは顎髭を撫でた。沢山の服よりも大切な一着が良いと少女が告げたのだ。それならば、少女の意思を尊重したい。
「そうだね……。これとか、うつろ君に似合うんじゃないかな?」
バルザダールの持つそれは、白いワンピースと麦わら帽子。胸元のレースが上品な一着は子供っぽすぎず、けれども年相応の一着だ。これからの夏にぴったりな色が夏空の下ではきっと眩く光るのだろう。うつろは両手を伸ばし、彼の選んだ一着を大切に抱きしめる。
「……うん、これにする。琥珀おじ様、ありがとう。」
「どういたしまして。さて、会計をしよう。」
「あっ、お金。わたしも、持ってるよ……!?」
「お金?それなら私が出すから大丈夫だよ。」
先程預けて来た物も含めて、全部バルザダールが支払うと言うのだ。うつろは目を白黒とさせ、思わず周囲を見渡していた。うつろのそんな様子を眺めていたバルザダールは、微笑みを携えたまま、うつろに視線を合わせる。いつもの、優しい声色。うつろを落ち着かせるかのような、そんな響きを持っている。
「うつろ君の引っ越しのお祝いだ受け取ってくれるかな?」
「お引っ越しのおいわい?それなら、おサイフは、しまった方がいいかな……?」
瞬きを繰り返したうつろに、バルザダールは小さく頷く。大切な一着は、店の店員によって大切に包装され、うつろの手の中へと渡される。
それからは、預けて来た生活用品たちを受け取り、大きな大きな袋をバルザダールが抱えた。彼の顔が隠れてしまう程に沢山の荷物を購入したが、これもまた良い思い出だと笑える日が来るはずだ。
すっかりと顔の隠れてしまったバルザダールのマントをうつろが引く。荷物の隙間から、バルザダールの顔が覗く。
「琥珀おじ様、ありがとう。」
本日二度目のありがとうは、夕日に照らされたうつろの顔を、やわらかく包み込んでいた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功