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清夏の月涼し

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #夏休み2025 #星月

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 それはある日の昼下がりだった。
 昼間からバイト先は営業しているもので、和田・辰巳も例外ではなく『夏休みのバイト生活』を満喫していた。
 其処に、辰巳の先輩にあたる|執事《バトラー》の四之宮・榴が「1人では、荷物の運搬に困る為、協力して欲しい」と珍しく|人《辰巳》を頼ったことに起因する。
 買い物は√妖怪百鬼夜行の商店街で終わるものらしく、あくまでも「用事がないなら~」とか「無理と謂う訳ではないので~」と謂う、定番の枕詞が付いていた。
 辰巳は何時のも榴の物謂いとは何か違う|歯切れの悪さ《・・・・・・》を感じたが、特に用という用事はない為に快諾したのだった。
 ――結論から謂うと、紆余曲折あって温泉のペアチケットが当選した。

 少し時は遡る。
 2人が肩を並べて歩く姿は、一見したら執事服の美少年達が寄り添い、仲良く買い出しをしている様子に他ならなく、人混みの多い商店街にも関わらず、何故か2人の周りには薄い膜でもあるかの如く隙間に人が1人は入れる程度にはしっかり隙間が空いて、遠目から2人を生暖かく見守る者達がいる位ではあった。
「四之宮さん、次は何処ですか?」
「……後は、補充する類の物、ですね」
 後ろから見れば、細身だが片目を隠した中性的な雰囲気の男性にも見えなくもない体形である榴と、少年っぽさが抜けない可愛らしさのある辰巳が、真剣に話し合ってる姿は、|色んな意味で《・・・・・》一部の人々を救ったかもしれない。
 前から見ても違う意味で、違う世界の扉を開けているのかもしれないが――。
 実際に頼まれた商品は、榴だけでも十分持てる余裕がある物ばかりだったし、其処までがさばる物でもなかった。数点のお店を周り、荷物持ちにしては余裕がある買い物をする度に何故か配られるガラポン籤の回数券。複数の店舗で買い物した為、結果的に1回は引ける程には集まった2人は、最後に! と、籤引きの場所まで向かい、何方が引くかで些か揉めたのだが、何故か後ろから黄色い悲鳴と応援が飛ぶ状態に、気恥しくなった榴が取っ手を掴み、それこそ適当に引いたのだ。
 やっと帰れると思った2人の思惑をぶち壊すように、空気を引き裂く如くハンドベルの音が、勢いよく鳴り響き「カランッ! カラン!」と、2人の耳を破壊する勢いで振り回される。
「おめでとーございますー!! 特賞の温泉ペアチケットです!!」
 辰巳は、榴の引きを我が事のように喜び、
「おめでとうございます、四之宮さん!」
 特賞を当てた榴自体は、この世の終わりのような顔をしていた。
「――和田様に、差し上げます。」
 間髪入れずに榴は辞退する。はっきりそう謂い切ってる榴の目のハイライトは無くなり、何処か遠くを見つめて、踵を返して店に帰ろうとする。
 そんな後を急いで追おうとするも、当たった特賞の説明を聞くまで返してくれない勢いの職員さん。心配しつつも榴の姿を視界に入れるが、一定以上の距離でピタリッと止まった。まるで辰巳を待っているように、此の距離が縮まるまで絶対に榴は動かなかった。それを不思議に思った辰巳ではあるが、きっと気を利かせてくれてるのだろうと、前向きに捉えたのだ。
 何とか店に帰宅した後、この|籤の景品《チケット》も、一応は店の|備品《・・》に入ると思った2人は、莫迦正直に店の責任者こと店長にその旨を聞くのだが――聞いた双方の反応は全く正反対だった。
「え!? いいんですか! やりましたね、四之宮さん。」
 ――と、上機嫌なのが辰巳であり、
「……ぇっ? ……ご使用したい方が、使ってください。
 ……少なくとも……僕は、要らないです。」
 ――と、不機嫌感MAXな榴だった。
 店長が謂ったのは、当選させた2人に使用権利があり、|頑張っている《面白そう、だ》から遊びにいっていいとのことだったのだが――。

 ――現在、√は同じ妖怪百鬼夜行の某温泉が有名な観光地にて。
「四之宮さん、やっぱり賑わってますねー」
 話を振られた榴は、ハイライトの一切にない瞳で遠い目をしている。
 流石に、人混みに酔ったのかと心配して思わず、榴の顔を覗き込むように見つめるが、限りなく真っ青な顔をしている。
「……あの、大丈夫ですか、四之宮さん?」
 我に返ったように、榴は辰巳を見つめてコクンと頷いて完璧に作られた笑みを浮かべた。
「……和田様、何処か……行きたい場所は、御座いますか?」
 ――何時からだろう。
 辰巳には、榴の作った表情に見分けがつくようになったのは。
 |彼女《榴》の中に居る別の人格が榴を演じても、それは榴じゃないと分かる様になったのは。
 四之宮さんと呼ぶより、その名を、――榴と、呼んでみたいと思ったことは。
 自分に気を使って何でもない顔を続けることの疑問を聴きたい。聞き出したい。そんな衝動が湧いては消えていく。
「あー。 あの名物のソフトクリームとかどうですか?
 四之宮さん、体調悪いみたいですし、其処の木陰にあるベンチにでも座っていてくださいよ」
 謂った後に「しまった!」と気が付くのだった。榴が、食事を極力しないと謂う事を。舞い上がってしまっていたのは、事実だが、相手に嫌がらせをするつもりはないのだから。
 ――だが、榴は辰巳に謂われた通り、木陰のベンチへ座りに行った。
 少し緊張気味だった辰巳は、安堵に似た息が肺の外に出ていくのを感じる。
 本当に体調が悪いだけかもしれない。適度なタイミングで旅館に行った方が休めるだろうか?
 そんな思考を巡らしていると後ろから肩に触れられる。
「……詰めないと、列が乱れますよ。」
 それは、間違いなく榴の声だった。さっきまでベンチに座っていたのは確認してた。何故、自分の後ろから、しかも当たり前のように声をかけるのだろうか!?
 心臓が、2つの意味で激しく脈動する。恐怖と疑問。
 辰巳は、後ろの方に軽く頭を下げると、前に詰めて自分達の番が来るのを、やや後ろから一緒に移動する榴を気にしながら進んで行った。
 スムーズに進む列は、程なくして自分達の番となり、注文したのはご当地グルメのシンプルなソフトクリームを2つ。無論、悪意なくそう注文した辰巳は、出来上がるまでの時間でチラリッと背後の榴の様子を窺うが、榴は相変わらず『心、此処に在らず』の状態の儘、ハイライトの無い視線で周りの様子を呆然と見つめている。此れを食べたら、早々に旅館に向かった方がいいかもしれないと、改めて思うのだが、その横顔に思わず見惚れてしまう。店員さんに何度か呼ばれて、榴が振り返ろうとするのに合わせて、慌ててソフトクリームを受け取って片方を榴に手渡そうとした。その行為は拒絶されるかもしれないと、心の何処かで諦めていたのだが、榴は辰巳の手からそれを受け取った。拒絶や迷いもなく、当たり前のように。その自然さが逆に辰巳の意識を向けさせてしまう。
「……和田様、其処に立ち止まっては……邪魔になって、しまいます。」
 受け取られた手が、触れた細く長い指が、榴の常人よりもやや低い冷たい指先を意識してしまう。少しずつじわじわと麻痺するように――。
「――和田様!」
 袖を掴まれ、引っ張るように移動を促され、呼び掛けられるまで、その感触の虜であった。不思議そうに覗き込まれる琥珀色の双眸が、色合いからか子猫のように見える。
「ご、御免。四之宮さん」
 別に怒られても、責められてもいる訳ではない。――唯の注意だ。注意なのだが、榴に失望されてしまったような、そんな気分になってしまう。思わず謝ってしまったのだって、そんな心の現れだった。
「……いいえ。……次に、行かれたい場所は……ありますか?」
 子猫のような双眸は、無表情に先を促した。辰巳の答えを待ってる間、榴は受け取ったソフトクリームを舐めているのだが、辰巳は榴が食を、物を食す行為に、榴の舌がソフトクリームを舐め取り口に運ぶ、その一連の仕草に釘づけとなってしまい言葉が何時まで経っても返ってこない。
「……和田様?」
 小首を傾げて覗き込んでくる。辰巳はその無垢な眼差しに酷く背徳感と罪悪感で心中を埋め尽くし、手に持っていたソフトクリームを急ぐ様に食べて、正に『アイスクリーム頭痛』に襲われるのだ。「イタタッ」と唸る様に小さく呟き、榴の空いている手を素早く取って、なるべく榴の顔を見ない様に旅館に向かおうとするのだが、榴の心配と抗議の視線は背中にグサグサと刺さっていく。――それを出来るだけ無視をして進むのだった。

 特賞で当たった旅館は、かなり高級老舗旅館のようで、特賞で案内された『温泉露天風呂付き離れ』だ。
 2人には広すぎるような古民家調の離れであり、本館の旅館とは緑で遮られ、本館に居るであろう人々の喧噪を感じさせない作りであった。
 この旅館は、出入り口の近くで滞在中の浴衣を貸出をしており、2人も各々が好きな浴衣を手に取っていた。
 離れについた2人ではあったが、終始無言である。多少の会話は確かにあった。それこそ互いの意識を確認するような、そんな事務的な遣り取りである。可愛らしいとか朗らかと全く無縁で其処には一切の感情は無く、淡々と行われた会話と謂うよりはAI対応と思うわせるようなモノだった。
 因みに、榴の食事は辰巳が気を利かせて「僕の連れは、小食なので本来の1人分を半分でお願いします」と既に周知済みだ。――辰巳は知っている。1人での食事は味気ないことを。折角、向かいに相手が居るのだ。例え何も食べないとしても……。
 ほぼ2人には会話のない為、重い時間だけが刻々と過ぎて行く。ご当地の肉や野菜、魚がふんだんに使われた食事も大変美味ではあったが、ほぼ会話がなく終わる。
 決して辰巳が会話をしないのではない。榴がただ相槌しか打たないのだ。普段の営業中ですら、寡黙な榴は多少なりとお客様と話が盛り上がっているのを辰巳は知ってる。――と謂うことは、意図して会話を膨らませるのを拒んでると考えるのが自然だろう。やっぱり、嫌われているのかもしれない。――と、一抹の不安が鎌首を擡げる。そんな不安を脳から追い出すように露天風呂に入ってくると榴に辰巳は告げた。榴の反応はそれは素っ気ない物で「……はい。」だった。
 これ以上、|此の《・・》気分で居たくない辰巳は、それには何も答えずに庭の露天風呂に脚を向けたのだった。
 露天風呂の少しだけ離れた更衣室のような物が用意されて、見せないと謂う小さな配慮もされている。流石、老舗の旅館と感心しながら更衣室に辰巳が入ると不自然な気配の動きを察してしまう。今、自分が閉めた扉の向こうから|何か《・・》の気配がする。そう、この扉1枚向こうに|何か《・・》が確かにいるのだ。榴は、部屋から出るはずはないし、まず男性の入浴を覗くような趣味はないだろう。――では、この|気配《・・》はなんだろう。|ナニモノ《・・・・》なのだろうか。
 好奇心と恐怖心は、同居するらしく意を決して扉を開けると、其処には|榴《・》がいるではないか!
「なんでいるんですか!?」
 思わず叫ぶ辰巳だが、榴だったことに安心して榴に抱き付いてしまう。
「―――」
 榴は吃驚してはいるが、小さく囁いた。耳元に届かない言葉をもう一度謂って欲しいとお願いすると、
「――簒奪者が、くるから。」
 辰巳の頭の上に「???」が浮かぶが、
「良く分かりませんが、どうせなら一緒に入りませんか?」
 ――と、思わず誘ってしまった。事情は、入浴中にでも聞けばいいのだ。
 榴は吃驚した顔をして目を白黒させる。「……準備を、させて……」と僅かに紅潮した頬や耳が見える。一旦、部屋に2人で戻り、用意をして再び更衣室に入り、それぞれタオルで隠しながら露天風呂の淵で身を清めていく。
 隣同士にいるのだから、少し視線を向けるだけで榴が見える。
 病的と謂っても過言でない白い肌は、今や湯を浴びて少しピンク色に染まり、何時も一房だけ長い髪を結ってうなじが露わになっている。瘦躯な肢体はしっかり柔らかそうな筋肉がついており、その身体に不釣り合いな胸部が特にたわわに実っている。現在はタオルで隠されているが――。
 榴から映る辰巳は、健康的な肌に冥色の瞳は希望と謂う輝きに満ちた|少年《幼さ残る顔》と|青年《立派な精神を持つ》の中間のような未成熟な身体を持ち合わせ、少し危うさの残る線の細さを持ちながら、逞しい肉付きをしてる男性であった。

 ――――――ぴちゃん。

 露天風呂からの景色は、絶景と謂う言葉がこれ以上なく似合うモノだった。
 互いに湯に浸かるのだが、視線は何方ともなく外してしまう。礼儀としては勿論タオルはつけてはいけないのが原因ではあるのだが――。
 湯に浸かり、榴の重い口が開いた。
「……僕は、記憶にあるだけで……襲われる半生、なのです。」
 チラリと視線が辰巳の顔を見つめた気がする。しかし、淡々と口調を変えず遠い目をして、そうハイライトのない此処に来るまでに何度か見た瞳だった。
「……僕が襲われる行為には、ルールが……存在します。
 ……僕の傍……いえ、一定距離に、沢山の人々がいる場所での……能力者の有無、です。」
「有無?」
「……はい。……1人でも、居れば……簒奪者は、現れません。
 ――ですが、僕1人でしたら……|簒奪者《彼ら》は、一般人を無視して……構わず、襲ってきます。」
 そう謂うと榴は双眸と口を閉じてしまった。それが四之宮・榴自身の生き方であり、在り方であると謂わんばかりに。辰巳は湯に浸かっている自身の手をそっと榴の手の上へと重ねるように握る。吃驚したように琥珀色の双眸は開かれて見つめられる。
「今度から、|僕《・》が一緒に居ます。
 だから、もう怖い思いはしませんよ。」
 やっと辰巳の中で全てが腑に落ちた。榴の奇妙な行動の数々の理由は、今聞いた話に起因するのだろう。――嫌われている訳ではないことに、心底安堵する。
「……何故、一緒、なのですか?」
 少しがっかりする返答だった。榴は他人の機微にはそれなりに鋭いのに、自分の事に限ってかなり鈍いのだ。それは何となく分っていた辰巳ではあったのだが、まさか自身が体験することになるとは思っていなかった。
「四之宮さん。……いえ、榴。」
「……はい?」
 榴は名を呼ばれて真っ直ぐに辰巳の顔を見つめて、辰巳も同様に柘榴を真剣に見つめている。
「僕は、榴のことが好きです。」
 謂われた榴は目を白黒させて、何度も瞬きを繰り返して、謂われてる言葉を理解したのか、頬が徐々に朱に染まり、視線を泳がせて、とうとう顔を背けてしまう。その仕草がとても可愛らしいと思ってしまう辰巳である。
「湯に当たってしまう前にでましょうか」
 返事を聞く前に、榴を連れ互いが選んだ浴衣に袖を通して部屋に戻るのだった。
 まだ時間はあるのだ。そう終夜までは――。
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