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夢枕こやさん、大いに愚痴る。

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「星詠み? √能力者? そんな世のため人のために力を使おうなんて御立派なモノであるわけないだろ、この夢枕こやさんが」
 アルコールが入っているのか、それともシラフでそんな調子なのか、酒焼けした感じのガラガラ声で、幽霊の心霊テロリスト × 御伽使い夢枕・こや (こっくりさん・レベル10 女)が不機嫌そうに言い放つ。その外見は、どこかの学校の女子制服を着た二足歩行の狐と言うか、人と狐の中間体というか。とはいえ、その気配に動物的なところはそれほど濃くなく、狐精というわけでもないようだ。
「まあ、今の名前になる前の話だけど、こちとら歴とした大悪霊だったんだよ。祟り殺した相手の数も、自慢じゃないがいちいち覚えちゃいないぐらいの数だったんだ。……ボケて忘れちまったわけじゃないよ! そのぐらい多かったんだ!」
 聞いている誰か……影になっていてはっきりしない……からツッコミが入ったわけでもないのに、こやは少々ムキになって言い募る。
「まあ、あの頃は、数を覚えるどころか、相手をロクに見もせずに無雑作に殺してたのは認めるよ。なにしろ力が余ってたからねえ。不用意に呼び出したから、殺す。不用意に触れたから、殺す。不用意に近づいたから、殺す。もちろん、呼び出した奴に誰かを殺してほしいと懇願されて、事情も聞かずに気軽に殺したこともあるけどね。たいてい、願いがかなって喜んでる奴を「お前も死にな」といって殺してたね。ただ「あいつを殺していただけたなら、私の命など喜んで差し上げます」とか本気でほざく奴は、逆に殺す気になれなくて生かしておいたこともある。そういえば、本気で死にたがってるとわかった奴を殺したことはないね。人を喜ばせるのは昔から大嫌いなんだよ」
 ぬか喜びしている奴に今からお前を殺すと言って、絶望に落ちたところを殺すのは大好きなんだけどね、と、こやはフンっと鼻を鳴らす。
「今は、ずいぶん力を失っちまったから、誰彼構わず殺すほどの余裕はないさ。これからすべてが思い通りになるはずなのに、なぜ今ここで死ななきゃならない、死ぬのは嫌だ、死にたくないと泣き喚く奴を厳選して殺す。そうでなきゃ、力を使う意味がない。……ところが、最近はいないんだよ、そういう奴が」
 ますます不機嫌そうに、こやは言い放つ。
「どいつもこいつも、たとえ楽しそうにしていても、嫌なこと、不安なことを無理矢理忘れて刹那を楽しんでるような奴ばかり。この先良くなるなんて、誰も心底じゃ思っちゃいない。こちとらが封印されて力を失ってる間に、ずいぶん世の中悪くなっちまったんじゃないのかい?」
 まったく、世を恐れさせていた大悪霊がいなくなって皆が喜んで浮かれてるってんなら復讐の仕甲斐もあるけど、これじゃ話にならないよ、と、こやは苦い口調で唸る。
「こちとらを封印した奴、若い女のくせして腕利きの霊能者だったんだが、功名手柄をあげて世の中からちやほやされて我が世の春を楽しんでるのかと思ったら、こちとらを封印した後に別の悪霊と相討ちになって昏睡状態のまま目覚めくなってやがんの。バカバカしい。病院まで行ってはみたけど、手を出す気にもなれなかったね。だいたい、相討ちってのがけしからんじゃないか。あいつを倒した奴が健在なら、人の獲物を横取りしたと難癖つけることもできるのに、片や昏睡状態で眠りっぱなし、片やどこにどうやって封印されたかもわからないんじゃ、憤懣の持って行きどころがありゃしない」
 そう言うと、こやは再びフンと鼻を鳴らす。
「まあ、あいつだって消耗し尽くして昏睡状態なだけで死んだわけじゃない。いつかは回復して目覚めるだろうから、その時こそはオトシマエをつけてやるけどさ……だけど、面倒くさいことに、あいつを恨んでる怪異は実のところ山程いるんだよなあ。うっかりしてると、そいつらにちょっかい出されてあいつを本当に殺されちまう。一応の守護はかかってるけど、ちょっくら力のある怪異が手出ししてきたらひとたまりもない……おかげで、あいつがむざむざそこらの怪異に殺されないようにするために、星詠みの真似なんぞする羽目になっちまった。今じゃ、何の因果か、あいつがこちとらのAnkerってことになってる。ああ、どこまで忌々しいんだ。目覚めた時には絶対に目にもの見せてやるぞ、菊地さやか!」
 があっ、と、こやはいきなり狐顔の口を大きく開き、牙を剥き出して激しく吠えたが、すぐにいったん口をつぐむ。そしてまた不機嫌そうな態度に戻って言葉を継ぐ。
「それにしても、星詠みだの√能力者だのは、酔狂な奴らだね。なんだか、世界がいくつも重なっていて、いちばん美味しいところへ皆ががっつんがっつん食いついてるんだって? こちとらが元いた世界と今いる世界が同じなんだか違うんだか、さっぱりわからないが、昏睡している菊地さやかの奴がいるのは、いちばん美味しくて四方八方から狙われてるというこの世界だけらしい。ならば、こちとらは奴が起きてくるまでこの世界を守るしかない。面倒くさいけど仕方がない。……だけどさ、星詠みとか√能力者とか、どー見ても世界を揺るがすほどじゃない小さなトラブルにまで、どいつもこいつも片っ端から首突っ込んでるのはどーしてなんだ? 暇なのか? 人がいいのか? それが仕事なのか? ちっちっち、こちとら人助けして人に喜ばれるなんぞはゴメンだね。元とはいえ、大悪霊のするこっちゃない。菊地さやかの命が危ないって話か、さもなきゃ、これからは俺の天下だと思い上がってる奴を絶望させて殺すか、それ以外は何もするつもりはないよ」
 やたらに無駄遣いできるほど力はないんだ、せいぜい不吉な占いを伝えて相手を怯えさせるぐらいだね、と、こやはまたしても鼻を鳴らす。
「だけどねえ……話は戻るけど、この世界がいちばん美味しいってのはホントなのかね? それなら、もっと誰も彼も浮かれててもいいんじゃないか? それとも、あの世界は美味しいと四方八方から狙われていることを無意識に感じて、怯えているのかね? だとすると、いちばん思い上がっているのは、いちばん美味しい世界に食いつけたと喜んでいる他の世界の捕食者……星詠みや√能力者が言う「簒奪者」って連中なのかね? そして「簒奪者」を倒して潜在不安を消さない限り、この世界の連中は、未来に期待をして幸福に浸るなんてことはできないのかね?」
 あああ、面倒くさい、面倒くさい、と、こやは首を左右にふるふると振る。
「なんか、もう、考えを巡らせれば巡らせるほど辛気臭い話になっていくような気がするね。昔のように何も考えずに気ままにそこらじゅうを祟り殺すことができれば、どれだけ楽か……でも、そんなことやってたら、また封印されるのがオチか」
 なんせ、眠れるAnker菊地さやかを守るために、星詠みや√能力者にコネ作っちゃったからね、と、こやは溜息をつく。今更、大悪霊時代のように凶猛な祟りで大量殺人をしでかそうものなら、たいした力もない現状ではあっさり闇堕ち認定され、冗談抜きで封印なり討伐されるのがオチだろう。
「そんなのはゴメンだけど……でも、力の無駄遣いもしたくない。人助けなんか、もっとしたくない……そうすると、しばらくは「占いに、こんなん出ました」「空の星見てたら、こんなん見えました」「夢で、こんなん感じちゃいました」とか言って、お人好しの√能力者連中を奔走させて「簒奪者」をやっつけてもらうしかないかね?」
 迂遠の極みではあるけれど、急いで何がどうなるわけもなし、とりあえずは、それでいってみっかー、と、こやは溜息混じりに唸る。そして、しかしどこか吹っ切れたように大きく伸びをする。
「…まあ、こんな決断しても、明日になったらあいつがいきなり目を覚ましてオトシマエつける羽目になるかもしれないし。人生、明日のことは、わからない。わからない……さすがに、自分に深く関わる未来は占えないからね」
 ホントにハンパな力だよ、と、こやは毒づく。とはいっても、強大な力を持っていた頃に戻りたいのかというと、実はそういうわけでもない。大悪霊だった頃、こやは自分の力を持て余し、力がもたらす衝動に振り回されていた。本当に祟りたくて祟っていたのか、殺したくて殺していたのかどうかも、今になってはわからない。
(「……今は少なくとも、本当にやりたくないと思うことは何もやっていない。仕方ないと思うことはあっても、やりたいと思うことだけをやっている。そう……これは口が裂けても誰にも言えないけど、菊地さやかに封印されて大きすぎる力と衝動を失った代償に、夢枕こやは新しい名前と自由と判断力を得たのかもしれない」)
 単に頭が冷えただけかもしれないけどね、と、こやは言葉には出さずに呟く。
「さて、話はこんなもんでいいのかね?」
 こやが訊ねると、一言も口をはさむことなく彼女の話を聞いていた誰かは、無言のまま深々と頭を下げ、静かに席を立った。そしてこやは、小さく首をかしげて呟く。
「あれ? 今のはいったい誰だったのかね?」
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