夏はまるっと猫歩き
√EDENの路地の角をひとつ曲がる。
いつも同じところで√が繋がっているのではないから、√妖怪百鬼夜行に入ると道を見失いがちだ。
|茶治・レモン《さじ🍋れもん》(魔女代行・h00071)は檸檬色の瞳でぐるりと周囲を見渡して。
「あ、たぶんあちらですね」
見知った建物を頼りに方角を突き止めると、メモを片手に目的の家へと向かった。
お届けの品は手織り絽つづれの八寸帯。
「まあ、ほんとうに存在していたなんて」
あだっぽい目元の妖怪が、嬉しそうに両手で帯を掬いあげた。
この季節にぴったりの涼しげな帯だけれど、大鍋堂が扱うのだからむろん普通の帯ではない。
風奏の帯と呼ばれるその帯は、締めれば心地よい風が吹き、帯を締めた者の動きにあわせた音色を遠くまで運ぶという。優雅な身ごなしの彼女が締めたなら、どれほど雅な音がすることか。
「どこで手に入れたの?」
「実は、とても目につくところに置いてあったのです」
店にあるものはある程度把握しているつもりだったのに、ふと目をやったところにこの帯を発見したときにいは驚いた。
こんなものがあっただろうか。まったく記憶にないのに、これ見よがしにぽんと棚に置かれていたのだ。
「きっと帯もここに届けてほしかったのでしょう」
レモンがそう言うと、彼女は花咲くように笑った。
「さて、配達も終わりましたが……」
お届け物がうまくいった日は心も浮き立つ。今日はこのあと、特に約束なども入っていないことだし、折角だからこの辺りを散策して行こうか。
「満丸、少し寄り道をしていきましょう。落ちないように気を付けて」
帽子の上にまあるく乗っている満丸へと声をかけて、レモンは√EDENへ戻る角を通り過ぎた。
「この辺りは初めて来ましたね」
お洒落で、それでいて遊び心のある佇まいの店が左右に軒を連ねる商店街。
どこから行こうか、とても悩ましく。
レモンは店の中を覗き込みながら、うろうろと。
そんなところに店先から手が伸びて、
「こんな暑い日にゃ、これが欲しくなるだろう?」
くるり、と目の前で回されたものは……、
「日傘、ですか?」
バテンレースのパゴダ傘。上品な透け感もさることながら、レモンの目を捉えたのは別の箇所。
傘の持ち手がまるで、くいっとこちらを招く猫の手のようで。
「いいだろう。こうして傘をさして、もう片手で取っ手を、こう……」
店主は傘をさし、もう片方の手を持ち手の猫の手と絡めてみせる。
「ほうら、見てごらん。レースの模様の中に猫が隠れているのが見えるだろう?」
店主の指先が、傘のレースをなぞり、そこに猫の形を示す。
「猫の日傘なのですね」
「そう。けど、この傘の不思議は別のところにある」
言いながら店主は、ぐるりと傘の表裏をレモンに見せた。
「なんにもついてないだろう? なのにこの傘をさして歩いていると、どこからかちりんちりんと鈴の音が聞こえてくるんだ。で、ついた名前が『猫鈴傘』、ってね」
暑い夏のお出かけに、鈴の音が涼感を運んでくれる。
「実際、鈴の音がすると、なんだかひんやりするんだよねぇ」
店主はそう笑った。
「日傘は良いかもしれませんね……」
レモンはふむと考える。
満丸はレモンの頭の上がお気に入り。普段は良いけれど、炎天下を歩くときなどは日差しが暑くないか心配で。
この傘なら、満丸に日陰を提供できそうだ。
「うちには他にも良い猫物があるよ。入荷したばかりの『猫雲クッション』に、全身を埋めてみたくはないかい?」
「猫雲?」
「持ち帰るには大きすぎるかもしれないけどね。ふんわり柔らかいのに、ちゃあんと猫の形を保ってくれるから、どーんと身を預けるとまるで」
「猫に全身を抱きしめられているような?」
「そうそう。あの柔らかさが絶妙でね」
商売上手の店主は、まるで猫を撫でるような手つきでクッションの柔らかさを語る。
「人をダメにすると言われているけど、まあ、それくらいたまらない感触だということだよ」
「おお……」
店主の語り口調もあって、心が惹きつけられる。
どこかいわくありげではあるけれど、それを言えば大鍋堂の品々だって……。
レモンが引き寄せられるように店内へと足を踏み入れようとしたとき。
「あっ」
不意に視界を白いものがよぎった。
「え! 満丸!?」
レモンの頭からころりと降りた満丸は、
ぽよん、ぽよん、ぽよぉん。
弾みながら地面を転がってゆく。
「待って……」
レモンは慌てて、満丸のあとを追っていった。
空中で回転して。
地面でゴムまりのように弾んで。
また空中でくるり。
ああ、今日もまた、お風呂で泡もこもこコース決定だ。
「わー……っと! 捕まえた!」
ようやく追いついて、レモンは両腕で満丸を抱き上げた。
「まったくもう、知らない土地で迷子になっても知りませんよ!
心配した反動でそんな注意をしながらも、レモンは頬で満丸のふわふわな毛の感触を確かめる。はぐれなくて良かった。
ほっとして周囲へと目をやれば、
「……ん?」
そこは甘味処のショーケースの前。
ふっくら肉球まんじゅう。
猫の形の白玉が入った冷やしぜんざい。
などの食品サンプルの間で眠る、この店の飼い猫と思われる三毛猫。
「おおお……」
その中でレモンの視線をがっちりと掴んだのは、かき氷。
「これは……満丸のお手柄ですね! 早速入ってみましょう」
レモンはいそいそと、甘味処へと入っていった。
「お待たせしました。当店特製の『ふんわりまんまるかき氷』、で……す!?」
かき氷を運んできた店員が、目を丸くして満丸を見ている。それも無理はない。
ほわっと軽くまあるく盛られたかき氷。
その上部の左右は、猫耳のように氷が盛り上がっていて、目の部分には桃色のエディブルフラワーがちょんちょんと。
かき氷の下部には、尻尾を模した練乳のエスプーマ。
翼こそ無いけれど、かき氷の全体的なフォルムは満丸そっくりで。
「可愛いですね。ほんと、可愛い……」
自分はきっと、このかき氷と出合うために√妖怪百鬼夜行に来たのだ。
「あの、すみません……」
かき氷を運んできたまま立ち去らずにいた店員が、思い切ったようにレモンに頼む。
「お客様にこんなこと、申し訳ないのですが、1枚だけ……その猫さんとかき氷が並んだところを、写真に撮らせてもらえませんかっ」
深く頭を下げる店員の髪には猫の飾り。
こんな店で働いているのだ、きっと猫が好きなのだろう。
「満丸、良いですか?」
満丸がいやがる様子をみせないのを確認してから、レモンは店員にどうぞと頷いた。
感激しきりといった様子で写真を撮ると、店員は嬉しさ故に不安定になった足取りで戻っていった。
レモンはかき氷と向かい合い。
食べてしまうのがもったいないけれど。そうっとひと匙、氷を掬って口に含むと、雪のようにほどけて消える。
「こんなにふわふわなのに、冷たいんですね」
夏の太陽に熱せられていた身体が、ひんやりと癒されてゆくようだ。
もうひと匙……と思ったところで満丸と目が合って。
見られていると、かき氷を食べるのが申し訳なくなってしまうけれど。
「いただきますね」
できるだけかき氷を崩さないように、レモンは控えめにスプーンを入れたのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功