少女と神の|双子青春異聞録《アナザーデイズ》
これは|六花《むつのはな》・ささめ(猫神に翻弄されし少女・h00790)と、ある神様に“あったかもしれない”|青春譚《ジュブナイル》。
●4月某日
学年がひとつ上がり、新しいクラスにも慣れ始めた頃。
小鳥がさえずる中、ささめ達は朝の通学路を駆けあがっていく。
「ま、待ってよ~!」
二つに結んだ髪を揺らし、前を行く“兄”をささめは追いかける。
教科書が詰まったランドセルが重しとなり、それがささめを疲れさせた。
「待てば儂も遅刻するじゃろ、早うせぃ」
「おいらが起こしたのにー!?」
まだまだ余裕のある“兄”だが、送れだしたささめとの間隔が開いていく。
見かねて、ささめの手を取ると、
「最初が肝心というし、気張るかの。離すでないぞ!」
ペースを上げて走りだした。
「にゃぁー!?」
引きずられるように校門を通過し、ホームルーム直前で教室へ滑りこむ。
「遅刻は免れたのじゃ、問題なかろう?」
汗だくで放心するささめはへたり込み、“兄”は席に向かう。
一瞬たりとも退屈しない学校生活が始まる!
ある算数の時間。
計算式とは法則性さえ理解できれば、思ったほど苦労しないが、先に苦手意識をもちやすい科目のひとつ。
先生は黒板に例題を書きだし、生徒に解説し始める。
「なので、二桁の数字を|筆算《ひっさん》するときは――」
朝から体を動かしたからか、ささめの思考は妙にすっきりしていた。
黒板の要点や、注意点をどんどん書き留めていき、
「シャーペン、切れちゃった」
芯がなくなってしまい、ほんの数秒、書く手を止める。
気を取り直してノートに目を向けるが、
『ゴロゴロゴロ……』
(「い、いつの間に!」)
ささめとノートの間に、猫が寝転がっていた。
学校近くに猫の集会所があるのか、人慣れした野良猫が、校舎に侵入することも多い。
教室に隙間があれば、そこからぬるりと入ってしまう。
――どういう訳か、先生や友達に言及されたことがない。。
まるで、|ささめだけが見えている《・・・・・・・・・・・》かのよう。
「次の小テストで出ますから、算数ドリルで復習してくださいね。次は引き算の場合で――」
(「あああ消さないでー!?」)
やむなくノートの端に書き留めたところで、授業終了のチャイムが鳴った。
ある家政科の時間。
調理実習ということで、家庭科室に移るとエプロンを装着。
本日の課題はホットケーキ! クリームやソースを添え、飾り付けるまでが作業工程となる。
「料理中は怪我や、火災など危険がいっぱいです。集中して作りましょう!」
「「「はーい」」」
ささめと“兄”は同じ班で、他のメンバーと調理台を囲う。
調理器具を並べていき、使う材料も手早く並べる。
「小腹が空いてきたところじゃ、ちゃっちゃと作っていくぞぅ」
レシピを確かめつつテキパキと進めて、焼き担当を“兄”が、ささめはホイップ作りを行う。
「クリームがもこもこしてきた!」
力いっぱい泡立て、跳ねたクリームがささめの鼻や頬に飛びつく。
“兄”も綺麗な焼き目にご満悦な様子で、取り分けていった。
仕上げの生クリームとチョコソースを添えたら――いざ実食。
「クリームも柔すぎず、固すぎず。ささめの成長を感じるのう」
「えへへぇ……って、同い年だからね!?」
これもクラスメイトには日常茶飯事、漫才じみたやりとりに和やかな時間が過ぎていく。
キーンコーン、カーンコーン。
昼食を済ませて、それぞれ昼休みの自由時間に移る。
お手洗いに行く途中で、ささめの爪先に何かが当たった。
「……また?」
拾い上げたのは『ねこのかみさま』という文庫本と、不思議な猫のぬいぐるみ。
表紙に描かれた猫と、ぬいぐるみが似ているので、熱心な愛読者がいるのかもしれない。
その割に、ささめがよく拾うのだが――教室で持ち主を探しても、一様に|見たことがない《・・・・・・・》という。
(「大事にされてるみたいだし、なくして困ってるよね」)
本は図書室へ、落とし物は落とし物BOXへ。どうぞ主の元へ帰れますように。
ある日の夜。
「こ、怖すぎる……!」
宿題のプリントを教室へ置き忘れ、ささめは密かに校内へ忍び込む。
夜の学校は、なぜ廊下が永遠に続いている気がするのか?
暗闇に飲み込まれる気がして、ありもしない想像が膨れていく。
誰もいないはずなのに、息を潜め、自然と忍び足に……なのに。
(「だ、誰かに見られてる?」)
ささめが足を止めると、一歩遅れて足音が聞こえてきた。
なぜ? 誰もいないのに。足音がついてくる。
――振り返りたくない、でも安心したい。
恐怖に抗いながら、ゆっくりと振り返った。
「ばぁ」
「びゃぁあああああああああ!!!!」
心臓がこれでもかと縮み上がり、うっすら三途の川が見えた。
卒倒しかけるささめに、「すまんすまん」と聞き覚えのある声。
足音の正体――“兄”が顔の下から懐中電灯を照らしていた。
「|愉快な予感《おもしろくなりそう》……否、ささめ一人では心細いだろうと思うて、ついてきたのじゃ」
悪気はない。お茶目な一面もご愛嬌。
――この日、六花ささめは『もう二度と忘れ物はしない』と決意する。
●七月某日
春から夏にかけても、二人で教室を賑やかせた。
プール授業に、“兄”が浮き輪とジュースを持ち込んで、先生に没収された件は同窓会での語り草になりそうだ。
クラス演劇では、『ねこのかみさま』W主演に大抜擢。
御伽好きの猫神を演じる“兄”は、“猫神が乗り移ったよう”と評され、猫神に憑かれた少女役のささめも“まるで少女自身だ”と周囲は不思議がった。
ささめ自身も首を傾げているが、“兄”のほうはニンマリと笑みを浮かべるだけだったとか。
不思議なことと言えば、もうひとつ。
友達に誘われ、一時期は『不死の猫又』や『合わせ鏡』の噂を追っていた頃。
合わせ鏡を試そうとして、見知らぬ若い“先生”から警告されたのだ。
「悪縁と結びついては危険です、決して未来を覗いてはなりません」
|既視感のある《自分達とよく似た》風貌に、妙な説得力を覚えて、友達と相談して中止することに。
「合わせ鏡を実行した未来から来たんじゃろうな」と“兄”は笑ったが、ときたま校内で見かけたり、猫に囲まれていたりと真偽は不明だ。
しかし悪縁を避けた影響か、ささめ達の日々は安穏としている。
ささめが猫仕草・ごめん寝で午睡に浸り、どれだけ経ったか……肩をぽんぽん叩かれ、僅かに身動いだ。
「……、むにゃ」
「寝る子は育つが、寝ても学は身につかないのだ」
それが先生の声だと気づき、慌てて体を起こすが時既に遅し。
雰囲気はちょっと恐いが、裁量はおさらいクイズの結果で決まる。
「問題。耳の先が欠けた地域猫の通称は?」
「えと……さ、さくらねこ!」
過去の授業内容さえ覚えていれば問題ない、“たまたま”だと判定されたようだ。
居眠りを「よろしい」の一言で済ませて、本日の内容をまとめに入る。
――そんな一幕を思い出し、下校しながら“兄”が呵々と笑った。
「さくらねこ調査は楽しいじゃろうに。……今年の自由研究にするのも一興か?」
「それ、猫の集会所に行きたいだけだよね?」
訝しむささめの視線も受け流し、
「儂らを無下にはせぬよ、さあ下見に往くぞ!」
いつかのように“兄”が手を取り、ささめと二人、通学路を駆けていく。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功