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星涼しの猫じゃらし

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 先日の温泉旅行からしばらく。雨の匂いがするとある「かふぇ」の裏で四之宮・榴と和田・辰巳は準備をしながら話していた。
「…あの、辰巳様、少し…お願いしたい、ことが…」
 辰巳は手を止め、不思議なモノを見るような眼差しで彼女に目を向けた。榴がこうして頼み事をするのは珍しかった。榴としても、他に頼る相手もなく、半身に打診する他なかった。
「ん? なんだい」
「…今は、夏休み、でしたよね…? その…駅前に、新しく猫カフェができたみたいで…ご一緒してくれませんか…?」
 言い終えた瞬間、榴の顔が真っ赤になり、瞳を伏せる。辰巳は一瞬驚いたが、優しく微笑んだ。
「それは……榴と一緒に行けるなら嬉しいね」
「…あ、あの…本当に…いいのですか?」
「もちろん。榴と一緒に過ごす時間は好きだからね」

 榴は小さく頷いた。
「…嬉しい、です。」

 平日の昼過ぎ、二人は手を繋ぎながら歩いていた。にぎやかな駅前から少し歩くと木の温もりに包まれた小さな看板が目に入る。『猫の足跡』──ふわふわの肉球の足跡がペイントされた扉の先に、その癒しの空間は広がっている……はずだった。
 おおよそ猫とはふてぶてしく自由で、気ままだ。人がお店に入っても、チラと視線を向けるだけで、また各々好きなことをし始めるが、今回は違った。
「…ね、猫様…っ…(半泣)」
 榴が顔を覗かせるなり彼女の周囲に漂うインビジブル達に反応して、お客に愛想よくしていた猫も、好き勝手していた猫も、皆が皆隠れてしまう。
「そうか……猫には見えてるのか……」
 辰巳が入って榴の周りのインビジブルを隠してみるが、もう遅い。完全に榴の事を警戒してしまっていた。
「…ぁ、あの…っ…」
 縋るように辰巳を見つめて助けを求める顔をする。
「僕が先に入って、聞いてみるよ。すみません、猫のおやつありますか?」
 辰巳が店員と話して三人の気が逸れているタイミングで猫が空いた扉の隙間から猫が逃げ出してしまう。
「…ま、待って…猫様…そ、そっちは、危ないです…っ…!」
 遅まきに気づいて、榴が駆け出すが、猫の俊足には中々追いつけない。
「ごめんなさい、僕も猫追いかけます!」
 店員に謝って、辰巳も追うが榴の背中に追いつく頃には猫を見失っていた。

 駅裏の薄暗い道。背の高い建物に遮られて視線が通り辛く雑多な物もあって猫が潜んでいそうな場所は沢山あった。それになにより、猫が通るような細い道を使われると人間では追うのに時間がかかってしまう。幸いにも一本道だったから一緒に走っていたが、突き当りに行き会ってしまう。
「突き当りか……!」
「…僕、こっちを探します、ね?」
「ごめん、任せた」
 二人で違う方向に走り出す。榴は|幾何学模様を展開する機械の半身《レギオンスウォーム》を展開し、何機か辰巳にも貸し与える。
「…これ、使ってください…っ…」
「ありがとう!」

 駅近辺というのは車通りもあれば、人通りもある。よほど周辺地形の事を熟知している猫でなければ、外の様子に驚いて、どこかで足を止めるだろう。そうした時、車や人の居る場所よりも物静かな場所に居る可能性の方が高いはずだ。
 辰巳はそう考え、道を進むが……建物が途切れ、通りに出てしまう。
「こっちでは無かったか……?」
 辰巳は猫を探すのに必死で一つ見落としていることがあった。

 薄暗い道を榴は走る。逃げだした猫の毛並みは三毛だった。柄は短い間だったが見て覚えることが出来たのは幸いだった。
 自身の周りと建物上空に|幾何学模様を展開する機械の半身《レギオンスウォーム》を飛ばしながら見落としが無いように、しかし急ぎつつ。
「…いた」
 榴は|幾何学模様を展開する機械の半身《レギオンスウォーム》の超感覚センサーによって猫の反応を捉えることが出来た。ただ場所が問題だった。
 建物と建物の細い隙間。人がぎりぎり通れるかという所。地面に伏せている状態では抱えることも難しい。
 榴は気配を意識的に薄くして出入口で捕まえることにした。
「贄たる我が声が聴こえるのなら、力を貸して…」
 周囲に佇む膨大なインビジブル達が榴の声を聞き届ける。
 そのうちの一匹が通路の向こう側から猫の背中を押すと、猫は勢いよく榴の下に駆け出して、そのまま腕の中に納まった。
 ──柔らかい。そしてふかふかとしていた。


 少しの間猫の感触を堪能して楽しんでいると背後に誰かの気配があった。
「……誰?」
 振り返ると男が居た。その相貌は害意あるインビジブルに遮られて見えず、周囲には無数の手がうごめく、それは榴の宿敵だった。

「…っ…! お願い…!」
 レギオンがミサイルを撃ち込んで迎撃する。
 薄暗い裏路地に爆煙が立ち込める。だが、意馬心猿は煙の中からゆっくりと動き出すと、暗雲の如き黒い霧を放ちながらゆっくりと迫ってきた。黒い霧が立ち込めると、逃げなければという意思が緩慢になり、動きが鈍する。
 自身の身体を害意あるインビジブル達がその口で、その手でしがみつき、貪りながら融合しようとするが、痛みの中で自分のするべきことを強く意識して榴はなんとか立ち上がり駆け出した。
「……離して……っ…」
 振り向いて|見えない怪物への呼び声《コール・トゥ・インビジブル》によって先ほど従えたインビジブル達を意馬心猿に差し向ける。無数の見えない怪物達によってその体を喰われて消滅したかに思えたが、黒い霧の中から、再びその姿を見せる。だが、その数は一体ではなく。
「…ほ、本当に、しつこい…っ!」
 前方や小道の隙間から続々と姿を現す。悪意に際限はないと言わんばかりに。
「…だ、大丈夫、ですよ、猫様は…お守り…しますから…。」
 ぐったりとする猫を抱えて、榴は周辺への被害を覚悟して、大技を使おうとするが、その前に銀の一閃が敵を切り裂いた。

「そこまでだ」

 低く、鋭く、空気を切り裂く声が響く。
 高速飛行しながら敵を2体、3体と撫で斬りにして、榴の目の前に着地したのは半身の和田辰巳であった。
「…た、辰巳様!? ど、どうして…此処に…?」
「そりゃあ、あれだけの音がすればね。遅くなった。助けに来たよ」
 辰巳は冷や汗を垂らしながら榴を庇うように立った
「…それは…とても…助かりますが…っ…」
「一緒に戦うよ。榴は立てる?」
「…っ……立てます…僕だって…しっかり…戦えます…っ…から…! …辰巳様は、猫様を…」
「連れて逃げろって? 冗談。二人で蹴散らした方が……早いでしょ!」
 黒い霧は生きる力を減衰させるもの、それは怒りや敵意を直接は減衰させない。榴にも結界を施し、相手の能力に耐性を持たせれば、動きも戻る。
 辰巳が反射板によって背後を閉ざし、戦場を分割する。見据えるのは正面の敵のみ。どれだけ無数にいても2対1の状況に持ち込めばこちらが有利。何より息のあったコンビともなれば、もはや手こずる事もない。
 真空の刃が敵を両断し、|羅鱶《ラプカ》が300ある牙で貪り尽くす。
 残りの敵も反射板で四方を閉ざして、空いた上方から見えない怪物達を襲撃させれば各個撃破が可能だ。
 そうして数を減らした意馬心猿は闇に溶けるように消える。同時に周囲の異様な空気も解けて消えた。

「さて、ひと段落だけどその背中、大丈夫?」
 榴の背中は意馬心猿にボロボロにされていた。背中の傷はインビジブルが癒したが、衣服までは直らない。
「…だ、大丈夫じゃ、ない…です。…どうしましょう……」
 辰巳は顔を赤らめる榴から顔を背けて背を向ける。榴は肌を見られるのを嫌うから。
「ごめん、衣服なら即席の物なら用意できると思うけど……それにする?」
「…それは、一体……どういう…?」
「僕の狩衣と同じ感じだよ。まぁ、任せてよ」
「…え? …い、嫌です…」
「この流れで!?」
 などというやり取りをしつつ、最終的には辰巳が影護服と|糸《久々理》で黒のワンピースと薄いケープを作ってひと段落をした。なお猫耳を作ってつけたら。
「…その、これは…は、恥ずかしい…のですが…」
 と、榴が言うので渋々消したという一幕もあった。

 本日2度目の『猫の足跡』。今度は逃がさないようにきちんと扉を閉めて二人揃って中に入る。
「捕まえてくれたんですね、ありがとうございます!」
 と感謝をされれば辰巳は笑って得意げに。
「いえいえ、それほどでも」
 榴は微笑んで控えめに。
「…元はと言えば…僕たちの、不注意…ですから」
 と各々受け答えをして、猫を返したら今度は客として奥に進み席に座る。
 榴はアイスコーヒーを、辰巳はコーラを注文して、しばらくは猫をまったりと眺めていた。
 まだ猫は警戒しているようだが、初見の頃に比べれば幾分か平常心を取り戻して、離れた場所ではいつも通りお客さんがくれるご飯を食べたり、撫でさせたりしているようだった。
「…可愛い、ですね」
 ぽつりと榴が呟く。
「そうですね。折角ですし、触りに行きますか?」
 榴は首を横に振って。
「……いいえ、今日は…これで……満足、ですから」
 ニコッと榴は笑うが、それが心を隠す笑いであることを既に辰巳は知っている。
「いいえ、どうせなら、猫も触っていきましょう」
 だから、辰巳は榴の手を引いて猫のごはんも注文すると、奥へと進んでいった。

 猫とは、ふてぶてしく、自由で、気ままだ。犬のように誰彼構わず尻尾を振ったりしないし、気安く背中を撫でさせたりもしない。だが、薄情ではない。
 他の猫が榴から遠ざかるなか、つい先ほどまで一緒にいた三毛猫は榴の足元に寄って「にゃー」と鳴いた。
「ほら、存外猫は人のした事を覚えてる物ですよ」
「…そう、ですね……」
 榴は猫のご飯を持ってそっと膝を折り、手にご飯を置いて三毛猫の前に差し出す。
「今なら、触らせてくれるかもしれませんよ」
 辰巳がそう言うので、頷いて恐る恐る猫の背中に手を伸ばし、触れる。
「…可愛い、です……」
 背中を撫でられても三毛猫は逃げなかった。三毛猫は他の猫を一瞥すると、またむしゃむしゃと猫のごはんを食べ始める。尻尾をゆらゆらとさせ気持ちよさそうに目を細めた。
「今日は頑張って良かったね。こんなご褒美があったんだから」
「……はい、そうですね」
 助けた三毛猫はご飯を食べ終わると顔を上げて榴の足に体をこすりつけて、尻尾をふわりと当てると、そのまま仲間の猫たちの下に戻っていった。
 辰巳たちは遠巻きに猫たちを見て暫く休んでからお店を後にしようとして、退店する前に振り返るとあの三毛猫がお見送りするように入口傍に座っていた。
 軽く手を振って辰巳と榴は帰路につく。空を見上げれば夕焼け色で、日も沈みかけていた。

「…こ、こんな時間まで…その…す、すいません…っ…」
「ううん、気にしないで。今日は一緒に来れて良かったよ。榴はどうだった?」
 辰巳は首を振って、夕焼けに照らされる榴を見る。
「…はい……一緒に来て、良かった……です…」
 微かに微笑む榴を見て辰巳もつられて微笑んでしまう。
「…辰巳様、ほら…見てください、あそこに…一番星…」
 辰巳の腕を掴んで視線を合わせてより見えやすいように榴が空を見上げて指をさす。
 そこには確かに輝く一番星。
 だけど、辰巳の腕に当たる柔らかな膨らみでつい顔を赤らめて声まで上ずってしまって。
「う、うん、そうだね」
「…辰巳様…?」
「あ、うん、その胸が」
「…へ!?」
 榴の顔も耳も赤くなってしまう。
「…ご、御免なさい、御免なさい…っ…ほ、本当にすいません…っ…!! …お嫌でした…よね…」
 榴が上目遣いでこうやって聞くのは、あまりにも蠱惑的で、榴が体を離す前に、辰巳は腕を絡めて離れられないように引っ付いた。
「嫌じゃないよ」
 辰巳がそう応えると、榴は安心したように身体を預ける。
「…星は、|希望《・・》なの…ですよ。……辰巳《・・》…っ…様の、星は…見つかり、ましたか……?」
「僕も……希望の星を、見つけたよ」
 星の下を肩を並べて道を進む。夜が来れば星々も輝く。暗闇の中でも光を失わないように、二人は指を絡めた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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