とある夏、旅を満喫する素敵な夏服
──暑い!
カランと響くベルに見送られ、カフェの扉から勢いよく外へ一歩踏み出したシンシアは、つま先を引っ込めて心の中で悲鳴を上げた。
美味しいかき氷をたっぷり楽しみ、すっかり心地良く涼んだせいだろうか。外へ出た途端に押し寄せる熱気は、涼む前より圧倒的に威力が絶大。冷えた体をあっという間に加熱する夏の様子に、シンシアは思わずたじろいで眉をひそめてしまう。けれどお会計も済ませた今更、お店にトンボ返りもできないし、何より軒先で立ち止まってはいられない。
えいっと勢いをつけてパンプスの爪先を日差しに向ければ、じりっと焼き付く夏日がやっぱり眩しい。なんでも、これでまだ夏本番ではないのだというのだから信じられない話だ。
太陽の下を一歩、二歩。勢い余った熱量は足を急かすけれど、その分全身から汗がじっとり滲んでくるもの。こんな暑さだって魔法でやり過ごせる──ええ、その通り。けれど気持ちよく心地よく、そして何より夏を楽しむならば、それは自ずと必要になってくるだろう。目敏く木陰を求める速足が、向かっていくのはより一層の賑わいの中。様々な店が立ち並ぶ彩り豊かなアーケード。次なるシンシアの目的はそう、もちろんショッピング!
「一式買っちゃいましょう、√EDEN仕様な夏服!」
えいえい、おー!とお買い物に意気込み、拳を振り上げるシンシアのことを見咎める人なんていない。だって今は夏の暑さにうんざりしながら、晴天の雲のようについつい気持ちが浮かれてしまう──そんな夏休みの真っ盛りなのだから。
まずは散策がてらウィンドウショッピング。あれもこれもと目移りしながら、店を行き来してめぼしいものを見つければ自分の体に当ててみる。ノースリーブのブラウスとシアーな花柄スカートを手に取って、シンシアは鏡の前でひと悩み。フェミニンコーデも「いつも」っぽくて可愛いけれど、今日はせっかくの旅行で夏休み。それにこんなに暑いのだから、馴染みのある服装からちょっとハメを外してもいいかもしれない。
シンシアはアレでもないコレでもないと悩みながら、快い店員さんと一緒に色んなハンガーを手に取りとっかえひっかえ。裏返しの値札はちょっと気になったけれど、今は野暮なことはお預け。先ほどこそかき氷のお値段にちょっと驚いてしまったけれど、それは「かき氷だから」のお話。最近のシンシアは頑張って依頼こなしていた甲斐がありお財布には余裕があるもの。それに何ならダンジョンに潜れば──いくらでも稼ぎようがある!
今日は奮発しても大丈夫!とちょっとした不安は未来に託して、ドンドン目に付いたものを物色していけば、シンシアの夏のコーデがいざ完成!
「わあ!とっても似合いますね~!」
「ふふっ。ありがとうございます」
試着室の外で店員さんから笑顔をもらえば「いつも」とはガラッと違う服装にも自信が出るもの。気付かないくらいちょっぴり残っていた恥ずかしさは消えて、シンシアは背筋を伸ばして鏡を振り返る。透けた白カーディガンに、少し艶のある青紫のキャミソール。フレアパンツは七分丈とスリットで涼し気に!
カーディガンはシンプルながらUVカット素材の機能性抜群で、キャミソールは小さなリボンと黒いレースのお陰でデコルテが寂しくない。フレアパンツも風抜けが良くて涼しい上に裾を飾る黒いレースのお陰で、キャミソールと合わせていつものレースの手袋との統一感もバッチリだ。ひとつひとつも素敵な服だけれど、上手く組み合わさった時の喜びはひとしおだ。
さっそくお会計を済ませたシンシアは上機嫌で日差しの中へ向かおうとして──ふと目に入ったパンプスの爪先に足を止めた。
「あっ、靴も選ばないとですね」
今のパンプスだってもちろん合わないわけではないけれど、今日は奮発しても良い日なのだから。さっそく涼しい夏服を堪能しながら、軽い足取りで向かうのはサンダルが並ぶ靴屋さん。今度は悩まずに一目惚れしたレースのサンダルに足を通せば、期待通りのフィット感。もちろん即決してお会計すれば、改めて真・夏コーデの完成だ。バッチリ整えた今、シンシアはいよいよ今回の夏の旅を楽しむだけ。
「これからどこか行くんですか?」
「まだ決めてないんです。気の向くままに見て回ろうかなーって」
「あ、それなら」
さあどうしようなんて思い馳せるシンシアに気さくな店員さんは楽しげに談笑を広げてくれると、店内に貼られた一枚のポスターを指差した。ポップで涼やかなポスターには夏祭りの大きな文字と本日の日付。
「ちょっと歩いたとこなんですけど、フリーライブもやってるんですよ」
「それは…ぜひ行ってみたいですね!」
夏祭りと言えば夕から夜にかけてが本番のイメージだけれど、なんでも昼間は音楽ステージもやっているらしい。店員さんが笑顔で渡してくれた地図付きのビラを改めてみれば、確かにちょっと距離がある。日差しの中では5分や10分歩くことすら億劫になりがちなものでも──今のシンシアは一味違う。なんてったって、夏服ですから!
夏日の中を歩き出せばあら涼しい…にはちょっと足りないけれど、魔法でカバーすれば快適に足は進んでゆくもので。焼けたアスファルトなんてなんのその、ちょっとした距離をあっという間に過ぎ去って、辿り着いたのはいくつもの屋台とステージが並ぶ大きな公園だ。次のステージに気持ちを高まらせながら、シンシアのサンダルが向かっていくのは屋台の焼きそばだ。夏祭りといえば焼きそば…そしてもちろんキンキンに冷えたビール!
「く~!これぞ夏の醍醐味!」
カシュッとぐびぐび。夏の暑さに火照って乾いた喉を潤すビールに間違いはない。焼きそばを啜り次の缶をカシュッとすれば、いよいよハイテンションにバンドもご登場。地域色で染め上げたトークに始まり、蝉の鳴き声になんて負けない音量が飛び出して、熱いコール&レスポンスにシンシアは笑顔で拳をあげる。
暑くて熱い夏はまだまだ、始まったばかりだ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴 成功