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無常

#√汎神解剖機関 #ノベル #怪異解剖士

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●黒
 それが愛だというのなら。かたちはどうあれ、その切っ先に宿るのは間違いのない愛である。
 研究所の底の底、暗い部屋に灯るは無影灯である。眩しいそのひかりに目を細めることもせず、花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は眠っている。うつくしい顔が照らされ、一糸纏わぬ姿で横たわる彼女に、一・唯一(狂酔・h00345)は静かに微笑み。互いの間に当然、言葉はなく。メスを握る唯一の手指に似合わず、ゆったりとした時間が流れているようだった。

 |ひみつのじかん《・・・・・・・》である。友人、それ以上の関係。だが、それでも、二人がこのような空間に――一般人が整えられる設備の限界を超えた手術室、否『実験室』に、まるで医師と患者のような状況に居るということは、違和感しかない。
 ビジネスホテルを改装した建物、その地下にひっそりと設けられたそこは正しく、ひとのなかみを暴くための場所だった。

 眠っている。静かに……そう、静かに。その身体に、腹に触れるのをためらうほどに安らかな寝顔であった。
 まるで死んでいるかのような、それでも上下する胸元、機能している肺が彼女の生存を物語っていた。
 ひとのゆめを食む彼女は、|自分《ボク》の|脳《なかみ》を暴ける彼女は今頃、何を思っているのであろうか。自分の頭という箱庭の中で、小鳥は楽しめているだろうか。
 そう考えながらも、唯一はメスを握る手に僅かに力を込め、そうっと、その腹に――やわらかな肌に切っ先を食い込ませた。

 丁寧に。丁寧に――刃は肌を割り、脂肪を切り裂き、なかみを曝け出す。目に入るは明らかな、にんげんではない何かであった。
 柔らかな脂肪も、切り裂いた筋肉も、ひとのそれではない。人工的に、にんげんのものを再現したそれである。眉をひそめることなく、唯一はメスを用いてさらに肌を割り開き、はらわたを目に焼き付けた。
 実に|うつくしい《愛らしい》なかみである。外側と違い、人間らしいそれら。呼吸と心音に合わせて僅かに動くそれを――心の臓には、触れぬよう。

 小鳥は、人間災厄である。人ならざるからだをしているのも合点がいく。溢れてこようとするそれを軽く手で制しながら、唯一は――ほんの少し、思考に混ざるノイズを愛しく思いながら、そうっと腹のなかへと指先をうずめて微笑んだ。
 ぬるいはらわた、やわらかく、膜で繋がるそれを裂いて、もっともっと奥へと。ひとつ、ひとつ手にとって確かめる『品々』は宝石よりもきらびやかで。これを隠し、身に着けて歩く彼女はああ、なんてうつくしい存在なのだろう。外見だけではなく、なかみも。なんて。

 ――夢蝕みの夢とは、深い場所へと潜り込むそれは、眠りの最中で夢見るそれ『だけ』を意味するわけではない。深く深く、もっと……浅瀬でちゃぷちゃぷ浸るなんて、彼女はゆるさない。ひみつは共有してこそだ。
 視界と脳へ割り込む、だれかのゆめ。
 狂うひとびと、知らぬ存ぜぬ何かの切れ端。彼女が食んだものなのだろう。瞬きをする、一瞬映り込むのは、誰かの上で甘い声を上げる小鳥の姿。あるいは、怪異の手を、いや、手とも言えないものを受け入れ、快楽に浸りこみ、ただひたすらに求める彼女の姿。淫靡で美しくて、けれど直視してはならない光景だと感じた。
 ゆっくりと、胸の間を――胸骨を割く切っ先。
 花が咲く。
 眼が見えた。
 自分は、泣き腫らした瞼の小さな女の子。けれど視点が、目の前の『彼』と入れ替わる。彼女によく似たすがたの青年、その目で小鳥に似たその子をみる。
 泣かないで。泣かないでと、手を伸ばそうと……その小さな手を優しく包んでやりたいと思いながら。
 ちいさく鳴く心臓が、涙を零す彼女に似ているように感じて。手に取りたくて。それでも、見たからには「閉じ」ねばならない。縫合は丁寧に、迅速に……ただしい位置へと戻された臓器たちはきっと、またただしく機能する。
 ――己の手腕を信頼している。だいじなたからものが、なかにつまっているのだから、静かに――鍵穴のないものだとしても、箱は、閉じておくべきなのだ――。

●白
 あたまのなかを暴くのは、簡単なことだった。
 対価、対価である。お支払いである。それが『見せ合うこと』、それだけだった。一方ははらのなかみを、一方はあたまのなかみを。実に公平な取引ではないか。

 薄く酩酊、白く濁る世界の中。上下左右も距離感も、自身すらも曖昧になるようなましろい景色の中。自分の手を、黒いスーツの袖を見つけて、小鳥はようやく、己のからだの存在を思い出した。これが彼女のなかみなのだ。こんな空間で、ともすれば『空っぽの間』と呼べてしまうような中に、彼女の精神は在る。

 立ち尽くす小鳥の手を、スーツの裾を引っ張るなにか。随分と低い位置から引かれたそれに目をやれば、小さなこどもが側に立っている。
「唯一自身が案内してくれるんですか?」
 声をかけた少女は頷いた。
「ようこそ、小鳥」
 ――長く長く伸びた髪は、床とも天井ともつかぬ白にひたり浸かっている。まるで湯の中でふわふわと混ざり流れるかのようだ。
「小鳥が見たいと思うのを、見てええのよ」
 そう言って小鳥の手を握ろうと手を伸ばす。それに微笑んで、少女と手をつなぎ、小鳥は先へと進むことにした。引きずられる髪は艶がなく、普段と異なる白一色。
 どのような光景が見られるのか。どんな光景でも|良い《・・》。好ましいところを探せば。彼女の心に寄り添うこと、それが最もよいことだろうから。
 隠し事はないとは言えない。見られたくないものはある。けれど、見られて困るほどのものはないのだ。優しい手を握り返して、二人は白濁の中を行く。

 縁ある人々が集う隠れ家や『箱庭』で友人たちと笑い合う様子。酒や菓子を口にしながら、気になる話題には首を突っ込み歓談する。それを微笑みながら、手を握る彼女と眺めて。
 怪異を捕らえたはいいが帰路で迷い、八つ当たりとばかりに怪異をいぢめる。困った様子で笑う小さな彼女。方向音痴なのは、この小さな姿だった時でも同じだったのだろうか。

 そして、見覚えのある空間――あの目。うつくしい目が、きらきら輝く瞳が、腹を裂いている。割り開かれる怪異の皮膚、迷いのない手つき。メスで割られたそこから溢れ出す臓物、迷いなく手を差し込み、|新物質《ニューパワー》を遠慮なく探る彼女の姿。ぬとぬととした感覚には不快そうに、けれど好奇心のままに探る、彼女の|安らぎ《趣味》の時間のひとつ……。
 うっとりと笑む彼女は。自分のはらわたも、このような目で、見ているのだろうか?
 少女と目を合わせても、彼女は小さく首を傾げてみせるだけ。どちらだと思う、と問いかけているようだった。それならば、こちらも微笑むだけだ。

 そして――濃くなる白に、ひときわ曇る視界。

 ひとり、背を向けた、見覚えのある姿。その前に立つ男女の顔は、煙る視界の中、そして朝日の逆光で、見えはしなかった。
『いつかは一人で生きていくのよ』
 なんて無責任な言葉。
『お前は賢いから大丈夫だ』
 その保証は一切ない。

 また、視界が曇る。
 少し成長した少女。十二歳のころだ、と。テーブルの上に乗っていたのは、封筒。それを手に取り、封を切り、手紙に何が書かれているのかを確かめる。

 唯一。|唯一《ゆいいつ》。だった。彼らに、彼女らにとっては、互いこそが。夫婦の絆を名としたのだろう。その唯一という言葉が、|唯一《ありあ》という「にんげん」になった。血を分けた子である。血を分けたからこそ、彼女は愛されて|いた《・・》――。
 結局、お互いが、一番。
 小さな声。手をぎゅ、と握ってくる指。その後に繰り広げられる、白く煙る中、逆光、描かれるは影絵の劇場。うずくまり、両手を顔で多い泣く影。喚き散らして物を叩きつける影。刃物を手にして、己の身体に――。
 常人ならば思わず、目を覆いたくなる姿を直視する。ただ、手を握っていたその少女の目を、そうっと手のひらで覆った。
 白濁は晴れていく。レースカーテンの向こう側、薄らとした影。先ほどの男女の姿と共に、見覚えのある背中が見えた。
 ひみつだ。抱えているこの気持ちは。なにも、だれにも、みせてはならないと。しかし彼女の姿から感じ取れるものはなく。そうだ、唯。感情が、無かった。

 遠ざかっていく影を見ていると、少女が手を引いてくる。先へと促されるまま、小鳥はまた、二人で歩き始めた。
 どろりと足元がぬかるんできた。足をとられる小鳥とは異なって、少女は――唯一は、平気な顔をしている。

 ――覚えのある龍眼が見えた。薄霧の合間からでも理解できるシルエット、うつくしい目、ひときわそう思っているから気がついたのかもしれない。
 ああ、はじめての感覚だった。
 |彼《あ》の人のこと。互いに、よく。そう、よく知っている。

 笑い、楽しみ、寂しがる、それがひとの感情である。あのひとがそうならば、それに寄り添いたい。どうしてと聞かれれば、唯一には首を振ることしかできない。
 恋も愛も。正しく|理解していない《嫌悪している》。表裏であるのか、陰影であるのか、それとも。
 けれどこの、彼を慕う心と命に、偽りはないのだ。

 偽りは。もっと、どろどろだ。まるで霧がかたちを持つかのように、白が「濁り」として機能する。混沌だ、白の。ましろいものが。もうすぐ奥に、手が届く。
 手を伸ばそうとした小鳥の手を、小さな唯一が背伸びをして、ぎゅ、と握った。

 これ以上は、|踏み込まれたくない《嫌われたくない》。
 自分でも噛み砕けていない。胃のなかみを吐き出してみせろと、はらわたをさらけ出してみせろと言われたのなら、場合によっては、みせるひとによってはそうしてみせるかもしれない。
 けれど……いまは。まだ。誰にも見せたくない「なかみ」が、その奥にあるから。
 わがままだろうか。|慕うひと《大好きなひと》にみせて、嫌われたくない、なんていうこと。

 ――時間切れだ。深層へ一歩。ほんの一歩だけ、踏み込めた。だがそこからは、足が動かない。ただ――踏み出した足を引き抜いて、二歩、三歩と後退するぶんにはあっさりと、何の抵抗もなかった。

「……おはようの時間やね」
 笑む少女は、どこかさみしげに見えて。そうっと屈んで抱きしめれば、あたたかい手が背に回された。
「目覚めたら、また」
「眠るなら、また」
 立てた小指に自分の小指を絡めて、指切りをする。
「さよなら、唯一」
「うん。小鳥もね」
 指を放し、気付けば遠ざかる。白濁の森は深く、導き手のいない侵入者をゆるさない――。

 それでもこの記憶に、白い世界に、私という「黒色」を少しでも残せたなら。
 それでもこの記憶から去る彼女の記憶に、|自分《ボク》という「白色」を残せたなら。

 手を振る少女が背を向ける。彼女はあっというまに見知った姿となって、すう、と白い森の中に、レースカーテンの中に、煙の中に、とけていった。

●無常
 ――目がさめる。めが、さめる。うっとりとした視線が絡み合う。
「ええ夢、見れたんやね」
 微笑む唯一が、ゆっくりと――閉じたての縫合痕を指で撫でる。痛みよりもくすぐったさが勝って微笑む小鳥の傷につん、と爪を立ててみる唯一。互いに笑い合って、それで。まるで口付けるかのように、手指をそうっと、絡めた。
「約束しました」
「どんな? 起きとったから、分からへんの」
「内緒です」
「いつか教えてくれる、いうことやね」
 血を拭われたからだ、まだ爪の間にこびりつく血液で、笑い合う。

 互いに、『迎えはこない』。それはまだ、なのかもしれないし、ずっとなのかもしれない。
 ほんのりと、どこか似た……そしてどうしようもなく残酷な事実が、彼女たちの目の前にある。
 体を起こす小鳥に柔らかなタオルを渡し、その手を取って、起き上がるのを手伝う。
 関係はきっと変わらない。互いに視たのは、薄氷の下に眠る水面、そこで揺れる水草のようなものだろうから。

「疲れとらん? ここにはええもんが沢山あるから。ゆっくりしてき」
「ええ。少しだけ、甘えます」
 そうして互いに。「また、みせてくれると嬉しい」と、小指を差し出した。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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