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夏の烏屋分所キャンプ探検隊!~幻の黄金カブトを求めて~

#√マスクド・ヒーロー #ノベル #夏休み2025

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 ――40度。
 かつて、『日本一』暑い街の指標となった数字である。
 それが今年はどうした事であろう。記録を易々と塗り替える地点が続出し、温暖化もここまで進んだかと思わせる酷暑ぶりだ。
 人目を忍ぶような山間に存在する、人呼んで烏屋分所キャンプにも、この殺人的な熱波は押し寄せていた。
 少し離れたところにせせらぎがあるお陰だろうか、体感気温はマシである。……多少は、だが。
 ぐったりとキャンプチェアに沈み込むように身を預け。傍らには特徴の薄い黒猫を侍らせ、一服しようとしている|亜双義・幸雄《あそうぎ・ゆきお》はといえば。
 茹る様な暑さの中、自らが管理するキャンプ場内の雑用を一通り済ませたところである。
 ――そんな中であった。
「あの幻の、ゴールデンカブトムシが姿を現したらしいのよ!」
 日差しに勝るとも劣らぬ熱く力強い声が、キャンプ場内に響き渡ったのは。
「……なぁお(幸雄、サンが来たわ)。」
 このあたりを縄張りにしているらしい野良猫の鳴き声とともに、幸雄の休憩時間は数分と保たずに終わりを告げた。


「ゴールデンカブトムシ?……オウゴンオニクワガタとか、そういうのじゃなく?」
「ううん、ゴールデンカブトムシ!」
 虫取り網、虫かご、麦藁帽子という虫取り小僧3種の神器を装備したサン・アスペラは、持ち前の力強い声で幸雄の疑問をはっきりと否定した。
 有名どころの名前は彼も知っているつもりだが、そんな名前のカブトムシなんていたか?と首を傾げる。
 そも、近隣に類似の逸話や噂話はなかったと思うのだが。
「クロは知ってるかね?」
「……(いいえ、初めて聞いたわ)。」
 幸雄の傍らでぱたり、ぱたり、しっぽを揺らしている野良猫、クロ・シッポに問いかけるが、クロは彼の眼を見て瞬きを返すばかり。
「だよねぇ、聞いたことないよねぇ。」
 動物と会話をする技能を持たない幸雄は猫であるクロの反応をいい様に解釈し、それが知らずの内に偶然の一致を見ていた事を、クロのみが知っている。
 とはいえ、だ。噂の真偽がどうあれ、装備を整えたサンはやる気十分。
「ねぇー、幸雄くんー。行こうよ虫取りー。クロは行くよねー?」
「なぁう(サンが行きたいならわたしも行くわ)。」
 そんな彼女にクロも尻尾を寄せて、珍しく乗り気に見える。
 ならば行きたい2人で……という選択肢を取る事が出来ないのが、保護者気質の幸雄という人物だ。
 意気揚々のサンは勿論、賢いとはいえただの猫である(と、幸雄は思っている)クロにも、熱中症対策が出来るとはとても思えない。
 何より、サンの土地勘のなさや安全対策に不安がありすぎる。観念した彼は、のそりと立ち上がり。
「あ~、わかった!行くよ、ついてく。でも、準備くらいはさせてくれないかね?この暑さだ、手ぶらで行ったら倒れちゃうかもだからさ。」
 野外活動の装備を手早く背嚢に詰め込み始めた幸雄の姿に、サンは太陽の様な笑みを一つ。
「さっすが幸雄くん、気が利くね。ありがとう!」
 なんだかんだで準備を整えてくれる1人と乗り気な1匹に、感謝を告げて。
「よぉし!じゃあ、『幻の虫』を探しに出発だ!えいえいおー!」
 酷暑に真っ向から挑むような号令と共に、雑木林へと出発するのであった。


 サンが藪を漕ぎ、道なき道を突き進み。クロがサンの後ろをするすると付いていき。
 何故か幸雄ばかりが蚊の熱烈な歓待を受け、虫刺されに泣かされながら辿り着いた山林の中。
 木漏れ日の射す雑木林は程々に薄暗く、涼しさすら感じる。林床からはギボウシやウバユリなど、季節の花が顔を覗かせていた。
「は~い、ここで作戦会議!ほら、クロも水飲んどきな~。」
 ぱん、と幸雄は手を叩くと、切り株に腰を下ろした。暑さに加え、山歩きに慣れていない以上、休憩はこまめに取るのが吉であろう。
 サンには有無を言わさず塩分タブレットを手渡し、クロには水飲み用の皿に冷たい水を満たしてやる。
「……にゃあ(あら、水をくれるの?ありがと)。」
 礼を言う様に鳴くクロの頭をひと撫ですると、狙う獲物に近いであろう昆虫の習性を再確認。
「カブトムシといえば、クヌギの樹液が好きなんだっけ?」
「そうそう!あと、果物が好きらしいけど。この林には生えてなさそうだよね?」
「果物、ねぇ。そうだなぁ、心当たりがないかな。」
 サンの問いに、虫刺され用の薬を塗りながら幸雄は記憶を辿るものの。少なくともこの近辺で、果樹の類は見た事がない。
 ならばクヌギを探すのが早いだろう。とはいえ手は打っておきたい幸雄は、刷毛で幹に何かを塗り込んでいる。
「幸雄くん、何やってるの?」
「果物は用意できないけど、砂糖水を塗っといたらいいんでない?と思ってね。後で寄ってくるかもしれないし……。」
 彼の周到さに、さっすがー、とサンは感嘆の声を上げるのであった。


「あっ、クワガタがたくさん!幸雄くん、見て見て、このハサミ!」
 サンが立派な大顎を持つノコギリクワガタを捕え、虫かごに入れてはしゃいでいる。
 赤みがかったカブトムシに、緑に輝くカナブン、紫紺のコムラサキたち。
 クヌギの木々を巡って、やっと見付けた色とりどりの宝石箱の様な樹液場の光景に、彼女は目を輝かせた。
「……にゃっ!(活きのいい蝶々ね。今度こそ……)」
 一方でひらひらと舞う蝶の様な虫が好きなクロは、全身をくねらせてはミドリヒョウモンを追い掛け、飛びついては躱されて遊んでいる。
 標的であるゴールデンカブトムシは幾ら探せども見つからないが、こうして普通の昆虫を採集するのも楽しいものだ。
 ――しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎるものと相場が決まっている。
「よ~し!日も傾いて来たし、足元が見える内に帰ろうか!」
 カラスが鳴く頃に遊びを切り上げる提案をするのは、『大人』である幸雄の役割だ。
 子供っぽい気性とはいえ、サンも日没後の山の危険は理解できる。渋々ではあるが、彼女も幸雄の言葉を受け入れざるを得なかった。
 ――その時である。
「んー……?」
 サンが不思議な気配を感じて目を凝らした先に、きらりと輝くものが映った。
 葉が西日を反射しているわけではない。『それ』自身が動き、光を放っている。
 ――あれだ!あれがきっとそうだ!いた!
 全身に電流が奔るかのように、鳥肌が立つ感覚。
「幸雄くん、いた!いたよ!幻の虫っぽい何か!光ってる!」
 サンが興奮した様子で指差す先を、クロも真っ黒な瞳で凝視していた。
「……(光ってる、なにか。見えた、気がするわ)。」
 しかし幸雄のみ。幾ら目を凝らしても、ピンと来ていない様子。
(幸雄くんには、見えてない?クロには見えてるっぽいけど。)
 しかし、首を傾げている時間などない。この間にも金色に輝く『幻の虫』は逃げてしまうかもしれないのだ。
「クロ、付いてきて!捕まえるよ!」
 網を片手に駆け出した、一人と一匹。柔らかな土を踏み締め、距離を詰め。
 今にも飛び立とうという光を逃がさじと、勢いよく網を振るった――


「2人とも、虫取りは楽しめたかね?」
「うん、とっても楽しかった!それにみんなで遊べたから満足!」
「……なぁお(サンが楽しめたのならよかったわ)。」
 幸雄が塗った砂糖水を辿りながら、連れ立って歩く帰り道。
 サンとクロは見るからにくたくたといった様子であったが、足取りは軽い。
 彼女が歩く度に揺れる虫かごの中には、自分で捕まえたクワガタと……
「あとちょっとだったのになー!ねー、クロ!」
 ――それ以外のものは、入っていなかった。
 振るった網は確かに『幻の虫』を捕えたかに見えたが。
 網の中を確認した時、不思議なことに何もいなかったのだという。
 幸雄は『幻の虫』を見る事は出来なかったが、首を傾げているサンが嘘を吐くような人物でないことは、3か月近い付き合いの中で理解している。
(『純粋な心の持ち主』である、サンとクロだからこそ見えたのかもね。)
 彼は一つ、そう仮定するに至り。そして純粋な彼女たちを労うために笑みを浮かべ。
「よ~し、帰ったらとっておきの瓶のラムネで一服して、鉄板焼きでもやろうか。」
 これだけ歩き回れば、お腹だって空いてくるもの。この提案にサンが頷かぬ筈がない。
 幻の存在とはいえ、確かに『いる』事はわかったのだ。
 この正体を暴くという、新たな楽しみが生まれたと言ってもよいだろう。
「不思議な体験が出来たし、幸雄くんが晩御飯をご馳走してくれるっていうし!なんて素敵な一日!クロもそう思うよね!」
「……んなぁ。」
 こうして、『幻の虫』に端を発した2人と1匹の真夏の冒険は、次なる冒険の予感とともに終わりを告げるのであった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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