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●さしすせそ、をする為に

 駅併設の百貨店、5F。フロアは落ち着いた内装ながら、客層は比較的華やかな雰囲気を纏う者が多い。男女比は圧倒的に女性が多いものの、一人でじっくり練り歩いている男性もいる。
 インテリアや雑貨を扱う店舗が並ぶ中、イリス・レーゲングランツ(搏景を追う迷い子・h04975)と|青柳《あおやぎ》・サホ(忘れじの春・h01954)の目的地はエレベーターを降りて直進突き当り。ウッドボードに|装飾字《カリグラフィ》のロゴが掲げられた看板、白と木目で揃えられた店内。清潔感と高級感を併せ持った小洒落たブランドはキッチン雑貨をメインに扱う店だ。

 前々から気になっていたものの、サホはこういった店は自分には縁遠いと感じていた。なんせ普段から手料理らしいものは一切しないわけで、家にある調理器具は炊飯器とレンジ程度。凝った料理を食べるのは好きでも己が再現したいと思う程でもなく。
 意識が変わった切っ掛けはアルバイト。飲食店に勤め、店長やバイト仲間が楽し気に調理する姿に感化され、自炊に手を出そうと考えた。となると『そもそも調理器具がない』問題にぶち当たる。
 包丁の切れ味って気にした方がいい? 鍋とフライパンって別々に必要? 油ものって普通の鍋で大丈夫? とまぁ分からない事が多い。店に置かれている物は|プロ仕様の《しっかりした》作りで一人暮らし用にはとても思えない。かと言って情報過多のネット検索に頼っても却って惑わされるだけ。
「初心者向けの料理、じゃなくて……」
「サホさん、何か作るんですか?」
 時間は少し遡り、仕事中。他愛無い私語。
 客商売である以上常に混んでいるとも限らず、その日は比較的余裕があった。店のキッチンで食材の下拵えをしながら呟くサホへ、隣で同じく仕事に勤しむイリスは興味深そうに尋ねる。お互い大学生だというのに、二人は対照的だった。
 イリスから見てサホの都会的なファッションはかなりハイセンスに感じて、憧れのような、仕事以外でも仲良くしたい、洗練された大人のお姉さんに映る。一方サホにとってのイリスは仕事中の行動がこなれているからだろうか、気負わず自然な手付きで料理する姿に経験の差を感じて、頼もしいと同時に常に楽しそうな様子が眩しく可愛かった。
 二人とも自然と相手に『自分にない良さ』を見出していた故に、会話も弾む。
「作ってみたいけど、家で料理しなくて。何から揃えたらいいかなって迷い中」
「普段外食なんですか?」
「外食の時もあるし、出来合いのものが多いね。だから料理するなら道具買うとこからかな。包丁もないし」
 特別なんともない風に言うサホに、イリスは少々面食らう。自炊をしないにしても最低限以下のような気がして、同時に『クールで完成された大人』に見えた存在がほんの僅か近くに思えた。助け舟とまではいかないが、迷うなら料理の先輩としてアドバイスくらいはできる。何より親しくなる絶好のチャンス!
「サホさんさえ良かったら、都合のいい日に一緒にキッチン雑貨を見に行きませんか。実物を見ながら吟味するのも楽しいですよ」
 降って湧いた願ったり叶ったりな話にサホは「いいね、行こう」と即答。迷って時間を無為に消費するくらいならその分を実技に回した方がいい。
「普段から料理してるイリスちゃんが一緒なら心強いな」
「これは期待に応えないといけないですねっ」
 二人とも休みの日に約束を入れ、サホは当日までに欲しいものを、イリスは買っておくべきものをリストアップしておいた。全部買ったら相当重くなりそうだ。

 ころんと丸いチューリップグラス、物理強化ガラスのプレート、細身で頑丈なナイフとフォーク……店先に並んだ新商品をスルーし、二人は店の奥へ進む。ああいったものは料理を作るようになった次のステージで買うもの。まずは調理に慣れるところから、となればキッチンに立った時にモチベーションが高まるものがいい。
 料理は視覚でも楽しむもの。バイト先では当たり前の事だが個人でやる時だって渋々より”作りたい”と思いながらやりたい。いざキッチンに立ってカワイイ道具に囲まれたら、楽しく料理できるような気がする。気分がそのままスパイスになれば味も心なしか美味しくなるはずだ。
「このお店、ずっと気になってたんだ。キッチン雑貨を見るのは好きなんだよね。これからは視覚情報を摂取から使い手に昇格だよ」
「本気のやる気ですね! キッチン雑貨って使うトコとか考えて、延々眺めちゃいますよね。サホさんはどんなデザインが好きですか?」
「やっぱり家に置くなら可愛いものがいいかな。料理に限らないけど、実用性と見た目のオシャレさが両立してるの選びがち」
 どうせ選ぶならサホの好みをと尋ねてみれば、返ってきたのは『可愛いもの』なのだと。真剣な眼差しで可愛いものを吟味する姿が可愛いなぁと、イリスは内心ほっこりしながら同意した。調理道具と言えどインテリアも兼ねていると思うし、日常の一部に溶け込むなら尚の事好みで固めたほうがテンションがあがる!
「最低限、何があればお料理って出来るのかな。包丁、まな板、あとはフライパン? 片手鍋も欲しいかな。揚げ物は専用の鍋あった方がいい?」
「色々作る予定ならフライパンは深型にしてもいいですね、炒め物から鍋物までマルチに使えますよ。揚げ物の油はオイルポットに一時保存すれば同じフライパンでも大丈夫です」
「先人の知恵だ。オイルポット……」
 |バイト先《Gimel》を思い出す。あれか~、と納得した様子のサホに続き、イリスは花や果物型の計量カップを手に取った。
「他は計量カップとスプーンも欲しいですね。ボウルとザルのセットやキッチンへラもあるとイイかもです」
「ボウル類、一人暮らしだと大きさと数に迷うね。大は小を兼ねるかな。イリスちゃん|家《ち》はどのくらいのサイズ使ってる?」
「私は母と二人暮らしなので家庭用と変わらないと思います。料理は同時進行が多いですし、ボウルなら大中小の三個セットがあれば便利です!」
 お酒のつまみを作るならチョッパーを使うと時短になりますよと、イリスはGimelのメニューを例にして使用場面を具体的に伝えてみた。本人はまだ飲酒できずとも、提供するディナーの中にある以上大体覚えている。
「初めはざく切りとかの簡単なのを作って、慣れてきたら手順の多いレシピを試すのも楽しいと思いますっ」
「料理って地味に手順多いよね。時短って工程を省くってことなんだ……」
 目を惹いたものから手に取って、サイズ感やグリップの握り具合を確かめ選んでいく。あれこれ買って、お会計は軽く万札が飛ぶも想定内。ブランドものはデザイン代も含んでいる。
「これがあれば、自分で作ったおつまみで家飲みができるのか……」
 購入した調理器具を抱きしめ、サホはしみじみ料理に想いを馳せた。成人してから覚えた家飲みの楽しさ、その幅が増えて素直に嬉しくなる。隣で尾を揺らしながら眺めるイリスも、目に見えて喜んでいる姿のサホの助けになれたことが嬉しかった。家庭料理の第一歩を踏み出すサホへ、最高のスタートダッシュで送り出せたと思う。
 惜しむらくは家飲みでまだ酒の共はできないことだ。おつまみは作れても一緒に酒精に酔うことは許されない。オトナっていいなと、ちょっぴり羨ましくなったりして。
「イリスちゃんが成人したら一緒に飲もうね」
「えっ!? もしかして顔に出ちゃってました?」
「なんとなくね」
 察されるくらい見られていたのかとイリスは思わず手で頬を覆った。バレて恥ずかしい反面、誘ってくれたことはとても嬉しい。成人まで待っててくれるんだ、とニヤけるのを抑えられない。あと一年、一緒に酒を楽しめる日を迎えられるよう、この関係を大事にしていきたい。勿論、他のバイト仲間とも。
 Gimelの皆でお祝いするのもいい。来年にはサホも料理上手になって、おつまみを作ったりできるかもしれない。その時に自信作のひとつやふたつ、用意できれば今回の恩返しにもなるはずだ。
「あ、荷物一つ持ちますよっ」
 量が多くなると予想していたから元々持つ予定ではあったけれど、これでは照れ隠しを誤魔化しているようで。元気なイリスの、いつにも増してハキハキした様子にそれ以上追及することもなくサホは軽い方の紙袋を手渡した。ちょっと悪いかなと思いつつ、きっとここで渡した方が気を使わせないだろうから。
「ありがと。ね、まだ時間あったらお茶して帰らない? 私の|行きつけ《お気に入り》が近くにあるんだ」
「お茶休憩賛成ですっ。歩き回ったので体が甘いものを欲しがってます!」
「疲れたら甘い物と紅茶で一休みするのがマストだもんね」
「サホさんの好きなお店なら間違いなし、ですね」
 駅ビルから出て小路に入り、そのまま小ぢんまりとした|喫茶店《カフェ》へ足を運ぶ。大通りに面した有名チェーン店の影に隠れ、ひっそりと存在する個人経営の店。それでも潰れず、他に客もいることから根強いファンがいるのだと窺える。
 サホにとってはいつものボックス席に、今日は向かい合わせで座った。サっとメニュー表を渡し「好きなの選んで。ここは奢るからさ」と笑う。受け取ったメニュー表から一度視線をあげたイリスの紫と、サホの青い瞳が交わった。
「お礼とかはあまり気になさらずっ。私から言い出したことですし……」
「一人だとあれもこれもって結局使わないものまで買ってたから、浮いたお金だと思えば安いよ」
「滅相もないです。サホさんとお出掛けできて私も楽しいので」
 再びメニュー表に視線を落とし、華やかな写真に目移り。ピーチとマスカットがふんだんに盛られた季節のフルーツパフェも、抹茶とナッツのスフレパンケーキも美味しそうでひとつに絞るのが難しい。
「どっちも美味しそうっ。サホさんのおすすめってありますか?」
「この二択ならパフェの方かな。季節限定だし、甘いのに後味すっきりで重くないんだ」
「ならこれにします!」
「OK、飲み物はどうしよっか。おすすめはフルーツティー、かわいいんだよ」
 丁度ティーセットで頼める時間帯。二人で同じ飲み物を頼み、しばらくしてボリューミーなパフェと分厚い3枚のパンケーキ、カップの中にレモンの輪切りと極小の金平糖が星のように散りばめられた紅茶が届いた。逆写真詐欺では? と思ったがわざわざ確認するのは無粋なのでやめておいた。この場合、イリスの感覚が正しい。サホも最初は大きさに驚いたがすっかり慣れた。
 記念に写真撮影をぱしゃり、すぐに手を合わせていただきます!
「んーっ、おいしいっ、です!」
「気に入ってもらえて良かった」
「はい! また来たいな」
 おいしいスイーツにかわいいお茶、目も口も幸せすぎる。噛みしめているのはフルーツなのか多幸感なのか、曖昧なまま混ざって飲み込めば美味の前には些細な事とどうでもよくなっていく。
「今日の代わりと言っては何ですが、今度は私のお洋服選びに付き合ってもらえたら嬉しいです。流行りの服とかオシャレな着こなし方をサホさんに教わりたいなって」
 イリスとサホの服装は全く違う。バイト先の制服ですら同じなのに纏う雰囲気は別物。普段着は自分に似合うものを選べていると思うが、それはそれ。大学に在籍する同年代を観察し様々な服装を眺めては、好みと似合うかどうかを天秤にかけ結局慣れた服を選んでいる自覚がイリスにはあった。
 二人はその点で似ているのかもしれない。
 料理は作れるけど作らないサホ、アーバンウェアを着る機会はあっても着ないイリス。図々しいお願いかな、なんて心配は杞憂で、サホは今日イチ瞳を輝かせ食いついた。
「お洋服! 最高。女の子の服選びさせてくれるの、楽しすぎる! もちろん喜んで」
「やった♪」
 先日と変わらぬ即答快諾にイリスはテーブルの下で小さくガッツポーズ。甘いパフェが一層、身体と心に染み渡る。今から次の買い物が楽しみで仕方ない!
「逆に私がご褒美だよ。どんな服着てみたいとか、今持ってる服に合わせたいとか、何でも聞いて」
 サホは眼前のイリスをガン見し、想像を膨らませる。流行に乗るなら形からか、色からか。シルエットも気にしたいし、鞄や靴のアイテム選びもやりたい。いっそ全身コーデしたい! 女子と2人でお買い物の醍醐味を、今日も次回も楽しめるとは。贅沢な日々に心が躍る。
 突き刺さる視線にイリスは「そんなに見られると食べ辛いです」と満更でもない苦笑を返した。紅茶の中で踊る金平糖がイリスの気持ちを代弁しているとも知らず。

「今日は本当にありがとう。イリスちゃんと来れて良かった」
「こちらこそありがとうございました! 今日一日、すっごく楽しかったです! ぜひまた、一緒にお出かけしましょっ」
「うん、また来ようね」
 結局カフェのお会計は別々で、次の約束を礼代わりに帰路につく。充実した、けれどまだまだ続けたい日常。
 お買い物するだけでこんなに楽しい。もっと沢山、一緒に出掛けて。

 ――サホさんが作った服も着れるようになろう!
 ――イリスちゃんに手料理を振舞えるようになろう。

 互いに目標を立てる。その為にも、また|仕事《バイト》を頑張ろう!
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