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 突き出した前蹴りは言うなれば『槍』、一番リーチの長いそれを牽制として使い、相手の前進を阻んだところで、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は低く踏み込み、その足元を刈るように足払いを放った。
「甘い」
 対する相手、静寂・恭兵(花守り・h00274)は無駄なく半歩引くことでそれを躱すと、踵を踏み込む瞬間に掌底を軽く胸に押し当てた。
 攻撃というより、立ち位置を正すための軽いタッチ。それでもアダンは思わず顔を歪める。芯に響くその衝撃は、発勁によるものだろう。
「ちっ……!」
 これでは届かない、ということだろう。舌打ちを一つ零しながら、アダンは動きを止めることなく次の攻め手に移る。今度は自分からステップインして直接蹴りを当てる……そう見せかけることでパンチを誘い、サイドに回り込みながらのハイキックで相手の側頭部を狙った。
 決まれば一撃で片が付く、そんな速攻もまた、巧みに身を捻った恭兵によって受け流される。

 ――√能力無しの組手を頼む。
 アダンが恭兵にそう願い出たところ、彼はそれをすんなりと受け入れてくれていた。日々の戦いの中でアダン自身が感じていた不調、それと同じものを、相棒と呼べる彼もまた感じ取っていたのかもしれない。
 そうして始まった軽い『手合わせ』は、今のところ先ほどと同様の調子が続いている。アダンの戦型、√能力のために両手を空け、蹴撃を主体とした鋭いそれに対し、恭兵のそれは生存を念頭に置いたものであるためか、アダンの攻撃はその真価を発揮することなく、攻めあぐねる状態が続いていた。
 動きがどうにも噛み合わない。足を振るえば捌かれ、距離を詰めれば横に流され、常に一歩遅れる感覚がつきまとう。……いや、これは。噛み合わないのではなく、そもそも動きが読まれているのか?
 恭兵がしっかりと『対応』し始めたのもその一因だろうか、相手の技術に驚嘆するように笑う。こうして向かい合って初めて発見できるものは多いが、しかし。額に汗が滲み、肺が焼ける。それを堪能している場合ではないようだ。
 この状況を打破するには、これしかあるまい。アダンは今まで使っていなかった両の拳を握りしめる。全力の連撃で以て、一息に沈める――!

「そこまで」

 だが、そんなアダンの動きを制止するように掌を向けて、恭兵がこの組手の終わりを告げた。アダンとしてはまだまだこれからだ、と返したいところではあったが。
「……っ、はっ、くっ……!」
 どうやらそんな余裕はなさそうだ。動きを止めたところで一気に疲労が来たのか、構えを解いたアダンは、荒い呼吸をしながら両腕を下した。
「こうも、差があるとはな……」
 戦いの流れを思い返し、なぞりながら彼は言う。こちらの攻撃はことごとくいなされ、有効打のないままこの有様だ。そして、それよりも。
「途中、何度か死ぬかと思ったのは気のせいか?」
「加減はしたつもりだが」
 暗殺術を根本とする独特の闘法、恭兵の放つそのプレッシャーは、√能力なしの戦いにおいても十分な重さを伴っていた。対照的に、√能力を使えない状態でのこちらはと言えば――。
「駄目だな。√能力が無いだけで、此処迄動けぬとは」
「どこが駄目かは自分でもわかっているな?」
 本来は、足技を牽制に用いて本命の両手、√能力を当てに行くのがアダンのやり方だ。こと体術のみとなればそこから転じ、威力のある足技での短期決戦、速攻をかけていくことになる。自分の体力のなさを加味したその方向性は、間違ってはいないかもしれないが……やはり、それにも限度がある。実際のところ、先ほどのアダンは両拳を使おうとする頃にはもう息切れを起こしてしまっていた。
 そんな分析を下敷きに、あえて恭兵はその先を続ける。
「はっきり言うとだな……アダン。お前は持久力がない」
「ゔっ」
 改めて口に出されると反論のしようもない。其の通りだと、アダンは呻きつつもそれを認めた。この肉体の主人格……結斗も努力はしているようだが、喧嘩や格闘技どころか戦闘ともなれば、事務職の一般人では体力が足りようはずもない。√能力を駆使した高火力で強引に終わらせる分には不自由はなかったが、逆に「それで誤魔化していた」とも言い換えられるだろう。
 この先、さらなる強敵との戦いを見据えるならば、見過ごせない点ではある。
「とりあえず走りこみでもしてみるか?」
「ふむ、走り込みか」
 恭兵の提案に、アダンが唸る。安直かもしれないが、しかし確実に効果は見込める。やらない手はないだろう、と頷くと。
「よし、では俺も付き合おう」
「は?」
 思わず顔を上げてアダンが問う。いや、別に走り込みに付き合ってもらう点に関しては構わない。だるそうな顔をしていても、こういうことに関して彼は付き合いが良い。
 ただ問題は、恭兵が表を指さしているところだ。
「今から行くのか?」
「当然だろう」
「先程まで俺様達は組手をしていたと思うが?」
「そうだな」
「言いたくはないが、俺様の息が上がったために決着がついたよな?」
「ああ、おかげで問題点は明らかになった」
 俺様が疲労しているという話だが? いや、確かに本当の限界というやつは早めに自覚しておいた方が後々のためか。しかし流石に今はちょっと待てお前力強いな!?
 こちらの言説を聞いているのかいないのか、引きずり出される形で、アダンは走り込みに出ることになった。
「あ、後で介抱を覚悟しておけ!?」
 速やかに先行し始める恭兵を追って、夏の盛りの屋外へと走り出す。

 訓練に使った場を始点として、そこの近所を一回り。先導するように前を走っていた恭兵は、振り返ってアダンが追いついてくるのを待つ。汗に塗れ、どこかおぼつかない足取りでやってきた彼からは、いつもの尊大にも見える余裕が消え失せていた。
「はじめは軽めに抑えておいたつもりだったが……そんなに疲れたか?」
「お前、本当に、おま……」
 緩く首を傾げる恭兵に対し、息を荒げて膝を折ったアダンは、言い返す体力もないらしい。
「死なぬが、死にそうだ……だから、俺様は、元々の体力がだな……」
 とりあえずはそれで精一杯。一方で涼しい顔をした恭兵は、そちらにスポーツドリンクを差し出しながら、わずかばかり眉根を寄せた。
「俺は人に教えるのには慣れてないからな……ダメなところがあったら教えてくれ」
 受け取ったスポーツドリンクをしばし喉へと流し込み、その冷たさに人心地ついたところで、アダンはようやくそれに答えた。
「指摘は、的を射ていた。教えに問題は無い、俺様も納得した」
 そう、これは恭兵なりにアダンのことを考えての提案であったし、その内容に異論を差し挟む余地も必要性も感じなかった。ただちょっと本人の才能が豊かすぎるのか、彼の身体能力を基準にされると厳しい、というだけで。
「地味だが、続けていけば徐々に持久力は上がっていくだろう」
 大事なのは継続だ、という点についてもアダンは頷いて返す。今は軽く死にそうになる距離だったが、体力向上に伴い少しずつ楽にこなせるようになっていくはず――。
「次は二周してみるか」
 おい、そういうところだぞ。
 本気とも冗談ともつかないそれに、思わず真顔になって、アダンはスポーツドリンクを飲み干した。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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