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宵桔梗、朱花に染まりて

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 夏の宵、湿った夜気をすくい取るように、川面から涼やかな風が吹いていた。
 見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は、少し早足になりながらも、歩調を合わせて隣に立つ男の顔をちらりと見上げる。

 「レオンさん、花火見ませんか、花火!」

 数日前、出かけた帰りに見かけたポスターの鮮やかな色彩が、まだ頭に残っている。友人ではなくて大切な人と、花火を見に行きたいと思う日が来るとは思わなかった。見るのなら、この人と。
 意を決して口にしたその言葉に、レオン・ヤノフスキ(ヴァンパイアハンターの成れの果て・h05801)は目を細めて笑った。

 「花火か。いいねぇ、ニッポンの夏の風物詩じゃねえの。おう、行こうぜ!」

 即答。迷いのない声に、七三子は思わず頬が熱くなる。
 まだ慣れない関係は戸惑いの連続で、心臓の鼓動はいつもより早い。けれど、それ以上に今は嬉しさが勝っていた。

 浴衣に袖を通したのは、その日。

 炭紺に桔梗柄、帯は濃い赤とグレーの市松模様。
 淡い光沢の生地が、しなやかに伸びた腕や脚の線を柔らかく包み込み、動くたびに布地の下から戦闘員として鍛えられた均整の取れた体躯がうっすらと想像できる。

 白く透き通る肌は首元やうなじから覗き、夏の夜の灯りに儚くも艶やかに浮かび上がっていた。さらさらと風に揺れる長い黒髪が背中に流れ、普段は硬質な印象を与える瞳にも、浴衣の魔法がかかったような柔らかな色が差している。

 カラコロと下駄で歩む足取りはいつもより小幅で、はたから見ると少し頼りなさそうで――その姿は、彼女自身が気づかぬまま、異性を無防備に惹きつける艶を帯びているようだった。

 待ち合わせの場所で彼を見つけた瞬間、息を呑む。
 甚平姿のレオンは、背が高く、がっしりとした体格をゆったりとした衣が引き立てていた。暗殺者として鍛え上げられた肉体は、立っているだけで鋭い存在感を放ち、甚平の裾から覗くすらりと伸びた脚は、鍛えられた太腿や脹脛のたくましさを隠しきれない。

 「……すごくお似合いです。いつもと違って、なんだか……格好良くて」

 「おおっ、なんつーか……すげえ似合ってるぜ。スーツ姿のイメージが強えからなぁ、ギャップにやられるわ」

 にかっと笑う笑顔に七三子は自分の緊張がほどけるのがわかった。浴衣選びも着付けも、全部がこの笑顔と言葉のため。花火を見る前から幸せを胸に打ち鳴らしつつ彼についていく。

 ――待ち合わせ場所で彼女の姿を見つけた瞬間、一気に熱を帯びた。
 炭紺の浴衣に桔梗の花。濃い赤と灰の市松模様の帯が腰を引き締め、しなやかな手足をさらに映えさせている。さらさらの黒髪は夜風に揺れ、白く透き通るうなじと首筋をあらわにしていた。戦いで鍛えられた体躯は細すぎず、だが女性らしい柔らかさを保っている。歩くたび、生地越しに肌の存在を意識させる――。

 彼女の黒髪に朱花の光を重ねる想像だけで、理性がきしむ。しかも自分の賛辞に安心したような笑顔を見せてくれれば、胸にこみ上げるものがあるのも仕方ない。
 もしこのまま腕を取って引き寄せれば、白い首筋が顔面にきて――



 彼が事前に探してくれた場所は、川沿いの小高い丘の上だった。人混みから離れ、見晴らしの良いその場所は、二人だけの特等席のようだ。

 「ここならゆっくり見られそうですね。ありがとうございます!」

 「せっかくの浴衣が汚れちまったら台無しだ。ほら、これ敷けよ」

 差し出されたハンカチに、七三子は小さく息を呑む。唐突な優しさは、時に心臓に悪い。思わず「ちょっとくっついてもいいですか」と口にしてしまい、頷きをもらった時にはもう、彼の体温がすぐ横にあった。

 コンビニ袋から缶ビールと缶チューハイを取り出し、花火前のフライング乾杯。冷たい缶の感触、炭酸の刺激が喉を抜けるのとほぼ同時に、夜空を裂く音が響いた。

「……わ、始まりました!」

 暗い天幕に咲く、ひとひらの光。続いて大輪が開き、夜空を鮮やかに染め上げた。
 朱夏を象徴する朱花の光が、ふたりの頬を紅く照らした。

 「すごい……綺麗です、レオンさん! 音もこんなに響くんですね」

 「ははっ、俺もこんなちゃんと見たのは初めてだぜ。見下に誘われなきゃ、一生来なかったかもなぁ」

 次々と夜空を焦がす花火の轟きは、胸の奥の鼓動と重なっていく。

 ぱらぱらと光の粒が降り注ぎ、浴衣の肩や髪に一瞬だけ宿っては消える。
 花火の色彩は時に黄金、時に蒼白に変わり、そのたびに七三子の表情も変わった。
 驚きに瞳を見開く瞬間、ふと息を呑む瞬間、微笑む瞬間――どれもが夜に封じてしまいたいほど鮮やかだった。

 弾ける音の間を縫うように、静寂がふたりを包み、そのわずかな間にだけ風の音や川のせせらぎが忍び込む。川面からの涼風が二人の間を撫で、七三子の髪をそっと揺らすと、甘く乾いた香りがレオンの鼻先をかすめた。
 
 どん。

 漆黒を割く光が一直線に駆け上がり――轟音とともに、大輪が咲き誇った。
 朱花の花弁が幾重にもひらき、きらめく火の粉がゆるやかに落ちていく。

 その光は、七三子の頬を溶かすように染め、長い睫毛の影を深く落とした。黒髪が朱に透け、一本一本が炎の糸のように輝く。
 帯の赤は燃えるような色を帯び、桔梗の花は夜に浮かぶ幻のようだ。

 「……綺麗だな」

 レオンの声は花火に呑まれて消えそうだったが、その響きは確かに彼女の耳に届いた。
 ふと視線を返せば、青い瞳の奥に、花火と同じ光が揺れている。
 その光は空を見上げるよりも、目の前の存在に惹かれていると知ってしまう。

 欲望は確かにそこにあった。だが、理性はそれ以上に強く、彼は唇を噛み、視線を夜空に戻した。

 ふと人の気配を感じ、木陰を探れば、寄り添うカップルが見え隠れしていた。
 暗がりで輪郭は曖昧だが、女性の白い肌が浴衣の袖や裾から覗き、男の影に密着している。互いの顔は近すぎて見えないが、その距離の近さが何をしているかを雄弁に物語っていた。

 「……っと、おお? わりぃ、見下。俺らの貸し切りじゃなかったみてえだ」

 七三子もその視線を追い、顔を赤くして俯く。外であんな…と思うだけで落ち着かなくなり、レオンの腕を軽く叩く。

 「なんでそういうの気づいちゃうんですかぁ……っ!」

 「いいじゃねえの、俺らも見せつけてやろうぜ♪」

 軽口に返そうとした瞬間、レオンの視線が真剣な色を帯びて七三子は言葉を止める。
 普段と違う装いの彼の瞳に撃ち抜かれ、鼓動が一段と速くなる。浴衣越しの肩に触れられた手が、熱を帯びて伝わってくる。

 朱花が散るたび、二人の距離は縮まる。視線が唇へとゆっくり移ろい、耳元に低い声が落ちる。

「次の花火が消えたら――」

 やがて、夜空いっぱいに咲く特大の一輪が、すべての色を呑み込み、朱と金の光で二人を包んだ。
 音が世界を震わせ、空気が胸を押し返す。ふたりは互いを見たまま、その余韻の中でわずかに身を寄せた。
 
 空に大輪の朱花が咲き、ふたりの瞳に、髪に、肌に溶け込む。音が遠のく。

 花火の余韻が、二人だけの秘密をそっと包み込んだ。


 『ね、あそこのカップル』
 『お熱いね』

 花火を見に来た通行人がささやき合う。

――はてさて、誰のことだったのか。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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