おでかけおさかなてんごく
昼間の暑さがすこしばかり落ち着いた、夕暮れ時。地域のちいさな夏祭りは、こどもやお年寄りを中心とした家族連れでにぎわっている。
とことこ、とことこ。人々の足元をすり抜けることなく、のんびりと歩く野良猫が一匹。
「あ、薙ちゃんだ」
「薙ちゃんもお祭り来たの?」
名前を呼ばれ、にゃん、と雉尾・薙は元気な鳴き声で応える。キジトラの地域猫は、様々な街で可愛がられて早数年。
「今日はおさかな祭りだもんねぇ」
おさかな祭り。川魚が有名なこの街では、おいしい魚を様々な方法で調理した出店がずらりと並ぶ。それをよく知る地域猫達が、そろってやってくるのも猫好きの間ではおおきな魅力。
「にゃむ」
そんなわけで、おさかなポシェットを携え、薙もご同伴に預かりに来たのだった。
ふんふんふん、鼻をくすぐるいい匂い。炭火でじゅう、と焼いた魚の香りに、薙の足取りも軽くなる。焼き魚を提供する店の前にちょこんと座ると、見知った中年の男性が猫を見留める。
「お、薙。来たな、食いしん坊」
お前の分もちゃんと用意してあるぞ。そう続けて、十分に冷ました焼き魚のほぐした身を皿に乗せる。塩もかけないシンプルなそれは、猫達のために誂えられた特別なもの。
早速はぐはぐ食いつくと、なかまで火が通った白身はとってもいいお味。それを眺める店主は、うまいか、と目を細めた。
「キジトラちゃんだ、かわいい。この子っておじさんちの子?」
「いいや、色んなとこをほっつき歩いてる自由な奴さ。人なつっこいぞ」
焼き魚を買いに来た客へと店主が応えてやれば、それに同意するように薙も客を見る。とてとてと近づいて、足にすりすり。
「か、かわいい……!」
めろめろの客が動けずにいるのを見かねて、店主は客からスマホを借りて薙とのツーショットをぱしゃり。感激している客と共に、満足した様子の薙を見送る。
お次に薙が向かったのは、ちょっぴり贅沢なレストランの出店先。白身魚を揚げ焼きにしたおいしいそれを、祭りではサンドイッチにして食べられると評判だった。
「あら薙ちゃん、こんばんわ。すこし待っててね」
いつも可愛がってくれるオーナーの女性が、シェフへと声をかける。薙に気づいたシェフは、圧力鍋でじっくり煮込んだ魚を用意してくれた。
もちろん、猫達のために味つけはほんのりとしたもので、ふわふわの身がたまらない。ごろごろと喉を鳴らしながら平らげた薙を見て、わぁっとこども達が近づいていった。
「薙~元気?」
「ごはんもらえてよかったね!」
猫との接しかたをよく学んでいるこども達の撫でかたに、薙はご機嫌モード。やっぱり喉を鳴らしつつ、お腹まで見せてみたり。
十分満足したなら、また次の店へ。そうやっておさかな祭りを満喫する野良猫にも、やがて夜が降りてくるのだった。
今日のお出かけはこれでおしまい。うんと伸びをしたならば、一番お世話になっている老夫婦の家へ。
用意してもらっている寝床で涼しく快適な眠りに落ちて、なんとも楽しい夢を見る。
綺麗な川のなかで泳ぎながら魚を捕る光景を、にゃむにゃむと堪能していた。
さて、明日のお出かけはどんなものになるのだろう。特に決めてはいないけれど、きっと満足できるはず。
だって猫の一日とは、そういうものだから。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功