國語概念
「こうして町を歩いているだけで実感できマスネ。カタストロフへと至る混沌化と分断化が加速度的に進行していることを……」
「ごめん。ちょっとなに言ってるか判らない」
寂れた住宅地を連れ立って散歩しているのはアノマニス・ネームレスとイヌマル・イヌマル。
前者は、身の丈ほどもある万年筆を携えた女。
後者は、人語を話す胴長短足のバセットハウンド。
怪異が横行する√汎神解剖機関にあっても珍妙なコンビと言えよう。
「カタストロフを回避するためにも統一言語の復活を急がねばなりまセン」
「トーイツゲンゴ?」
「完璧な相互理解を人類にもたらす言語デスヨ」
「ソーゴリカイっていうのがもたらされたら、なにか良いことがあるの?」
「ありますトモ。たとえば……ほら、アレを御覧なサイ」
アノマニスは立ち止まった。
イヌマルも足を止め、彼女の視線を追った。コンパクトマンションの前にキッチンカーが停まっている。その傍に置かれているのは、『回転焼き』と記された看板。
「わふっ!」
喜びの叫びがイヌマルの口から飛び出した。回転焼きをおごってもらえる――そういう流れだと思ったからだ。
しかし、アノマニスはその場から動かず、看板をじっと見つめている。
「アレの呼称は一定していまセン。看板には『回転焼き』と書かれていますガ、『今川焼き』と呼ぶ者や『大判焼き』と呼ぶ者もいマス」
「僕の居候先の大家は『自慢焼き』って呼んでる。『満月焼き』って呼んでる知り合いもいるよ」
「多くの人々がアレの呼称に強いこだわりを持っていマス。異なる派閥同士の意見のぶつかり合いは宗教論争もかくやという激しさデス。しかし、統一言語が復活した暁にはアレにも不動の呼称が与えられ、不毛な論争は過去のものとなるでショウ」
「……ふーん」
と、イヌマルは頷いた。いや、項垂れた。アノマニスの話はよく判らなかったが、回転焼き(あるいは今川焼きあるいは大判焼きあるいはその他諸々)をごちそうしてもらう展開になりそうもないことは察しがついた。
「まあ、それはさておき――」
イヌマルがしょんぼりしていることに気付いたのか、アノマニスは唇を歪めてギザギザの歯を覗かせた。
笑ったのだろう。
「――ちょっと一休みして、アレを食べていきまショウカ」
「わふっ!」
イヌマルは再び歓喜の声をあげた。
そして、統一言語の復活を待たずとも万人に伝わるであろうジェスチャーを見せた。
尻尾を振ったのだ。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功