√泣かない蒼鬼『精霊会』
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故人を思う。
それは未来ではなく過去に目を向ける行為であるだろう。
過去を思い、今を感じる。
確かなものは、過去にしかない。けれど、人の記憶が喪われていけば、当然その過去もまた歪むことは言うまでもない。
歪むだけであったのならば、まだいい。
忘れ去られ、誰の記憶にも残らぬ者は、存在すらしなかったことになるだろうから。
それは人が歴史というものを紡いでいる以上、必然でもあった。
だから、なのかもしれない――と、櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)は思った。
湖に浮かぶ島。
そこには剣のインテリジェンスウェポンが存在していた。
名を『バイスタンダー』。
救命者と傍観者の名を持つインテリジェンスウェポンである。
湖武丸は、これを狙った『外星体同盟』のたサイコ・ブレイド』と、この島で対決したのだ。
激闘の末、仲間たちと共にこれを打倒して、『バイスタンダー』を護ったが、これまで彼を護ってきた一族最後の一人、老人にして守り人『ラクサ』は崩れ去り、この世を去ってしまった。
「久しぶりだな、『バイスタンダー』」
時間にすれば二ヶ月ぶりだ。
「久しいな。櫃石・湖武丸。息災ないか」
眼の前の剣から声が発せられている。
地面に突き立てられたまま、僅かに振ったであろう夕立に濡れていた。
弾かれた雨が粒となって刀身に浮いている。
「それで、何用だね」
「ああ、今の時期は盆だからな。死んだ者の霊がやってくる日だ。『ラクサ』も」
「律儀な男だな、君は」
「そうだろうか。勝手ながら墓参りをしてきた。酒を好むかどうかお前に先に聞いておくべきだったが、色々と供えてきた」
「ありがとう。礼を言う。私は身動きが取れないからな」
その言葉に湖武丸は、眉根を寄せて、くしゃりとした表情を作った。
「無理にそんな顔を作らなくていい。その気持だけで彼も十分だろうさ」
「そうだろうか」
彼らを襲った『サイコブレイド』はまだ『Anker抹殺計画』を続けている。
戦いが終わっても全てが終わりではないのだ。
喪われるばかりだ、とかrは思っただろう。
壊れたものは戻ることない。元通りにはならない。
「そうだとも。少なくとも君が忘れなければ、彼という存在も喪われはしない。無論、私もだが」
「……そうだな。盆は口実だ。お前に会いに来たんだ」
「どうしてまた」
「少し考えた。俺は、一人の寂しさも誰かがいてくれる安らぎも知っている。だが、お前はどうだ?」
湖武丸は己の心の弱さを知っている。
だからこそ、誰かの不安には過敏だった。お節介と言われるかも知れない。
もしかしたら、『バイスタンダー』は寂しいとすら思っていないかも知れない。
けれど、やはり、なのだ。
もしかしたらという心が全てだったのだ。
「俺は『ラクサ』のようにずっとはいてやれない。だが、今日のように会いに来ることはできる」
「……そうだな。君の言うところの寂しさ、というもの感じないわけではない。だが、私はそれを言い訳にしてはならないと思っているんだ」
「何故だ」
「私の傍には彼らがいた。それは今もだ。わかるだろう。今も、彼らは私の中に存在し続けている」
記憶の中に。
霞むことのない記憶として、確かにあるのだと。
ああ、と湖武丸は思っただろう。
彼もまた強いわけではないのだ。
戦うための存在であるが、一度とて力をふるったことのない剣。
揺れ動くのは『バイスタンダー』も同様なのだ。
ならばこそ、思う。
「そうか。なら」
湖武丸は告げた。
「『バイスタンダー』、俺と友達になろう」
その言葉に微かに愉快そうに刀身が揺れた。
なぜなら。
「もうとっくに友だと思っていたよ、櫃石・湖武丸――」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功