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空色の宇宙船と道行かば

#√EDEN #ノベル #夏休み2025

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「もう本当、フォーさんにはいつも、お世話になってばっかりで。」
「自分は労働を好ましく思っています、お気になさらず。」
 他愛のない会話をカーラジオ代わりに、左ハンドルの空色のクラシックカーが夏の陽射しを跳ね返しながら、まるで宇宙船の如く滑る様に道を駆ける。
 高速道路に比べれば多少整備が行き届かない国道ではあるが、余程ドライバーの腕が良いのであろうか。
 小さなクラックや凹凸などで車体を跳ねさせる事もなく、内装の賽子の吊るし飾りも微動だにしない。
「窓、開けても?」
 助手席の妙齢の女がドライバーを見遣れば、ハンドルを握る男は小さく頷いた。
 同意を得て、ドアに据え付けられたハンドルを楽し気にぐるぐると回せば、吹き込んでくる潮の香りとともに彼女のポニーテールが風に躍る。
 この車に一目惚れし、いつかは相乗りをしようと画策していた水垣・シズクにとって、待ちに待った瞬間と言ってもよいであろう。少女の様な笑みとともに、身を乗り出さんばかりとなるのもむべなるかな。
 ハンドルを握る男……この車のオーナーであるフォー・フルードも、そのような思いを知ってか知らずか、はたまた彼女の喜びぶりを感じ取ったからか、『落ちないでくださいよ』などという無粋は口にせず。
 持ち前の鉄面皮で、目の前の道路の状況を見詰めている。
 助手席から海風を受けながら景色を眺めるシズクの金の瞳には、陽光と共に金色に小波だつ大海原。
「良い景色ですねー、いかにもこう、夏!って感じがします。」
 浮かれた声音を隠さない彼女の風景評に、フォーは表情を変えず、ふむ、と頷いて見せた。
「景色の良し悪しは理解できていると言えませんが、海は確かに良い物です。
 星を基盤とした巨大な流体システム。温かい水と冷たい水が循環し熱が交換される事で気候を作り出す。
 ――いわゆるそう、見ているとスッとすると言う物でしょうか。」
「そうそう、スッとする。まさにその通りです。抱えていた悩みが、大海原の前では小さく思える様になったり、海風に浚われていったり。開放的な気分にもなりますねー。」
 大真面目に答えるフォーには、シズクのよくよく変わる表情とは対照的に、やはり表情が無い。
 表情筋に乏しいのであろうか。否、乏しいも何も、そも、彼には表情筋と呼べるようなものは無いのだから。
 フォーは人型の存在ではあるが、その前身は金属で構成された、所謂|戦闘機械である。
 √ウォーゾーンに生まれた彼は、その名を除く過去の一切が漂白され、人類に友好的な人格を植え付けられたベルセルクマシンと呼ばれる存在だ。
 彼の黒鋼のヘルメットの如き頭部には緑に輝くカメラアイがあるばかり。これで表情を表現するのは、並大抵の事ではないであろう。
 図書やネットで得た知識のほか、シズクたちと共に無人島開拓にて得た体験を基に機械的に理論建てた海の評価も、シズクにとってはこのドライブのスパイスなのだろう。
 彼女はころころと、面白おかしそうに笑ってみせた。


 さて、フォーとシズクのドライブであるが、ただの遊行ではない。フォーはある使命を帯びて、ハンドルを握っている。
(やはり、いい車ですね。これならば、√EDENを走行している内は、『積み荷』の心配をしなくてよさそうです。)
 彼の故郷である√ウォーゾーンに於いて、フォーは|放浪者《ワンダラー》として、集落と集落とを結ぶ運び屋としての顔を持つ。
 今回も、いつものように物資の移送の依頼を受けたのだが、その移送先である集落との距離がかなり離れていた。
 荷受けした品が何であるかは、フォーは特に詮索はしていない。武器弾薬の類か、それとも戦闘機械群に侵略される前の、依頼人と受取人を結ぶ、何らかの思い出の品か。
 前者であれば√ウォーゾーンの日常であろうし、後者であれば実に人間らしい、浪漫溢れる行為であろうかとも思う。
 いずれにせよ、戦闘機械群にほぼほぼ侵略され、戦火の絶えぬ√ウォーゾーンの集落や都市間の移動は困難を極める。それが長距離ともなれば危険度は格段に跳ね上がるであろう。
 しかし、√能力者であるフォーの能力を以てすれば、目的地に辿り着く事は出来る筈だ。
 余程の例外的な事態にさえ巻き込まれさえしなければ、例え機械としての死が訪れようと必ず蘇る事が出来るのだから。
 そして、√ウォーゾーン仕様に改修された愛車とフォーがそうそう後れを取る事はあるまい。
 だが、今回は『荷物』も一緒だ。戦闘に巻き込まれ、万が一のことがあれば。√能力者ならざる『荷物』の無事は保証できない。
 それ故に、彼は√能力者としてのもうひとつの力を用いる事を即決した。
 世界には、フォーの故郷であり、機械兵器が闊歩する√ウォーゾーンや、シズクの故郷である√汎神解剖機関のほか、数多の異世界が存在する。
 徒人ならば知覚できず、迷い込み、運よく生還したとしても記憶に残らぬところ、√能力者は異なる√世界間を自在に移動する事が出来るのだ。
 この様な能力があれば、わざわざ危険な機械に支配された√世界を移動する必要などない。
 表向き最も安全な世界である√EDENを経由すれば、凡そ無傷で目標となる集落に辿り着く事が出来るであろう。

 さて、フォーにとっては慣れた仕事である。本来ならば彼一人でも達成できる任務であろうが。
 彼が武器のテスター等のアルバイトをしている、株式会社|神籬《ヒモロギ》の代表……そう、シズクにその話が届いた時。
 先にも述べたとおりフォーの愛車に目を付けていた彼女は、これぞ千載一遇の好機であろうと、商人らしく直感した。
 ――いや、フォーの事だ。手さえ空いていれば乗せてくれる気もするが、それはそれで決まりが悪い。
 何せ、彼は遊びではなく仕事で現場に赴くのだ。ならば、シズクにもフォーに同道するだけの、何らかの『役割』が要る。
 どんな役割なら持てるだろうかといえば、行先は√ウォーゾーン。護衛としてならば、十分に仕事として成り立つ筈だ。それが『社長』の仕事かはさておいて。
 そんなこんなで人手があった方が良いだろうと申し出て、目論見通りにフォーは快諾。今回のドライブと相成ったわけである。
「ところで、どの様な行程で参りましょうか、社長。幸い、高速道路であろうと、下道であろうと、時間の融通は効きますので。」
 フォーの提案に、シズクは思わず首を傾げた。もちろん、時間で言えば高速道路を利用した方が、仕事は短時間で済むであろう。
 それを何故、わざわざ時間のかかる下道まで提案したのか。
「それでは、のんびり下道で行きましょうかー。」
 その意図を……心を見透かされている事を察して、思わず苦笑し。彼の提案に甘える事にしたのであった。


 さて、ドライブの楽しみといえば、旅先の食事であろう。
 国道沿いには道の駅がつきものであるし、もちろん、そういった場所にはその土地の名物が集まり、味わえるものである。
 そして当然、これだけ海の香りを楽しめば、腹も海の幸を求めようというものだ。
「すみません、私ばかり美味しいものを頂いてしまって。」
 食事の摂取を必要としないフォーは、口という器官を持たない。同じヒトの身であれば、食事で以てドライバーを労う事も出来ようが。それも出来ぬことを、シズクは詫びる。
 しかし、フォーの機械的な音声は、どこか柔らかいものだ。
「お気になさらず、社長。私はこのような人々の営み、賑わいの中に身を置く事も好いておりますので。」
 何やら浅からぬ因縁を感じるサメの串焼きを頬張ってみれば、まるで魚臭さもなく鶏のようなジューシーさだ。
 処理が悪ければ、サメは強いアンモニアの臭いを纏うという。これも水揚げしてすぐであるからこそ、楽しめる味わいであろう。
「小魚や、時としてひとも襲うサメも、運が悪ければ私たちのお腹の中に。楽しい時は笑うものですが、美味しい時も笑いは溢れてくるものですねー。」
 念入りにサメ肉を噛み締めながら、目を細めるシズクの姿に、フォーはひとつ、頷いて。
「ほう、そういうものですか。であれば、こちらに停車した甲斐もあるというものです。
 ――ええ、他にも様々な商品があるようですよ。ウツボの唐揚げに、マンボウの串焼き。」
「マンボウ、ですかー。水族館でもあまり見かけませんが、食べられるんですねー。それは試してみたい、かも?」
 そうこうして、結局両方の品もシズクの胃袋に収まる事になるのだが。マンボウはホルモンの如き弾力のある身に、癖のない淡白な味わい。
 ウツボは小骨もあるが、コラーゲン豊富の前評判に違わず皮はぷるぷるとして、身も柔らかい。
(きっと、お酒も合うのでしょうが……ハンドルキーパーのフォーさんに悪いですねー。)
 今日のところは相乗りさせて貰っている上に、フォーは物資輸送の遂行中である。
 さらにこの後、√ウォーゾーンに入った際にアルコールが残っていて、不手際でも起こせば目も当てられない。
(今日のところは、我慢、我慢です。そう、今度は皆と来たら、お酒と一緒に楽しめるかもしれません。ああ……そうだ。)
「食事しないタイプの方だと、BBQがご褒美になりにくいのはちょっと残念ですよね。」 
 旧家の者らしく、丁寧な所作でウツボの唐揚げを飲み込みながら、フォーを労う方法を考える。
 言葉は勿論のことであるが、食事で感謝の気持ちを示せないとなると、中々手段が限られてしまう。
 道中の交通費と……√ウォーゾーンの物に置き換えられている車がどれ程の燃費かはわからないが、燃料費。これに色を付ける以外に何ができるだろう。
「栄養の摂取を必要としないと言うのは確かに人の営みに混じる際のデメリットと言えるかもしれません。
 食欲を持ち合わせていない身としては気にしないでほしくはあるのですが。」
 しかし、フォーとしては、超長距離の物資の移送依頼にシズクが付いて来てくれているだけで、長旅の無聊の慰めとなっているのだ。
 労りもねぎらいも十分であると、機械の音声の中に柔らかな気配が見える。
「しかし食事が出来ないとなると……このような一風変わったメニューを楽しめないのが残念です。
 どうでしょう、社長。しらすのジェラートとは、人類の味覚に合うのでしょうか。」
 彼の視線の先にあるのは、小魚のイラストが描かれたカップアイスのパッケージ。彼流の冗談であろうか。それとも、真面目に気になっているのであろうか。
「えーと。どうなんでしょう、ねー?」
 その問い掛けに、さしものシズクも曖昧に頷くしかないのであった。


 夕焼け空の下を宇宙船の如きシルエットが走る。
 この先にゆけば、依頼先の集落への転移ポイントも間近だ。フォーのカメラアイが輝けば、その眼に映るのはこれより向かう集落の様子。
 彼は、√世界を超越して狙撃する√能力を持っているのだ。
「では、社長。これより√ウォーゾーンに入ります。私の眼には危険は映っておりませんが、念のために戦闘態勢をよろしくお願いします。」
「ここまで快適な助手席の旅を楽しませてもらいましたからねー。もしも荒事になりましたなら、その分はきっちりお返ししますよ。」
 フォーの目に映らない万が一も、あるかもしれない。それに、もしもの時に備えて飲酒だって我慢したのだ。ドライブを楽しみつつも、一切の気の緩みもない。
 ――ああ、そうです。
 シズクの言葉で思い出したように、フォーが開かぬ口を開いた。
「帰りはどうしましょうか。高速道路のSAグルメを楽しまれるのも良いでしょうし、行きとは別ルート、或いは同じルートを辿って新たな発見を楽しむのも良いかもしれません。
 ――依頼を果たし終えたら、ぜひご提案をよろしくお願いします。」
 その提案に甘えてよいものか。シズクの頭を暫し、遠慮の考えが満たしたが。
 せっかく、憧れていた車に乗る事が出来たのだ。どうせなら、もう暫くこの乗り心地とドライブを堪能したい。
「ええ、考えておきますねー。」
 そう言って微笑む彼女の脳裏には、来た道を戻り、朝焼けに染まる海を堪能するヴィジョンが既に描かれているのだが。
 その意向を告げるのは、ドライバーであるフォーが仕事を果たしてからであろう。
 戦乱の世界に入り込む緊張と、帰路での新たな発見を期待する心を乗せて。
 空色の宇宙船は微かな排気音を残して、異なる√世界へと消えていった。
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