古書店夏祭
紫の髪を揺らし、斯波紫遠は津村古書店へ向かう。
季節は夏。じっとりとした暑さが欺波の頬を撫でウンザリしていた。
「わっぷ」
その時だった。彼の顔に突然何かが張り付いた。慌ててそれを顔から退けると……そこには小さな妖怪がフワフワと浮遊しながら、なにかのチラシを欺波に差し出していた。
「これ、僕に?」
妖怪はコクコクと頷いてからドロンと姿を消した。
その場に残ったのは、欺波と…妖怪が手渡してきたチラシのみ。
「──そういうわけで、ここにいるメンバーで夏祭りに行きたいんだ。
いや、行こう!」
そんな欺波に、今日も津村古書店に集まる|暴走列車《常連客》達は一瞬呆気にとられるが、すぐに頷く。
そして、欺波の誘いに集まったのは6名となった。
その6名はこちらだ────。
•津村古書店のバイト。イカつい見た目に似合わず良い奴、尾花井統一郎。
•大人しそうなやつ? 否、荒ぶる好奇心の塊、屍累廻。
•常連客新人襲来! ついて来れるかな? 暴走列車共に! 勇見凰羽。
•自分で作った怪異食で何度お亡くなりになれば気が済むんだ、北條春幸。
•保護者枠! 保護者枠? ……まぁ保護者枠かな? 面倒事は花園へパス! 斯波紫遠。
•生きて帰ってこいよ、花園樹。
「僕の紹介だけなんか不穏なんだけど!?」
ちなみにこちらの紹介文は、津村古書店店主・綴読道によるものですので、文句は読道まで。
花園の不穏な紹介文はさておき。せっかくだから浴衣を着て行こう、という提案を聞いた勇見は、ポツリと呟く。
「……浴衣、持ってない」
休暇中も外出時は制服を着用する、と校則で決まっている。
しかし、彼らの楽しそうな様子を見て、彼女は浴衣を買いに行くことを決心する。
これも他√の文化調査だ、と割り切ろう。それに何より……彼らとの思い出を作りたいのだ。
「それじゃあ、浴衣を着て現地集合ってことで!」
────────
祭囃子が聞こえてくる。
一足遅れた勇見は急いで集合場所へ向かう。
勇見の浴衣は青灰色の地に色とりどりの蝶の柄、帯は鮮やかな翡翠色。下駄は不安定なので靴は自前のものを履いてみた。裾にスリットが入っていて歩くときに絡まないのはいいが、歩調を乱すと脚が丸見えになりそうだ。
「お待たせしました。
こういった服はあまり着慣れていなくて」
集合場所には、もうすでにメンバーが集まっていた。
「なら結構歩くのが大変じゃないかな?」
「はい、脚がすーすーしますが問題ありません」
花園が勇見を心配して声をかけるが、勇見はキリッとして答える。
「それにしても、全員が浴衣で揃うと圧巻だ。
いつもと雰囲気が違うから、一等格好良く、可愛く見えるね」
そう言った欺波の浴衣はダークグレーの無地で、帯は黒。根付は白い金魚が泳いでおり、帯にはいつもの鉄扇が挟まっている。
「勇見君、浴衣よく似合ってるねえ。
やっぱり女の子は華やかになるなあ」
「そうでしょうか?
北條さんも素敵かと思います」
北條の浴衣はしじら織の明るいグレーに細いストライプ柄で、角帯は白地に紺で金魚が躍る夏らしいもの。カンカン帽を合わせ、下駄を履いていた。
「おや、金魚がお揃いだね」
「野郎同士でお揃いって、なかなかなものを感じやすね」
図らずも金魚がお揃いになってしまった欺波と北條をからかう尾花井の浴衣は、薄いベージュに濃い色の帯。黒の中折れ帽子に涼やかな素材のストールを合わせ、クラッチバッグを持っていた。
「良いじゃないか、ガッツリ被っている訳じゃないんだし」
花園は笑いながら尾花井にそう言う。彼の浴衣は濃い墨色の細縞で、灰色の角帯に黒い鼻緒の雪駄。霊刀の代わりに大きめの扇子を持ち、腰から飾り紐付きの神鈴を下げていた。
「僕ら、めちゃくちゃ絵になる団体じゃない?」
「ふふ、こうして皆さんの浴衣姿を見るのは新鮮ですね」
屍累は北條の意見に頷いた。彼は白地に亀甲柄、帯は黒で引き締め、二枚歯の下駄を履いている。
屍累の言葉通り、普段顔を合わせることは多いメンバーではあるが、こうして違う装いを見せ合うことはなかった。そのため、より一層新鮮で、少し照れくさい気持ちでもあるのだ。
────────
「屍累、人混み歩きにくくない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます樹さん」
右足の義足と履き慣れていない下駄のせいで少し進みが遅い屍累を、花園はサポートしながら人混みを進む。
大変そうではあったが、しかし屍累は楽しそうだ。
「楽しんでいるようで何よりだね」
「え」
「顔に出ていたよ」
「いや……ただ、こうして友人達と夏祭りに来たのは、初めてだな、と」
花園にそう言われて、屍累は微笑みながら昔を思い出す。嫌なこともたくさんあったが、今ではこんなにも多くの友人に囲まれている。それが嬉しくてたまらない。
「そっか。なら、来年もみんなで行こう」
「はい」
二人がそう言っていると、先頭を歩いていた欺波が「おーい!」と手を振った。
出来るだけ急いでそこまで行くと、目の前にあったのはさまざまな種類のお面だった。
「花園センセ、これ付けてみてよ」
「え、これを? 勿論いいけど……」
どうやらここはお面の屋台らしい。花園は白い犬っぽいお面を見つけ、斯波に薦められるがまま購入する。
「あっしも何か買いやしょうかね。
いやー、いろんな種類がありやすねぇ……」
むむ、と悩む尾花井の横で、勇見も同じように首をひねる。その横で、先ほどまで的屋を夢中で眺めていた北條が迷わずヒーロー物のお面を選び、後頭部に装着する。
「ふふふ。両面宿儺のようだろう?」
「眼鏡、大丈夫なんですかそれ?」
「あ、疑問に思うところそこなんだ?」
狐のお面を買いながら、屍累が冷静に、しかし興味深そうに尋ねる。
「あ、それいいですねぇ……俺もやりやしょうかね」
北條に続き、仮面ヒーローのお面を購入した尾花井は、北條と同じように後頭部に装着した。
「私は……じゃあ、このライオンにします」
勇見は妙に写実的で迫力のある造形のお面を買う。なんとなくではあるが、自身の先生に似ている。そう思うと、このお面には自然と愛着が湧いてきた。
と、そこで欺波が笑う声が聞こえてきた。
「耳が4つある……っ!」
「……謀られた……っ!」
なるほど、欺波の言う通り、自前の耳とお面の耳、合計4つの耳を持った花園がそこにいた。花園はため息を吐きつつ、犬好きなので結局そのまま斜めにかぶることにしたようだ。
「欺波さんは……なんか見たことのあるキャラクターですね」
欺波がつけていたのは舌をペロリと出した、髪をふたつに括った少女のお面だった。訳ありなのか目元あたりに黒の横線が入っているが、前はしっかり見えているらしい。
「恥ずかしがったら負けなんだよ」
「なるほど?」
勇見はそう言うが、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるのだった。
そうして6人は出店の食べ物や飲み物を買いつつ、奥へ奥へと進んでいく。
りんご飴や唐揚げ、焼きそば、たこ焼き。さらに金魚すくいや輪投げなど、夏祭りならではの出店を楽しむ。
途中、北條が取り出した原材料不明のソースで一悶着あったりなかったり、欺波が先陣を切って試したりしていると、あるものが目に入った。
「仁義なき戦い型抜き大会?」
誰がそう発したのか、いや、全員で口にしたのかもしれない。
「なんか、すごく物騒な名前の大会名だね?」
花園が苦笑しながら言うが、|好奇心の塊《屍累》をはじめ、興味を持ったものや面白そうなものに一直線な暴走列車たちは、花園の制止など聞かず、速攻で大会にエントリーしてしまうのだった。
「なんだ、いつものことじゃないか」
「うん、そうなんだけどもね?」
ポン、と後方で保護者役に徹していた欺波が花園の肩を叩く。もうこの二人でどうにもならないのなら、あの暴走列車たちが止まるはずもない。
「ここに綴がいてくれたら……」
「無理だと思うよ。どちらかと言えば向こう側だからね」
訳あって夏祭りに来られない津村古書店の店主・綴読道のダブルピースを想像しながら、これから起こるであろうことを考え、花園と欺波の目は死んでいくのであった。
(いよいよ面倒なことになれば、花園センセに丸投げすればいいか)
欺波はとりあえず生贄だけは確保しておく腹積もりである。
「ほう?
参加するのかい、兄ちゃん達」
その時、彼らの後ろに何者かの気配が──。
「何者ですか?」
勇見はサッと前に出て五人を守れるように身構える。そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべた無精髭の男だった。
「おっと嬢ちゃん、そんなに物騒な顔をするんじゃないぜ?
俺はこの大会の主催者さ! 君たちにはとっておきの話をしようと思ってね!」
「そんなの胡散臭くて信じ難いのだけれども?」
「北條さん、正直この中でアンタが一番胡散臭いっすよ」
「そんな話を聞いて、私が釣られるとでも?」
「屍累くん、釣られてる釣られてる。釣られすぎて前にグイグイ行ってる」
カオスになりつつある面々をよそに、花園が「えーと」と話を切り出す。
「そのとっておきの話って何なんですか?」
その言葉を聞いて、型抜き大会主催者の男はまた不敵に笑った。
「何を隠そうこの型抜き大会、今回の夏祭りの大目玉……そして、この土地の神の遣いを祀るための催しなのさ!」
「この土地の、神……の遣い?」
主催者の男はそうさ、と大きく頷きとある昔話を披露する。
「むかしむかし、山と川にかこまれた小さな村がありました。
村では食べものがなくなり、人々は力を失っていました。
ある夜のこと。
星の海から、きらきらと光る大きなものが落ちてきました。その中から出てきたのは、沢山の口を持つ神さまでした。
神さまはにっこりと、沢山の口で笑いました。
「おまえたちの空っぽのおなかを、満たしてあげよう」
すると村の畑に芽が一斉にのび、すぐに実をつけました。
その実を食べると、どんな病もなおり、どんな空腹も消えました。
村人たちは大よろこびです。
それからしばらくして外から悪い人びとが村をおそってきたとき、神さまはうねる腕をふりあげ、空に不思議な音をひびかせました。
すると悪い人びとは頭をかかえて倒れ、そのまま二度と起きあがりませんでした。
村は守られたのです。
さらに神さまは、夜ごと村人に夢を見せました。
夢の中で、空の星の声の聞き方を教えてくれました。
村人たちはどんどん賢くなり、心を一つにして神さまの為に一生懸命働き、毎夜のように神さまを讃える歌をうたいました。
やがて神さまは空へ帰ることになりましたが、村の人々との縁を切りたくなかった神さまは村の子供達と一緒に、星々で作った書物を残しました。
それは神さまからの「遣い」とされ、村人は代々大切に守りつづけましたとさ」
「──と、いう伝承があってね」
「成程、それと型抜きがどう繋がるかはまだ分からないけど、なかなか面白い話だね」
「ちなみに、その書物……神の遣いはどこに?
貴方の村にあるんですか?」
北條と屍累が主催者の男に詰め寄るのを欺波と花園が止めに入る。
「はっはっはっ。いい質問だ。
なら、それはこの大会に参加し、尚且つ1位を取れば教えてやろう!」
「良かっですねぇ、北條さんと屍累さん」
目をキラキラと輝かせる2人を尾花井がニコニコと笑って見つめる。
しかし、男の話を聞いて首を傾げている勇見を見て、尾花井は彼女に何が気になっているのかを尋ねる。
「………」
「あれ、勇見さんどうかしやしたか?」
「いえ……なんだか、さっきの昔話……。
不思議な言い回しが何個かあったような気がして」
ヒソヒソとした話し声ではあったが、男から離れた北條や屍累にはその声が届いていたようだ。
「それも含めて、教えてもらうんですよ」
「食べられる「物」だったら良いんだけどねぇ?」
2人はそう言って、無駄に良い顔をしながら型抜き大会の会場へと入っていった。
「……流石というか、なんというか」
「僕たちも折角だし参加するか」
こうして全員が無事に型抜き大会へエントリーすることになる。
「折角だし、1位の人にはみんなが何か奢る……とかどう?」
「お、いいっすねぇそれ。
俄然やる気が出てきやしたよ」
負ける気はなかったが、しかしモチベーションは北條や屍累並ではなかったメンバーも、欺波の提案でやる気を出すことになった。
そうしてしばらくすると型抜き大会が開始される。
勇見は型抜きのルールを教えてもらったが、しかし初めての経験である。
他のメンバーの様子をチラリと見やると、全員が思い思いに型を抜いている。それを見て、彼女は尾花井を真似て腕まくりをし、型抜きに向き合うのであった。
『ここでこの大会のルールを説明しましょう!
・1~3段階のレベル型抜きがある。
・これを素早くかつ丁寧にくり抜いたものの勝利。
・判定はこの道80年、プロ型抜き師のおばばが審査します。
・3つの合計点数(各10点満点)がいちばん多い人が優勝!です!』
「プロ型抜き師ってなに!?」
「そのおばばさん、なんかフラフラしてない?
大丈夫なの!?」
『そこ、うるさいですよ〜。
大丈夫ですからね、おばばさんはしっかりしてるから』
『トメ子さん、晩御飯はまだかいの?』
『おばばさん、晩御飯はさっき屋台でしこたま食べたでしょ?』
「不安でしかないよ、そのやりとり!!」
という、マイクを持った進行役のお姉さんとのやり取りがあったのもつい5分前。
レベル1の型抜きは「○」や「□」といった簡単なものばかりなため、幼い子供でもくり抜くことが出来たようだ。
が、問題はレベル2からである。
この、何この…一見簡単そうに見えて実はクリアさせる気のない型抜きは!?
例えば尾花井の型抜きは傘である。その持ち手が……細い。つまり下手に力を加えると速攻で折れてしまう。
尾花井が顔を上げると、困惑する面々と顔を見合わせることになる。更に主催の男を見ると顔を全力で背けられた。
負けられない。
こんな卑怯な手を使われて、負けていいはずがない!!
ある者はひたすら根気強く、ある者は抜きやすいところから、ある者は集中力を切らさないように、ある者は経験を活かしてひたすらにくり抜いていく。
そしてついに、レベル3へ──それは1冊の本の型抜きだった。
先程の男から聞いた昔話を聞いたあとだと、これがその「神様の遣い」であることが分かる。
が、その本の装飾があまりにも複雑である。
くり抜いてはいけない箇所をくり抜かなければ、綺麗に全体が繋がる仕組みらしいがこれは……あまりの難しさに泣いてしまう子供の声を聞き、花園はグッと持っていた針に力を込める。
「あの子達の為にもここで引くわけにはいかない!!」
目が合った主催者の男が親指を立ててサムズアップしていることに苛立ちながら、花園は時々息を止めながら作業を進める。
あまり細かい作業が得意でない屍累や、これが型抜き初挑戦の勇見も負けてなるものかと針を懸命に動かす。手先が器用と自負する北條、欺波、花園の運命や如何に──!
実況はあっし、津村古書店バイトリーダー・尾花井統一郎でお送り致しやす」
「尾花井君、実況してないで早くてを進めた方がいいと思うよ?」
「あっしはもう交渉術でどうにかしようかと思ってますんで、お気になさらず!」
そうしている間にも仁義なき型抜き大会は佳境に向かうのだった。
『優勝者はー……!
花園樹さんです!』
パンパンっとクラッカーが数本鳴らされる。
それを聞いて、ドッ疲れやら嬉しさやらが溢れ出した花園は、ふぅと天を仰いでため息を吐いた。
『おばばさん、特にどこが採点の決め手となりましたか?』
『……ガッツ』
「いや、型抜き関係ないよね!?」
猛抗議も虚しく、仁義なき型抜き大会は終わっていった。
審査員が不安でも、見事型を抜き優勝したのは花園であることに変わりは無い。
「あの型を良く抜きましたね」
「私も、まさか優勝できるとは……なんとか『先生』の面目躍如…かな?」
花園は大袈裟に喜ぶ様子はないが、満足気にはにかんでいた。
「さて、皆は何をくれるのかな?」
約束は約束だ。
花園は負けたメンバーに報酬の貢物を要求する。
「見てよあのドヤ顔」
「もってけドロボー」
「これでもくらえー」
「夜道に気をつけろー」
「不憫ー」
「先生ー」
「あれぇ、私優勝したんだよね!?」
あと最後のは事実だし!とやんやんやと騒ぐ彼らに花園がつっこもうとするが……それぞれから紙袋を手渡される。
「花園センセ、優勝おめでとうございやす!」
そんな彼らの笑顔を見て、ついホッコリしてしまった花園は照れながら紙袋を受け取った。
「早速中身を見てみなよ、僕も皆が何を選んだか気になるところだしね」
北條にそう言われ、花園は紙袋の中を確認し始める。
数分後、そこにはバネ付きでびよびよ揺れて光る星付きカチューシャとスイッチをいれるとレイボーに光るサングラスを装着し、右手に焼きそばと左手にトルネードポテトを持ったまま眼前の机の上に置かれた怪異食を死んだ目(サングラスしているが)で見つめる花園がいた。
「お祭りといえばこの無闇に光るアクセでやす。
さすが1位、輝いてる~!ヒューッ」
「そんな物よりもっと気にすべきところがあるよね!?」
誰、怪異食買ってきたの!?と叫ぶ花園の目線は真っ先に北條の元へ向かう。
え、僕?と北條は無言で自身を指さす。
自分に全員の視線が集中していることに気が付くと、違う違う身に覚えがない、今回に限っては無実だ、と手をパタパタと振るが信用は薄い。
ちなみに北條の後ろにコソコソと隠れながら花園の反応を堪能している屍累がいたとかいなかったとか……。
「──というかなんでこんなところに怪異食が売ってあるだ?」
ビチビチとまだ跳ねる怪異食は無害ではあるらしいが……食欲が湧くような代物ではない。
「とりあえず、そのトルネードポテトから食べたら?」
欺波の言葉を聞いて、花園はそれもそうかとトルネードポテトに齧り付く。
瞬間口の中に広がったのは酷い刺激。いや、辛い?いや痛い、口の中にビシビシと痛みが走っていく!い、一体これは……!?
「『サムライソース』味、というそうです!」
心做しか得意気な笑顔を浮かべているように見える勇見を最後に見て、花園は机の上に置いていた怪異食を顔面で食べる派目になった。
「欺波さん、花園センセ動かなくなっちゃいやしたよ?」
「仕方ない先生だなー」
「味の感想を聞きたかったのですが……」
「もっと花園君のこと心配してあげなよ」
珍しいツッコミ側にまわった北條はとりあえず怪異食から花園の顔を離すのだった。
「このポテト、そんなに酷い味なのでしょうか?」
勇見は花園が一口齧ったトルネードポテトをまじまじと見てからソースがたっぷりかかった部分を見つけて一口齧る。
瞬間口の中に広がったのは辛味と痛み。甘味を好む勇見に走る衝撃。
「あー、勇見君まで」
勇見は花園と同じように、机に突っ伏した。
以上2名の儚い犠牲を持って型抜き大会は幕を下ろしたのだった。
「……あ、そういえば……あの昔話のこと、詳しく聞けてないですね」
「逃げたなあの主催者!」
屍累と北條は重大なことに気が付いたが、後の祭りであった。
────────
「ハッ」
花園は何か冷たいものが頬に当たり、目を覚ました。
「おはよう、花園センセ」
欺波はイタズラに成功して嬉しそうに微笑む。その手には瓶ラムネが握られている。
「これは僕の奢りだよ」
「あ、ありがとう、欺波」
「ほら、お誘いした本人ですし?」
欺波がそう言いながら向こう側へ目をやると、それぞれ欺波に奢られたであろう飲み物を手に持ち、次はどこへ行こうかと話し合っていた。
目的地が決まると、6人はまた連れ立って夏祭り会場の道を進んで行く。
「あ、花火!
やっぱ打ち上げ花火って、現場で見ると大迫力でやすなぁ~!」
的屋や食べ物系の屋台を満喫していると、パン! と大きな音が空に響いた。
夜空を裂くように花火が打ち上がり、色とりどりの光が大輪の花となって広がる。
赤、青、緑、金。花火は次々に夜空に咲き、光の軌跡が線となって夜を飾った。音の余韻が胸に響き、自身の心臓にも響いていく。
光の一瞬一瞬で、6人の影が地面に長く伸び、互いに絡まり合った。
勇見は、まるで宝石を見つめるかのようにキラキラとした目で花火を見上げる。
音や光、匂いすべてが新鮮で、体の奥まで胸が高鳴る。
誰かがナパーム弾を「でかい花火だぜ」と冗談めかして言ったが、その迫力は比べ物にならない。
「私…兵器としての火薬しか知りませんでした。
でも、こんな使い道もあるんですね」
それに屍累は勇見と同じように花火を見あげて呟く。
「また来年もぜひ来たいですね」
尾花井もそう思っていたようで花火に手をかざしながら「友達と行くお祭りは、すーっごく楽しい! ってことが分かりやした」と口に出した。
過去のことを思い出し、しかしこの親しい友人と一緒に楽しんだという思い出に全てを塗りつぶされた屍累と尾花井はほほ笑む。
花園はそんな2人をみて静かに頷き、「またみんなで色んな所に出掛けたいね」と同意する。
光が地面に反射し、手に持つラムネの瓶や屋台の色鮮やかな提灯までも輝く。
小さな風に揺れる浴衣の裾が花火の光を受け、まるで夜空の欠片を纏っているかのようだ。
光と音が混ざり合い、夜の街全体がひとつの大きな舞台のように感じられる。
夜空を彩る大輪の花火は、時折形を変えて笑顔や羽根、星の模様に見える。
「またみんなで色んな所に出掛けたいね」
花園は心から同意し、6人は肩を並べて立ち尽くしていた。
夜風が髪を揺らし、浴衣の裾をそっと揺らす。
抱える過去や秘密は重くとも、この瞬間だけは確かに笑い合える仲間として結ばれていることを、誰もが感じていた。
音と光の祭典は終わらず、夜空にはまだ花火の残り香が漂う。夏祭りの夜、その記憶は彼らにとって何よりも鮮やかな「思い出」として残り続けるのだった。
欺波の隣で北條は、夜光塗料で光る腕輪や首輪を付け、見た目的には情緒も何もない出で立ちでうんうんと頷いた。
「ああ良いよねえ、こういうの。
平和な日本の夏って雰囲気で」
「……北條くんのそれで台無しだよ、色々と」
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